◆第32話:深淵を超えて、運命の咆哮◆
エクリナと“黒騎士”の戦いは、既に常識を超えた領域へと突入していた。
互いの必殺を賭けた技が交錯し、空間は断続的に崩壊し再生を繰り返す。
魔力、剣気、次元すら歪ませる激戦――
それでもなお、エクリナの瞳に宿る意志は揺るがなかった。
怒気を内に秘めたまま、即座に〈シャドウ・グラトニー〉を足元に展開し、黒騎士の動きを鈍らせる。
距離を取りながら、冷静に体勢を立て直す。
《ヴェヌシエラ》を前に出し、空間の魔法を解き放つ。
「我が前に敵は無いッ!――アブソリュート・レンド!」
縦横無尽に奔る断裂が、黒騎士の鎧を貫く。
膝をつき、その仮面の一部が砕かれると、内部の醜悪な素顔が露わになる。
「……まだ……終わらん……!」
黒騎士は自身を鼓舞するように咆哮する。
度重なる魔法攻撃に防御は限界。十全に動くことすらできなくなっていた。
それでも己に刻まれた指令を果たすため、無理やり体を動かす。
双剣で傾く肢体を支え、醜い顔で魔王を見定める。
意志なき意志――そこにあるのは意地のようにも見えた。
日が高くなり、山の縁を照らすと、魔王と騎士の間に一筋の光が境界となった。
それが一層輝く瞬間、黒騎士は脚に魔力を集中し――最後の高速突貫を行った。
エクリナは魔盾盤で防御を行うも――キンッ!と弾かれる。
半身をひねり、後ろへ跳ねるが――
ザシュ――!
「ッ……!」
回避は間に合わず、彼女の左腕に裂けるような裂傷が走る。
二振りの刃はエクリナの血で染められていた。
血は滴り、地面に滴下する。後方へ回避したにも関わらず届いた一撃。
刻まれた痛みがあっても、エクリナは眉ひとつ動かさない。
騎士の様を見据えながら魔杖を振りかざし、冷たく言い放った。
「いいから終われ……全てを貫け、セリクラヴィス!」
三百六十度、あらゆる角度から無数の“空間の槍”が一斉に顕現し、収束し、貫通する。
槍は黒騎士の身体を内側から穿ち、装甲の隙間という隙間をこじ開けていった。
完全な全方位回避不能の一撃だ――それでも黒騎士は、なお双剣を懸命に振るう。
脚は折られ、剣は弾かれ、胸は貫かれ、凶牙は着実にもがれていった。
ボロボロの騎士は、意思なき“意志”に付き従うかのように、ただ使命だけをなぞる動きだった。
その懸命な姿を魔王は身じろぎもせずにただただ見つめていた。
全身が不可視の槍に同時に貫かれた。
双剣の舞は空しい行動であった。
ついには魔核を貫かれ、頭部も穿たれ、力なく二振りの剣を落とした。
黒騎士は霧散していた。
その場に残されたのは、エクリナの血が付着した双剣だけだった。
燃え尽きた大地と、焼け焦げた風景。その中心に立つエクリナの肩が、僅かに上下する。
――黒騎士、消滅。
同時に、戦場の他の地点でも戦いは収束へと向かっていた。
迫りくる軍はすべて討伐され、そこに残るは紅と蒼だけであった。
ルゼリアは高位魔法の乱発、ライナは極大魔法の使用により大きく魔力を消耗していた。
「消耗が激しい……」
「そろそろ……終わり、だよね……」
疲弊しながらも互いに頷き合う二人。
左腕を押さえる王の元へ歩いていた。
一方――
ティセラは遠方から防衛結界の再調整を行い、全体の魔力の流れを整えていた。
その指先は震えていたが、結界は一度も破られていない。
「やっと終わりか……」
宿付近の下級兵がすべて倒れているのを確認し、セディオスはようやく安堵の息を吐いた。
「エクリナ、ルゼリア、ライナ――三人とも無事ですか?」
ティセラは耳飾りに呼びかけるように声を出す。
その声に応えるように――「ええ、問題なしです」「お腹空いたよ~~」と姉妹の反応が返ってきた。
「我は……左腕を少し切られた。ティセラ、後で治癒してくれ」
「!? 大丈夫ですか! 後で言わず今すぐにでも――」
エクリナの負傷にティセラが気にかけていると、
次の瞬間——
「……何ですかこれ……新たな魔力波長を感じます……!」
これまで戦場には流れていなかった魔力。
ティセラが即座に結界を更に強固にする。
周囲に注意を促すように《アストラルリンク》を使って叫ぶ。
「皆、警戒を! 次の敵が現れるかもしれません!」
「ああ……もう見えておる……」
空気が重くなる。焦げた風に混じり、先ほどまでとは質の違う魔力の匂いが立ちのぼる。
エクリナらの目の前で――深淵がその口を開いたかのように。
嵐の前の静けさ。
だが、エクリナは微かに唇を吊り上げた。
「ようやくか。黒幕とのご対面だな」
姿を現したのは、少年とも少女ともつかぬ風貌の存在。
紺色の髪、短く整えられた前髪。後ろ髪は三つ編みに束ねられ、無機的なほど整然とした佇まい。
その金色の瞳は、冷え切った湖面のように静かで、そして底知れなかった。
ルゼリアは焔晶を向けて威嚇し、ライナは魔斧の柄を握りしめて構える。
二人の前のエクリナは魔盾盤を自身の前に配置し、ジッと見つめていた。
戦いは、まだ終わっていない。
いや――真に始まろうとしていた。




