◆幕間:魔法談義◆
昼下がりの広間。
ローズヒップティーの香りと、焼き立てのクッキーの甘い匂いが漂う中、穏やかな談笑が続いていた。
その最中、ライナがクッキーをかじりながらティセラに首をかしげる。
「そういえば、魔術師と魔導士って何が違うの?」
「ああ……そういえば説明したことがありませんでしたね」
ティセラは苦笑しつつ紙とペンを取り出し、さらさらと書き始める。
「ざっくり言うと──“魔導術具”を使うかどうかです」
ライナは瞬きを繰り返し、クッキーを持ったまま固まった。
「こういうことです」
ティセラは紙に図を描きながら続ける。
■ 魔術師
・魔法式を自分で組み立てて唱える。
・詠唱や魔法陣を描いて直接魔法を発動する。
→ 現場で設計図を描き、組み上げる人。
■ 魔導士
・魔導術具に刻まれた術式を媒介に魔法を使う。
・道具が自動で魔法陣を展開してくれるため安定性が高い。
→ 完成品の道具を使って戦う人。
■ 魔導剣士(魔導騎士)
・近接戦闘+魔導術具。
・剣や槍を媒介に、戦技と魔法を両立させる者。
「つまり、魔術師は自作派。魔導士は道具派ですね」
「なるほど……でもさ、魔法式と術式ってどう違うの?」
ライナの問いに、ティセラはくすりと笑って別の紙を取り出す。
「いい質問ですね。こうです」
■ 魔法式
魔法の設計図。
頭の中で組み立てたり、詠唱で構築する理論そのもの。
■ 術式
設計図を刻み込んだ実物(魔導術具など)。
紋章や陣として固定され、条件に従って発動するもの。
「……つまり?」
ライナがきょとんとした顔をする。
「魔法式は“レシピ”。術式は“調理済みの料理”です。このクッキーみたいに、誰でもすぐに味わえるんですよ」
「おお~!なんとなく分かった!」
ルゼリアが微笑をこぼす。
「ライナは感覚派ですからね」
「ただ、私たちの場合は魔導術具はあくまで補助です。魔法を放つときは頭で魔法式を構築し、
〈魔法名〉を詠唱として放っています」
ティセラはそこで一息つき、さらりと補足する。
「……もっとも、最上位の〈極大魔法〉だけは別です。あれは魔法陣そのものを構築・発動するために、長大な詠唱が必要になります」
ライナはクッキーを握ったまま、目をまん丸にした。
「そうなの!?」
「私たちは〈魔術師〉ですからね。無意識にでもできるんです。
魔導士の場合は、詠唱や魔法名をきっかけに、術具に刻まれた魔法を展開します」
ルゼリアがさらりと付け加えた。
そこで、セディオスがふと思い出したように口を開く。
「俺も気になっていたんだが──結界魔法と空間魔法の違いは?」
「それは簡単です」
ティセラは迷いなく答える。
「魔力を広げて壁や箱を作るのが〈結界魔法〉。
座標や距離そのものを歪め、箱の形を変えるのが〈空間魔法〉です」
さらに彼女は続けた。
「どちらも“干渉して形を作る”点では同じ。
だから、結界と空間をぶつけても、同じ属性同士をぶつけても、互いに相殺し合うんです」
「なるほど。じゃあ《魔導充式剣ディスフィルス》でも空間魔法に対抗できるわけだな?」
セディオスの言葉に、エクリナがニヤリと笑い、鋭い視線を向ける。
「ほう……我と一戦交える気か?」
「違う。ただ、いずれそういう敵が出てくるかもしれないからな。想定はしておきたい」
理路整然と答えるセディオス。
「……ふん。我を相手にせぬとは惜しいことだな。せっかく相手してやろうと思ったのに」
頬をふくらませながらも威厳を保とうとするエクリナであった。
笑い声と香ばしいクッキーの匂いに包まれ、午後のティータイムは穏やかに過ぎていった。




