◆第78話:静かなる意志、研鑽の日々にて◆
訓練場の一角に設けられた作業机。
それを前に、ルゼリアは静かに立っていた。
魔法書と幾枚もの魔法式図が散らばる中、彼女は試験魔法の発動準備を進めていた。
「……風属性、第二式。展開時間三秒。出力、改定案二つ目で」
指先から奔った魔力が旋風を生み、ルゼリアの髪を揺らす。
机の上の紙片がふわりと舞い上がり、彼女は手で押さえながら小さく頷いた。
「ふむ……安定はしてますが、まだ拡張性に欠けてますね」
風属性の適性が僅かにある赤毛の少女は悩んでいた。
自身に最も馴染むのは、もちろん“炎属性”。
それ以外では――風属性しかなかった。
しかも、せいぜい低級。
それでも――探究心は抑えられなかった。
「それに、威力もいまいち。もう少し、戦力を増やしたかったのですがね……」
「やはり、私には炎しかないのでしょうか?」
頬に手を当て、思い悩む少女。
過去の影が、再び這い寄ってくる。
その危機感が、ルゼリアにあらゆる備えを求めさせていた。
それは、これまで出来ていなかった自己研鑽だったのかもしれない。
過去を恨み、天を見ながら力を欲した少女に――
ゆっくりとセディオスが向かってくる。
「実験中か?」
「ええ、ちょうどよかったです。少し、意見を聞かせて頂きたいのですが」
机の上の資料を指し示すルゼリア。
そこには低級魔法を基にした独自の魔力操作理論が記されていた。
セディオスは、エクリナが選んだ男。
そして旅の中で、幾度も背を預けるに足る実績を示してきた者だった。
だからこそ求める――ルゼリア自身の不足を。
「この式、どう思われますか?」
「……簡潔だが、拡張の余地はあるな。多層構造にすれば、精度も上がる」
「ただ、戦闘中に組むなら一拍遅れる。相手が待ってくれるなら問題ないが、実戦ではその一拍で踏み込まれる」
セディオスは問われ、率直に意見する。
それは過去の苦労から出せた助言でもあった。
「やっぱり……! 助かります、そういう客観的視点が欲しかったので」
ルゼリアは嬉しそうな笑顔であった。
自身に足りていなかった考えが、腹落ちした。
館の魔法書を読み漁り、既存の法則を積み重ねてきた彼女にとって、外から届く実戦の視点は甘美ですらあった。
セディオスは長椅子に腰掛け、しばし図面を眺める。
「しかし、ルゼリアがここまで魔法理論を追究するとは思ってなかった」
セディオスの言葉は、いつも通り飾り気がなかった。
ルゼリアは率直で、実直。
王の側近にして、“獄炎”の名を持つ少女。
それを尊重し信頼するあまりに、意見をする家族は少なかった。
「自身の属性適正の拡張を試したくなったので……」
それは、理知的な彼女にしては珍しく、素直な願いだった。
ルゼリアは小さく笑いながら、再び手元の魔法書に目を落とした。
その瞳には、静かな決意が宿っていた。
「その、セディオス。今度……その、一緒に実地試験に付き合っていただきたいのですが……」
ルゼリアは自然に出てしまった言葉に戸惑いながらも、胸に手を当てお願いをする。
それは、エクリナでも、ティセラでも、ましてはライナでもない。
自身に必要な言葉を放ってくれると信じて言葉を投げかけていた。
「実地試験?」
セディオスはその言葉の意味を推し量るように聞く。
それは平穏な日常から、見えた敵への臨戦態勢だからこそ、心の内を知りたくて聞いた。
「新しい魔法式の適用範囲を、戦闘で試したいのです。単独では、反応の記録が取りづらくて」
その言葉はセディオス以外には知ってほしくないような声であった。
理路整然と論理的に考え動く少女にも、秘めたいことはあるようであった。
「……わかった。お前の成長の助けになるなら、いつでも付き合おう」
ルゼリアの覚悟を理解した剣士は二つ返事で答えた。
「ありがとうございます、セディオス……っ」
照れたように俯くルゼリアの声は、どこか誇らしげだった。
(……家族の力が、こうして新しい理を生み出す。俺はその歩みを見届ける役割を得たのかもしれない)
信頼されて嬉しいセディオスは笑顔であった。
二人の間に、またひとつの信頼の糸が紡がれていく。
机上に散らばる風の魔法式は、やがて剣士の前で試されることになる。




