◆第75話:刻まれる悔悟の刃◆
翌朝。
陽が昇るよりも早く、セディオスは静かに目を覚ました。
肩から腰にかけて筋肉が硬直し、呼吸を深く吸い込むだけでわずかに胸が軋む。
昨日の訓練の余韻は、まだ鮮明だった。
(……あの動きについていけなかった。たかが模擬戦で、だ)
かつては数百の魔哭神兵を斬り伏せてきた己が――
今や、一人の少女……いや、一人の“戦士”として成長したライナにすら翻弄されている。
「未熟なのではない……ただ、俺の力が足りないのだ」
言い訳をする気はなかった。ただ、今の現実を静かに受け入れるしかなかった。
* *
そのころ、屋外の訓練場では、ライナがひとり木剣を振っていた。
「うーん……昨日のセディオス、ちょっと様子が変だったな」
《魔斧グランヴォルテクス》の重みを思い出すように腕を振りながら、彼女は静かに呟く。
「でも……手加減するのって、失礼だし……」
迷いを含んだまま、彼女はひたすらに振り続けた。
額から滴る汗を拭いもせず、木剣を振り下ろすたびに土埃が舞い上がった。
その姿には、真剣さと優しさの両方がにじんでいた。
◇
その後、食堂で顔を合わせたふたり。
「おはよう、セディオス!」
「おはよう、ライナ。……昨日のことだが、ありがとう。手を抜かずに来てくれて」
「う、うん。あの……僕、つい夢中になって……」
セディオスは首を横に振り、穏やかに微笑んだ。
「いいんだ。むしろ励みになった。俺も、もっと強くなりたいと思えた」
「じゃあ、また訓練しようね! 今度は魔法との連携も試してみたいな!」
「……ああ、頼むよ」
その言葉に、セディオスの瞳に、かすかな光が戻る。
離れた場所でそれを見ていたエクリナが、そっと呟いた。
「ふふ……やれやれ。我の臣下は頼もしいな。……そして、我がセディオスもな」
◇
午後。
セディオスは書庫の一画で、魔法理論の文献に目を通していた。
古びた頁の隅に、かつては目に留めなかった補助魔法の章があった。
ページをめくる指先には、静かな熱が宿る。
(力を取り戻す……まだ、やれることはある)
窓の外、訓練場へと向かうライナの背中が見える。
その姿を目にしながら、セディオスは思う。
――かつての己、そしてこれからの己。
その狭間に交わる未来を見据えながら、彼は静かに頁をめくった。




