◆第31話:命なき刃、闇を裂く◆
白銀の煌めき。
そして、闇の斬撃。
黒騎士の双剣が、猛禽のような軌跡を描いてエクリナを切り裂かんと迫る。
しかしその瞬間、空間が歪み、斬撃が通過した先に彼女の姿はなかった。
エクリナは黒騎士の背後に現れると、魔杖を横薙ぎに振るう。
カキンッ!と右手の剣がそれをはじく。
「これならばどうだ! シャドウ・クロスアサルト!」
エクリナは魔杖の先端に闇刃を展開し、転移を交えて連続斬撃を繰りだした。
フェイントを交え、残像を重ねていく。
黒騎士は腹部、左腕部、背面へと次々に衝撃を受けるが、それにひるまず立ったままであった。
「硬いな……」
エクリナはそう呻くと、さらに転移を重ね、黒騎士の背後に立つ。
すると――
突然、黒騎士は振り向き、二振りの剣で斬撃を放ってきた。
エクリナの転移地点を予測し、反撃に出ていた。
「なッ! プレッシャー・ケイジ!」
エクリナは魔盾盤をかざすと、空間膨張による圧を上空から与えた。
刹那の斬撃を遅らせ、間合いを空けることに成功していた。
エクリナと黒騎士には五歩分の狭間が開いていた。
敵の将は――無言、無表情。
生気も闘志も感じられない。
「……命令と反射のみで動く、か。意志なき刃など、ただの道具に過ぎぬ」
その言葉が聞こえたか、再び相手は動き出す。
黒騎士は魔力を両腕に集中させると、双剣を水平に構えた。
双剣から魔力刃を放ち、目の前のエクリナを強襲する。
空間転移で回避するエクリナ。
今度は騎士の側面へ移動するが――同時に黒騎士が肉薄していた。
「何故、わかる……!」
再び空間転移で退こうとした――だが、間に合わなかった。
双剣の一閃が彼女の魔杖を弾き飛ばし、続く斬撃が魔装を掠める。
《魔盾盤ヴェヌシエラ》で受け、回避行動をとる。
「っ、チッ……!」
後ずさりしながら跳び、魔杖を回収しつつ距離を取る。
(――動きが異様に良すぎる。魔力感知が鋭いのか……通常の魔術師では間違いなく捉えられるな)
エクリナはすぐに態勢を立て直し、左手を掲げる。
「シャドウ・グラトニー――深淵であがけ!」
地面に奈落が発生、黒騎士を飲み込めてはいないが、動きが鈍る。
そこへ、魔力を収束した闇弾と空間槍を撃ち込んだ。
爆轟。
瞬間、黒い閃光が煙を貫いて飛び出した。
「まだ動けるか……!」
黒騎士の鎧にはひびが入り、兜にも亀裂が走っていた。だが動きは止まらない。
双剣を構え直す黒騎士。
再び接近、旋回、斬撃。
エクリナは空間の壁を展開し、斬撃を滑らせる。
再度黒騎士の足元へ〈シャドウ・グラトニー〉を展開し、わずかに動きを封じ隙を生み出す。
「ダークネス・フラクトル!」
エクリナの足元の影が四つに分かれる。
それは天へと伸び、影人形となる。エクリナと同じ洋装だが黒き姿であった。
「人形よ掛かれ!」
〈シャドウ・バレット〉〈ディメンション・スライス〉
〈ナハト・シンフォニア〉〈シャドウ・クロスアサルト〉
四体の影は半自動で動き、ランダムに中級魔法以下の術を放つ。
黒騎士は一体の影人形と撃ち合う。
影エクリナの杖術は単調で、容易に切り伏せられてしまう。
残り三体の影人形も単調に魔法を放ち、黒騎士を足止めする。
それは、エクリナに刹那の“詠唱の余裕”を捻り出すための時間稼ぎだった。
「……“静かなる破滅”をくれてやろう」
「ルゼリア、ライナ――退避しろ」
《アストラルリンク》を通じて静かに命じる。
《魔盾盤ヴェヌシエラ》を構え、詠唱に入っていた。
「空間よ、応えよ……我が闇は、もはや形を持たぬ。時間は砕け、次元は沈黙する。記憶されることすら許されぬ、完全なる消去――ここに下すは、魔王の消滅令ッ!」
「アニヒレイト・ゼロ・ディメンション!!」
ピッシン!――ガガガガ――ガッシャアアァァァン!!
何も無いはずの空間が破砕した。
硝子板が幾重にも砕かれるような音と共に潰され、敵は吸い込まれたのち、世界そのものが大音響と共に反転・爆裂する。
ルゼリアやライナが相手にしていた下級兵だけではなく、自身の影人形すら巻き込む、一掃の一撃だった。
――だが、その中心から再び立ち上がる影があった。
黒騎士。
まだ、立っている。
「っ……耐えた、だと……!?」
(……この将級兵、誰かに手を加えられているだけではなく、明らかに援護を受けているな……)
空間極大魔法の威力はすさまじく、結界の守護さえも砕き、消滅へと至らしめる。
それにも関わらず、まだ黒騎士はそこに居た。
だが――顔面の装甲は半壊し、鎧は焦げ、片腕が崩れていた。
眼光だけは鋭く、体は前を向き、動く意思を見せていた。
「己が……使命は……魔王から……奪うこと……」
「奪う?……その繰り返される言葉に、意味はあるのか?」
エクリナの瞳がわずかに揺れた。
「貴様に、意志はない。勝利も敗北も理解しない。“生きている”とは呼べぬ存在だ……」
魔杖を握る手に、再び魔力が集まる。
(あれほどの一撃でも、膝すら折らぬとは……。神の兵が、意地を見せるだと? 心の芽でも出ているというのか……)
(しかも、どうも邪魔が入る。もはや、“空間そのもの”を断ち切り、存在の座標ごと削り落とす――その手を取るしかあるまい)
瞳が鋭く細まり、戦場を読む魔王の眼差しが宿る。
「……貴様の存在、しかと見極めた。我が闇で覆い隠すには――今が好機だな」
次の瞬間、二人は同時に踏み込む。
魔力と剣気、空間と斬撃。
交錯する影と影――戦いは、なお激しさを増していた。




