◆第4話:ライナの冒険日記(朝から夕方編)◆
朝――陽の光が差し込む頃。
ライナは珍しく勢いよくベッドから飛び起きた。
「よ~っし! 今日も元気に出撃だ~!」
寝癖全開、寝間着姿のまま厨房へ直行。
「王さま~っ! 朝ごはん食べたら森へ食材取りに行ってくるねっ!」
「寝間着のまま、叫ぶな! まずは着替えよ!」
エクリナはしゃもじを持ちながら、怒号を放つ。
「てへへ」と笑いながら、その声を背に、ライナは部屋に戻ると慌てて着替えを引っかぶる。
家族が待つ食卓へ着き、赤毛の姉に寝癖を直してもらい、お腹いっぱいにエクリナが作った料理を頬張る。
食後に紅茶と甘いお菓子――蒼の少女は既に満足げであった。
朝の団欒が終わると、外套を羽織り、勢いよく館の門を開け放つ。
ギイィィィ――――と軋む音が鳴る中で、快活な少女は森へと全力で向かっていた。
昼――
森の中を軽快に走り回る。木の実を摘み、キノコを見つけ、小動物の足跡を追う。
「おっ、これは食べられるやつ! こっちは毒キノコ!……わかってるもん!」
昼が過ぎ、木陰に腰を下ろして空を見上げる。
ライナは背中を大木に預け、汗ばんだ額をぬぐう。
腰の鞄に手を入れると、弁当と水筒を取り出す。
出かける前にエクリナが手渡してくれた、大事な昼食であった。
ふたを開け、好物だらけの景色に顔がほころぶ。
一品、一品を口に運んではよく噛んで食べていた。
それは味わうように、今という平穏を噛みしめるようでもあった。
「ふふん、あの頃よりずっと平和になったなぁ……」
弁当を食べ終え、水筒に入った冷たい水を飲む。
満腹となり、爽やかな風が火照った身体を包んでいた。
「……ほんと、あの時は……」
ライナはそうつぶやくと、睡魔に襲われた。
◇ ◇ ◇
仄暗い空間——
雷の少女が目を覚ますと、そこは石造りの牢だった。
手には枷がはめられ、鎖で壁に繋がれていた。
牢内は底冷えがするほど寒かった。
「ズズっ……ここ、なんなの……」
鼻が垂れるのをすすり上げ、自分の体をぎゅっと抱きしめるライナ。
腕をこすり、震えながら寒さに耐えていた。
それは、ライナに与えられた初めての世界だった。
鉄の匂いと湿った石の冷たさだけが、世界のすべてだった。
そして――彼女は世界に絶望した。
神の洗礼をうんざりするほど、幼き心に刻みつけられていた。
「神さま……痛いよおぉ~。なんでこんなにいじめるの……」
初めての痛み、初めての傷。
貰ったばかりの麻の服は既にボロボロになり、繰り返された再生は鈍痛までは消してくれなかった。
冷たい床が、傷の痛みを倍増させていた。
この日から――
寒い牢が嫌いになった。
魔哭神の『実験』が嫌いになった。
一人きりが大嫌いだった。
いつしか、寒さも実験も、一人きりの時間も――
すべてを嫌悪するようになった頃、ライナは戦場へと送られた。
そこでは、赤毛の少女が勇ましく戦っていた。
炎を操り、人属軍を焼いていた。
彼女の周りは暖かった。
ライナは、《魔斧グランヴォルテクス》を振るい、雷を起こし、人属を亡き者にしていく。
神の命令のままに戦場を駆け、紫電をほとばしらせる日々だった。
赤毛の少女は『ルゼリア』という名だと、自我の薄い兵士たちから聞かされた。
「ルゼ……リア……」
「あの娘の近くは、暖かくて……好き? かも?」
赤毛の少女の名を口にし、想うライナであった。
それからはルゼリアと共にいることが多くなった。
幾つもの戦場で共闘し、いつの間にか『リア姉』と呼ぶようになっていた。
会話はあまりできなかったけれど、ルゼリアは温かく、ライナの心も熱くなっていた。
だが、その刻は長くは続かなかった。
ライナは慢心していた、油断していた。
まさか――罠があるとは思っていなかった。
戦場に隠されていた魔法陣を踏んだ。その瞬間、足が凍りつき、動けなくなった。
そのまま氷がふくらはぎから太腿、腹へと這い上がってくる。
抵抗するも進行は早く、あっという間に下半身が氷漬けとなり、さらに胸元へと迫っていった。
肌の感覚は奪われていくのに、骨の芯だけがきしむように痛い。
「リア姉……」
弱々しい声しか出せないライナ。
(冷たい……嫌だ! 嫌だ……)
氷の冷たさは、かつての石牢の寒さをありありと思い出させた。
駆け寄ろうとしたルゼリアは、彼女の名を叫んだ。
ライナは助けを期待した。
その瞬間、人属の魔導士に吹き飛ばされる赤毛の少女。
(!! リア姉!)
