◆第78話:静かなる意志、研鑽の日々にて◆
訓練場の一角に設けられた作業机。
それを前に、ルゼリアは静かに立っていた。
魔法書と幾枚もの魔法式図が散らばる中、彼女は試験魔法の発動準備を進めていた。
……風属性、第二式。展開時間三秒。出力、改定案二つ目で」
指先から奔った魔力が旋風を生み、ルゼリアの髪を揺らす。
机の上の紙片がふわりと舞い上がり、彼女は手で押さえながら小さく頷いた。
「ふむ……安定はしてますが、まだ拡張性に欠けてますね」
ゆっくりとセディオスが向かってくる。
「実験中か?」
「ええ、ちょうどよかったです。少し、意見を聞かせて頂きたいのですが」
机の上の資料を指し示すルゼリア。
そこには初級魔法をベースにした独自の魔力操作理論が記されていた。
「この式、どう思われますか?」
「……簡潔だが、拡張の余地はあるな。多層構造にすれば、精度も上がる」
「やっぱり……! 助かります、そういう客観的視点が欲しかったので」
セディオスは長椅子に腰掛け、しばし図面を眺める。
「しかし、ルゼリアがここまで魔法理論を追究するとは思ってなかった」
「自身の属性適正の拡張を試したくなったので……」
ルゼリアは小さく笑いながら、再び手元の魔法書に目を落とした。
その瞳には、静かな決意が宿っていた。
「その、セディオス。今度、一緒に実地試験をしてもらえたいのですが......」
「実地試験?」
「新しい魔法式の適用範囲を、戦闘で試したいのです。単独ではデータが取りづらくて」
「……わかった。お前の成長の助けになるなら、いつでも付き合おう」
「ありがとうございます、セディオス……っ」
(……若い力が、こうして新しい理を生み出す。俺はその歩みを見届ける役割を得たのかもしれない)
照れたように俯くルゼリアの声は、どこか誇らしげだった。
二人の間に、またひとつの信頼の糸が紡がれていく。




