◆幕間:魔法談義◆
昼下がりの広間。
ローズヒップティーの香りと、焼き立てのクッキーの甘い匂いが漂う中、五人の穏やかな談笑が続いていた。
エクリナは湯気の立つカップを手に、今日の淹れ具合に満足げに目を細めている。
セディオスは焼き立てのクッキーを皿へ取り分け、ライナはその横から二枚目を狙っていた。
ルゼリアは本を片手にしながらも、会話だけは逃さぬよう静かに耳を傾けている。
そしてティセラは、いつものように皆の様子を見守りながら、焼き加減のよいクッキーを一つ摘まんでいた。
その最中、ライナがクッキーをかじりながらティセラに首をかしげる。
「そういえば、魔術師と魔導士って何が違うの?」
「ああ……そういえば、ちゃんと説明したことがありませんでしたね」
ティセラは苦笑しつつ紙とペンを取り出し、さらさらと書き始める。
「ざっくり言うと──“魔導術具”を使うかどうかです」
ライナは瞬きを繰り返し、クッキーを持ったまま固まった。
「こういうことです」
ティセラは紙に図を描きながら続ける。
■ 魔術師
・魔法式を自分で組み立てて唱える。
・詠唱や魔法陣を描いて直接魔法を発動する。
→ 現場で設計図を描き、組み上げる人。
■ 魔導士
・魔導術具に刻まれた術式を媒介に魔法を使う。
・術具が自動で魔法陣を展開してくれるため安定性が高い。
→ 完成品の道具を使って戦う人。
■ 魔導剣士(魔導騎士)
・近接戦闘+魔導戦具。
・剣や槍、斧などを媒介に、戦技と魔法を両立させる人。
■ 魔導術具士
・魔法式を魔導術具へ刻み込み、術式として安定させる者。
・魔晶、回路、魔力の流れを調整し、道具として扱える形に整える。
→ 魔法を“使う”だけでなく、“使える道具にする”人。
「つまり、魔術師は自作派。魔導士は道具派ですね」
「たとえば、エクリナやルゼリアは、自分の中で魔法式を組み上げて放つので魔術師寄りです」
ティセラはペン先で、紙の左側を軽く叩いた。
「一方で、セディオスやライナは魔導戦具を媒介にして戦うことが多いので、分類としては魔導剣士に近いですね」
「僕、魔導剣士なんだ!」
ライナが目を輝かせる。
「ライナの場合は、剣士というよりは戦士だな」
エクリナが笑いながら話す。
「魔導戦士もいいかも!」
王に名付けられ気に入るライナ。
「それで、これがティセラなんだね」
紙片の『 魔導術具士』の文字を指さし、ライナが言う。
「わたしは魔術師ですが、どちらかと言えば魔導術具士ですね。皆が安心して暮らせるようにする大切な役割と思ってますよ」
ティセラは微笑み、隣のエクリナへそっと身を寄せた。
「ああ、もちろんだ。辺境の地で不自由のない生活ができているのは、ティセラのおかげだな」
そう言いながら、エクリナはティセラの頭を撫でた。
その光景を少しだけうらやましがるルゼリアとライナ。
「……でもさ、魔法式と術式ってどう違うの?」
ライナの問いに、ティセラはくすりと笑って別の紙を取り出す。
「いい質問ですね。こうです」
■ 魔法式
魔法の設計図。
頭の中で組み立てたり、詠唱によって構築する理論そのもの。
基本的には『魔法名』が詠唱となるが、極大魔法発動時は長い詠唱を経て発動する。
■ 術式
設計図を刻み込んだ実物(魔導戦具・魔装・魔導術具)。
文様や紋章として固定され、条件に従って発動する。
基本的に魔力を流し起動する道具類。
魔力の源は、使い手の魔核や組み込まれた魔晶など形態はいくつかある。
「……つまり?」
ライナがきょとんとした顔をする。
「魔法式は“料理帳”。術式は“調理済みの料理”です。このクッキーみたいに、誰でもすぐに味わえるんですよ」
「おお~!なんとなく分かった!」
ルゼリアが微笑をこぼす。
「ライナは感覚派ですからね」
