◆第314話:ルゼリアの特別講義◆
王立ジェンマギ学院の講師専用会議室。
そこでは、講義内容の改定が次々と行われていた。
マセタが担当する魔法基礎を皮切りに、残る初等科、中等科、そして高等科へと議題は進んでいた。
事前にエーデルが見直しと方針の立案を行ったことで非常に円滑であった。
これまでの低迷した講義で燻っていた講師が居たこともあり、前のめりの姿で聞いていた。
そして次なるは――高等科であった。
「実技が足らんのぉ。高等科は応用に入った段階じゃが、実技が少ないのは何でじゃ?」
「確かに属性魔法と違う系統の魔法ではあるが……今の講師では不足があるとみていいのかのう?」
紙片を見ながら高等科の講師を一瞥するエーデル。
担当の四人は戦慄を覚えていた。
これまでの学長は端的に言えば、「ふわふわ」としており、ここまで厳しく言及することはなかった。
その声色は全盛期と同じ、冷徹な判断をするように思えてしまった講師陣であった。
氷以上に冷え切った会議室。
勇気ある者が声を上げた――ブルーメであった。
「正直、難しすぎですぞ! これらの魔法は高等科では手に余る難易度」
「特別科のような学科であれば、時間を費やして教えれば可能ですぞ? それを二年の内容で、しかも一回で実践まで行うのは無謀ですぞ!!」
そもそもの講義内容に無理があると言い放つブルーメ。
その声に他三名の講師は頷き、同意していた。
「……」
言葉を飲み、咀嚼するエーデルは腕を組み考え込んでいた。
それはまるで、この後の言葉を貯めるような動作であった。
「高等科講師どもよ、わしゃが、悪かったのじゃあ――」
ようやく何かに思い至った学長が告げる言葉を出し始めた。
高等科の講師たちは内心、安心していた。
「ようやく理解してもらえたのか」と、思い込んでいた。
そして――
「ならば、高等科の講義担当からは一度外れてもらうのじゃあ。教えられぬ者を、教壇に立たせ続けるわけにはいかんのじゃあ」
「再評価の場は用意するのじゃ。そこで示せぬなら、その時は講師の席を返してもらうのじゃあ」
白き少女の姿をした学長は、本気で憂いていた。
唖然とする講師四人に厳しい言葉を掛けつつ、次の算段を漏らしていた。
その言葉は他の講師にも波及していた。だが、恐ろしくて黙るしかなかった。
「……わたくしめが、担当を……これは不当ですぞ! この紙面にある陣地の構築など古臭い魔法なぞ、誰も発動できないのですぞ!!」
ブルーメは声を荒げ、エーデルが作った資料をバシバシ叩きながら抗議する。
残り三人の高等科講師がうなずく中で、炎の少女だけが眉を吊り上げていた。
その言葉は、ルゼリアにとって看過できなかった。
あの陣は、魔封じの中でライナを支え、自分たちを生かした魔法であった。
ルゼリアは抗議に答えるため、挙手をする。
その眼には、怒りすら見えた。
「マスター……発言をしても?」
「好きにするのじゃあ」
険しい顔の従士に、隠れてニヤける学長。
最早、シナリオ通りであった。
「陣地構築は戦略的に必要です。今は戦争が終わった安息期間、準備は必要です」
「そもそも、フィルドン著書の内容は難しくありません。起点さえわかれば――」
ルゼリアは怒りを押し殺し、淡々と講師に告げる。
しかし、我慢の限界が来たブルーメは言葉を遮った。
「ならば――キミが教えなさぁぁいぃ!!」
「おとなしく聞いてれば、この高貴なわたくしめにぺらぺらと――、これだから下民は……」
聞き捨てならない言葉を吐きながら、ワナワナと震える貴族出の講師。
その一言で、会議室の温度が変わった。
講師の誰もが、今の言葉だけは看過できぬと悟った。
「――わかりました、ブルーメ講師の次回のお時間を頂きます。第二訓練場ならば、問題はないでしょう」
ルゼリアは呆れ、これからの段取りを告げる。
その言葉に、更に憤りを感じるブルーメは、机を叩いた。
「それで結構! しっかり成功させなさい、キミの従士存続と引き換えですぞ?」
これまでの鬱憤をまとめて処理すべく、勝手に追加条件を言う。
エーデルはため息をつき、頷く。
「わかった、わかった。それでは、段取りはしておくんじゃぞ、高等科講師全員の責任じゃからな? 頼んだのじゃ」
抗議を受け入れ、冷たい眼差しになる学長。
再び震える高等科の講師陣。
それを助ける者は誰もいなかった。自身たちも十分に同じ立場になると理解していたからであった。
波紋を呼ぶ会議はこれを以って終了した。
そして――翌々日、午前。
