◆第3話:滅びの魔王と旅人◆
すべての始まりは――“魔王”と呼ばれた少女と、一人の旅人の出会いだった。
エクリナが目を閉じると、胸の奥から、あの日の記憶が蘇る。
◇ ◇ ◇
かつて、世界を消滅させる計画が進行していた。
造られ、貶められ、存在を道具とされた少女――エクリナ。
彼女は仲間たちと共に、魔哭神への復讐を胸に進軍していた。
だが、その前にただ一人の旅人が立ちはだかった。
「――貴様がこの世界を壊すというのなら、その前に俺が止めよう」
男の名はセディオス。生きる意味を探す放浪者であった。
数日に及ぶ戦いの末、エクリナは敗れた。
全てを失ったと思ったその時、差し伸べられた手は温かかった。
「……お前はまだ、世界の全てを視たわけではない」
セディオスの言葉に、エクリナの心は堰を切った。
「我らは道具であり、慰みものでしかなかった……世界が我らを切り捨てるなら、いっそ滅ぼすしかないと……!」
拳を震わせながら吐き出す嗚咽。
恐れられた魔王の姿ではなく、ただ泣き叫ぶ少女の声。
だが彼は、黙ってその涙を受け止めた。
◇ ◇
やがて二人は旅を共にするようになった。
小さな言い合いを重ね、互いの影と光を知り、少しずつ心を寄せ合う。
そして迎えた決戦――魔哭神との最終戦。
「空間よ、応えよ……我が闇は、もはや形を持たぬ――アニヒレイト・ゼロ=ディメンション!」
「――終天断、天照に至れ!」
全魔力を賭した二人の連撃が、ついに魔哭神を討ち果たした。
代償としてセディオスは深く力を封じられたが、勝利は確かなものとなった。
戦いの後、エクリナは問いかけた。
「……我は、もう、何のために存在すればよいのだ……」
その迷いに、セディオスはただ一言を返す。
「なら、そばにいてくれないか」
長い沈黙の末、エクリナは涙をひとすじだけ零し、微笑んだ。
「そうだな、それで十分だ。うぬと共に在れるのならば」
だが彼女は妻ではなく、メイドとして傍に仕える道を選んだ。
――世界を滅ぼそうとした自分には、妻の資格はない。
それでも隣にいたいから。
◇ ◇ ◇
静かに湯気を立てる紅茶を差し出し、ほんのわずかに微笑む。
何気ない日常こそが、彼女が守りたかったもの。
かつて“魔王”と呼ばれた影を胸に秘め、今日も彼女は静かに仕える。