ルゼリアは、そのまま解説を続けた。
「ただ、私たちの場合は魔導戦具はあくまで補助です。魔法を放つときは頭で魔法式を構築し、〈魔法名〉を詠唱として放っています」
「ですから、分類は絶対ではありません。エクリナも魔導戦具を使いますし、セディオスも魔法式を理解して戦っています」
ルゼリアはそう言って、紅茶のカップを静かに置いた。
「大切なのは、どちらに依存しているか、ですね」
「なるほど……王さまは魔術師だけど、杖とか盾も使うもんね」
エクリナの戦闘様式を思い描くライナ。
「うむ。我ほどになると、分類など我の後ろからついてくるものよ。それに効率が良いに越したことはない」
エクリナが胸を張り、セディオスが苦笑した。
「……もっとも、最上位の〈極大魔法〉だけは別です。あれは魔法陣そのものを構築・発動するために、長大な詠唱が必要になります」
「そして、極大魔法は、ただ強い魔法というだけではありません」
ルゼリアが補足する。
「魔法式そのものが巨大で、発動中は周囲の魔力を巻き込みます。だから詠唱で式を安定させなければ、術者自身が崩されることもあります」
「制御を誤れば、充填していた魔力が術者自身へ逆流します。極大魔法は、発動前から危険なのです」
注意を促すように言うルゼリア。
「えっ、そう聞くとこわっ」
ライナ自身も極大魔法を使っているが、すべては無意識。
決められた魔法式を構築し魔力を高めて放つだけ。
それは、《魔斧グランヴォルテクス》があってこそできる所作でもあった。
「怖いぞ。だが、それを制してこその極大魔法である。まあ、ここに至れる者はほぼいないがな」
エクリナはどこか得意げに、けれど少しだけ遠い目をした。
「そのあたりは魔核の熟成に関わることですね。そもそも極大魔法は、とてつもなく魔力を消費します。私やライナ、ティセラは、一撃が限界ですね。エクリナは――」
ルゼリアが言いかけると、エクリナが答える。
「三撃くらいだな。ただ、転移を多用していることもあり、そこまで撃ったことはないがな」
己の手の内を話すエクリナ。
それは信頼の証でもあった。
セディオスがふと思い出したように口を開く。
「俺も気になっていたんだが──結界魔法と空間魔法の違いは?」
「それは簡単です」
ティセラは迷いなく答える。
「魔力を広げて壁や箱を形作るのが〈結界魔法〉。 空間の範囲や距離そのものを歪め、箱の形に変えるのが〈空間魔法〉です」
さらに彼女は続けた。
「どちらも“干渉して形を作る”点では同じ。だから、結界と空間をぶつけた場合でも、術式の精度と出力が近ければ相殺し合うんです」
「結界魔法は守護に適してますし、空間魔法は移動や攻撃が主とも言えますね。工夫次第で囲いにしているというのが実情かもしれません」
「なるほど。じゃあ《ディスフィルス》でも空間魔法に対抗できるわけだな?」
セディオスの言葉に、エクリナがニヤリと笑い、鋭い視線を向ける。
「理屈の上では可能です。ただし、相殺できるかどうかは術式の精度と出力次第ですね」
ティセラは少しだけ真面目な顔になる。
「小さな空間干渉なら切り払えます。けれど極大級の空間魔法を正面から受けるなら、相応の準備と魔力充填が必要です」
「ほう……我と一戦交える気か?」
紅茶を啜っていたエクリナはカップを卓に置く。
「違う。ただ、いずれそういう敵が出てくるかもしれないからな。想定はしておきたい」
理路整然と答えるセディオス。
「……ふん。我を相手にせぬとは惜しいことだな。せっかく相手してやろうと思ったのに」
頬をふくらませながらも威厳を保とうとするエクリナであった。
その日交わされた言葉は、いつか戦場でひとつの判断を支える小さな知識となる。
そんな未来を知らぬまま、午後のティータイムは穏やかに過ぎていった。