第二訓練場に高等科の二年が全員、場に立っていた。
総勢十五名は、ルゼリアの前に並び講義を受けていた。
異議を唱えていた講師四名は、傍らでその異様な光景を見やっていた。
学徒が、学徒に教えることなど――通常の講義ではありえなかったからであった。
「皆さん、フィルドン著書――陣地構築の項目はご存じですか? 該当の方は挙手をお願いします」
ルゼリアは淡々と話しかけ、学徒たちの様子見をする。
挑戦者の中でも、高等科の比率が圧倒的に多く、反応が気になったことも手伝っていた。
講師代わりの従士の声に苦々しい顔で挙手をしていく学徒たち。
指示に従うこと、無知であること、どちらも承服しかね仕方なく挙手を選んだようであった。
十五名全員、少なくとも項目自体は知っているようであった。
「皆さん基礎はご存じのようですので、本題に入ります」
「この魔法は魔力を持った物質、例えば魔晶などを対象にして発動を行います」
「要点は四つ――魔晶の座標指定、個別魔法陣を展開、拡張構築により陣地に展開、最後に自身もしくは任意の者への魔核に接続」
「これらの流れを行うことで、ようやく使用できます。集団戦向けの魔力補給の魔法ですが、構築次第ではこれまで届かなかった魔法の格を放つこともできます」
ルゼリアは自身の知識と体験を織り交ぜながら講義を続ける。
説明はわかりやすく、有益な内容も含まれていた。
学徒たちは講師たちの講義を比較し、僅かにうなずいていた。
区切りがついたところで――
「そこまでは誰でも知ってますぞ? わたくしめはその先が見たいのですがね?」
ブルーメは煽るようにルゼリアに向かって言葉を放つ。
「そうですね、そろそろ実践しましょうか」
そういうと、腰の鞄から小粒の魔晶を三つ、地面にばらまく。
その中心に立つと、ルゼリアは魔力を集中させる。
既に魔法式を構築したことがあったため、滑らかな所作であった。
三つの魔晶を見やり、それぞれを基点として小さな魔法陣を展開する。
赤い魔力線が三点を結び、三角形を描いた。さらに外周へ円環が走り、訓練場の砂地に紅い陣地が浮かび上がる。
仕上げに、自身の魔核と陣地を接続し完了する。
講師と学徒は目の前で繰り広げられた赤き魔法陣を見て息をのむ。
それは、これまで実地で扱えていない魔法のひとつ。
未知が既知になった瞬間であった。
ルゼリアの美しい所作にブルーメは感心していた。
彼女が卓越した魔術師であることを理解するのは十分であった。
だが――
「そんなもの、見せかけですぞ!」
自身ができないことを達成している少女に対して嫉妬を燃やしていた。
「――どうぞ、こちらへ。試してもらえれば良いかと」
嘲る講師を冷ややかに見るルゼリアは、陣地に招き入れる。
ブルーメはゆっくりと陣地に歩む。ブルーメの魔核の座標を指定したルゼリアは陣地と接続させる。
その途端、「おおぉッ!」とブルーメは胸に手を当て驚く。
唐突な魔核の活性を感じ取っているようであった。
「魔法を天に放ってみてください。低級でもそれなりの威力が出ますよ」
ブルーメの表情がおもしろかったようで、僅かに微笑むルゼリアは魔法発動を進めた。
「……もちろんですぞ――アクア・ショット!」
吹き抜けの天井に手をかざし、打ち放つは低級水魔法。
水の散弾で攻撃する魔法は、いつもと違っていた。
通常は小石ほどの大きさが、拳くらいに膨張。
射出速度が視認しづらくなるほどであった。
中級に届かないまでも、威力は倍増していた。
「陣地内の魔晶から魔力を補助供給しています。術者本人の消耗を抑えつつ、出力を底上げする仕組みにしてみました」
「もう少し魔法式を組み替えれば、もっと補助を入れることも可能です」
天へ上った〈アクア・ショット〉が雨となり、訓練場の面々に降り注ぐ。
心地よい水を浴びながら、ルゼリアは補足をしていた。
学徒も講師も天を仰ぎ続ける。降り終えた雨の後には小さな虹が出ていた。
「……見事ですぞ……」
「はッ!――ま、まあまあでしたぞ! 従士として認めなくはないですぞ」
ブルーメは自身からこぼれる素直な言葉を遮るように、ルゼリアを認める小さな言葉を出す。
その言葉を皮切りに、学徒が数名ルゼリアの陣地を試したいと申し出る。
ルゼリアは快く受け入れ、陣地の魔晶を五個追加し、接続人数を増やせるように調整する。
少しだけ、従士として認められたようであった。
しかし、それでも、まだ"全員"にというわけではなかった。
まだまだ、時間は必要であった。




