◆第33話:決意の灯火、迫る終焉の足音◆
『黒騎士』の敗北とともに、戦場に一瞬の静寂が訪れた。
だが、それは嵐の前触れに過ぎなかった。
過去からの襲撃者――その首謀者が、姿を現していた。
一歩踏み出すとともに、さりげなく四角の箱を地に落としていた。
三つ編みを揺らし、精悍な顔つきの若者は異空間から戦場に立つと、周囲の観察をしていた。
消滅した黒騎士、残された血塗りの双剣、百を超える下級兵の残骸、焼け野原と化した戦場。
観察が終わると、エクリナらを見据えて――にこやかに嗤っていた。
それは妖艶で、魔性。それほどの美貌であった。
その“異質さ”は三人に緊張を与えていた。
ルゼリアは、燃え残る戦場に立つその姿を睨みながら呻くように言った。
「……この感じ……姿は子どもですが、底が見えない……」
《フレア・クリスタリア》に、無意識に魔力がこもる。
ライナも、雷光の余韻を纏ったまま、やや身を引きつつ声を上げた。
「誰……? あんなの、さっきの奴よりもっとヤバい空気してる……!」
一方、結界を維持し続けていたティセラは、ひときわ強く眉をひそめる。
「魔力の波長が……異常です。これは、神兵の波長ではありませんね……」
ティセラはすぐさま《アストラルリンク》でエクリナに告げる。
「気をつけてください。あれは、ただの兵士ではありません。何か……本質的に違います」
「ああ、むしろ――懐かしさすらあるな……」
エクリナは嗤う姿を見ながら、吐き捨てるように声を出していた。
それは魔力波長がどことなく、自身に似ているのも手伝っていた。
「初めまして、魔王エクリナ――いえ、“元”魔王でしたね?」
柔らかな口調で、彼または彼女は静かに一礼した。
「わたくしの名はリゼル。“かつての神”の遺志を継ぐ者です」
「……貴様が、黒幕か」
エクリナの声は冷たく低い。
だがその瞳には、明らかな警戒の色が宿っていた。
「我と同じ……いや、それ以上に澱んだ魔力……」
「やはり感じ取れましたか」
リゼルは口元に笑みを浮かべたが、その笑みには温度がない。
「わたくしは、主――『魔哭神ヴァルザ』様の因子を受け継ぐ存在。そう、あなた方と同じ“造られし者”、神造生命体です」
「簡単に言えば、わたくしたちは皆、同じ血族ですね♪ 貴方たち姉妹にようやく会えて嬉しいですよ」
満面の笑みで、本当に嬉しそうにしていた。
「まだ、神造生命体がいるとは……」
「戦場で会わなかったから、てっきり皆倒されてたと……」
ルゼリアとライナは記憶を振り返り、これまでの戦場で今の家族以外の躯体と出会うことがなかったと断言する。
戦争の真っただ中、戦域で討伐されてしまったと思い込んでいた。
その姉妹の顔にうんうんと頷き、何か感慨深そうな所作すらしていた。
ゆっくりと目を細めると――リゼルは会話を続けた。
「貴方たちは何も知らないでしょうね……安寧を求めた貴方たちには、ね」
「……わたくしは、異なる選択をした存在です」
「選択、だと?」
その言葉にエクリナが声を出してしまう。
「ええ」
リゼルは怪しく嗤う。
その表情は、すべてを嘲るようでありながら、どこか自嘲めいてもいた。
「“家族”ごっこをし、平穏を求め、かつての戦いに幕を下ろした貴方たちと違って、わたくしは“始まり”へ還る道を選んだのです」
「始まりへ……? それは、“滅び”の再来を望むということか」
その不穏な内容に顔をしかめるエクリナ。
リゼルはそれを放置し、さらに言いたいことを発していく。
「滅び、破壊、終焉。呼び方は何でも構いません。ただ、わたくしは“答え”を求めているだけです。何のために生まれ、なぜ創られ、選んだ先で――何をすべきかを、ね」
エクリナの眉がぴくりと動いた。
「……貴様には、誇りも護るものもないのか?」
「この身にあるのは、御心の想いだけですかね」
リゼルは微笑んだ。
あまりにも穏やかで、あまりにも空虚な笑みだった。
「黒騎士もそのための布石です。奪う者が来たとき、貴方はどうするのか――それを試してもらったのです」
「……実験か。我らを、まるで駒のように……!」
エクリナの声に怒気が帯びる。
だが、リゼルはまったく動じなかった。
「感情。意志。家族。そんなものは、すべて“与えられた幻想”ではないのですか?」
「否。幻想であろうと、我らはそれを選んだ。そして護る!」
エクリナは拳を握り、リゼルへ言い放つ。
それは、魔王ではない生き方を選んだ覚悟を見せつけるようであった。
「では、貴方がそれを守り抜けるかどうか――いずれ試させていただきますよ」
そう言って、リゼルはふいに地面に落ちていた黒騎士の双剣を異空間へ飲み込んだ。
その動作は、あまりにも自然で、どこか“手慣れていた”。
「では、本日はこれにて」
「逃すか――!」
エクリナが構え直すが、リゼルは小さく笑い、指先を弾くようにして空間に穴を開けた。
「……今日はご挨拶のみ。相まみえる日を、心より楽しみにしております」
「――“我が姉”エクリナ♪」
そう言い残し、リゼルは異空間の彼方へと姿を消した。
地に残していた四角い箱も、遅れて異空間へ沈んだ。
その背には、怨念ではなく、空虚という名の深淵が揺らいでいた――。