既に口まで氷が来ており、姉の名を声に出すことはできなかった。
ルゼリアが倒れるのを見ながら全身が氷漬けになった。
それでも意識があるライナ。
やがて戦場には魔哭神の兵が増援としてなだれ込み、戦場は制圧されていった。
回収されるルゼリアが見える。
氷柱のライナも兵士に担がれていく。
(良かった、これで助かる!)
だが――拠点に戻るや、そのまま放置される。
氷の冷たさで意識が朦朧とする中、ライナは疑問に思う。
(なんで……出してくれないの……?)
周囲から微かに聞こえる声があった。
「ヨワイ」「ソウテイヲ シタマワッタ」「ステロト シジヲ カクニン」
幾つもの浮遊する球型の術具が集まり、情報交換を行っていた。
そんな非情な声を聞いても――瞼さえ凍りついて、涙もこぼれなかった。
(そうなんだ……捨てられるんだ……)
意識が遠のく中、絶望をその身に刻み続けるライナ。
(もう、眠ろう……僕、寒いの嫌いだな……)
雷の少女は、静かに眠りについた。
しばらくして――
(暖かい……声が聞こえる……)
ライナがゆっくりと目を開けると、二人の少女が目の前に立っていた。
片方は冷たい光を宿した銀髪の少女、もう片方は柔らかな気配をまとった金髪の少女だった。
少し離れたところから、聞き慣れた声が届く。
(あ……リア姉の声だ。……助かったんだ)
「うっ、頭が……ッ!」
額を押さえ、走る頭痛を必死にこらえるライナ。
銀髪の少女は、エクリナというらしい。そして――自らを“魔王”と名乗っていた。
(ま、魔王……さま?……僕を選んでくれた……)
(なら、今度こそ……捨てられずに済むのかな……温かくしてくれるといいな……)
「……王さま……って、呼んでもいい……?」
ライナが新しい居場所を得た瞬間であった。
◇ ◇ ◇
「は! 寝ちゃってた!」
程よい暖かさの陽気に流され、大木に身を預けてうたた寝をしていたらしい。
「なんか……懐かしい……何だっけ?」
目をこすりながら、さっきまで見ていた夢を思い出そうとするが、もうおぼろげとなっていた。
「まあいいか! いっぱい狩ったし帰ろう!」
雷娘は、元気よく自らの居場所――館へと駆けていった。
夕方――
両手いっぱいの戦利品を抱えて館へ帰還。
「たっだいまーっ! シカも獲ってきたよ! ちょっと重いけど大丈夫~っ!」
と言いつつ、「おっとっと!」と倒れそうになるライナ。
それを裏口で迎えたエクリナが、ため息まじりに支えていた。
「……我がいなければどうなっていたか。まったく、目が離せぬ」
ため息をつきつつ、口元にはかすかな笑み。
「王さま、今晩はハチミツたっぷりのシカシチューにしようよっ!」
「また甘味全開か!……しかし、うぬが選んだ食材ならば、腕を振るわねばな」
夕暮れの厨房に、ライナの元気な声とエクリナの鋭いツッコミが響き渡る。
騒がしくも温かな、この時間こそ――あの雷娘が、ようやく手に入れた、何気ない日常であった。




