◆第313話:火種を灯す会議◆
緊迫する講師用の会議室。
堅実な講師マセタへ、ルゼリアは自身の所感を提示していた。
それは魔法を愛し、知識を集めてきた者が学院の行く先を憂いてしまった言葉でもあった。
正直、ルゼリアはジェンマギ学院のことを気に入っていた。
破天荒な師に、未知の書物たち――未知を既知へと変えていった少女にとっては楽園に等しかった。
「言葉のままですが、もう少し詳細にお話しします」
「まず、すべての説明を一気に伝えています。学徒はそれを書き留めるだけで精いっぱい、何を書いているのか理解できているのは何名いるのでしょうか?」
問題点を話し始めるルゼリアに対し、わかっていないという顔をするマセタ。
「書いたものを読み直すことで理解できるように、詳細に黒板に書き、口頭でも教えているのです」
「同じ授業は何度もできません。繰り返し読めるようにすべきです」
マセタは学徒のために自身の理解を先にすべて伝え、繰り返し読むことで理解が深まるように配慮していた。
これならば、ルゼリアはわかってくれるだろうと堅実な講師は考えていた。
だが――
「教えたい気持ちが強すぎて詰め込みすぎです。まずは要点もしくは例えで言った方が理解を得られます」
「それに、講義内容の多くは著書に書かれています。ならば黒板に丸写しするより、講義では“どこを見ればよいか”と“どう理解すればよいか”を示す方が有効かと」
学業としては身も蓋もない指摘であった。
手帳に書き写すことで覚えさせる狙いもある。
だが、ルゼリアが問題にしているのは、その前段階であった。
「例えば、魔法式ですが、単に言えば『魔法の設計図』です。それらを伝えたうえで、少しずつ砕いて説明して強固に理解してもらった方がいいと思います」
「理論を厳密に言えば、マセタ講師の説明は正しいです。ですが、実践で最初に必要なのは、魔力制御と想像です」
ルゼリアは魔法の要は想像であり、そのためには流れを理解しないといけないと説明する。
だが、その言葉にマセタはため息をついてしまった。
「想像を頼りに魔法式を組み、魔法名の詠唱で発動まで持っていけるのは熟練者だけです」
「初等科一年の学徒は魔法発動を実現できていません」
「初等科二年でようやく発動できるのです。あなたは才能があるからわからないでしょうが、頭で魔法式を構築し、魔法名を詠唱するのは容易なことではないのです」
「そこをしっかりと留意すべきです」
マセタはいつも通り、堅実で小難しく理由を述べる。
それはこれまでの講師歴で繰り返し考えてきた結果とも言えた。
「だから、シスとアルクの著書がいるのです。彼らの内容は角度は違えど、伝えたいことは同じ、魔法発動までの流れを簡易に書いています。むしろ先にこれを教えたほうが、マセタ講師の講義は受け入れやすくなりますよ?」
「つまり、学徒に最初から理論の全体を背負わせるのではなく、まず“発動までの道筋”を見せるべきだと思います」
「確かに、マセタ講師の講義は“正解”を渡しています。ですが、初等科に必要なのは、正解へ辿り着くための“足場”です」
ルゼリアはひるむことなく想いの丈をぶつけていた。
マセタの目を真っすぐに見つめて淡々と告げていく。
その真摯さ、真剣さは周囲の講師の目を釘付けにするには充分であった。
「――例えば、このように……」
と言いながら、掌を開いていた。
「私はいつも、魔核からの魔力を手に集中し、思い描いた魔法式を掌に魔法陣として展開し――」
基礎の魔法書通りの所作で魔力操作を行い、制御していく。
「ブラゼ」
火種の魔法名を静かに唱えた。
その掌の上には、小さな焔が灯っていた。
「と、魔法名を唱えています。魔法の発動とはこれくらいわかりやすいのです。それを理論だけ先行で行うのは想像が追い付かずに魔法というものがわからなくなると思います」
「もちろん、私と同じ速度で行えという意味ではありません。ですが、流れを見せれば、学徒は自分がどこで詰まっているのか分かります」
マセタはルゼリアが発動した焔をじっと見つめる。
マセタは学徒時代を僅かに思い出す。
火種を出せなかった日、何度も失敗した記憶が戻る。
何度口にしても発動できなかった初めての魔法。
魔力操作、魔法式の構築、そして頭に思い描くこと。
これは魔法の基礎発動手順であり、理解するのが最も難しい。
特に理論に傾倒する者に、"想像"することは難解であった。
成功のきっかけは、師が見せてくれた魔法。
そう、目の前の少女のように段階をゆっくりと見せて発動した炎。
そこでようやく"魔法"とは何かを理解した。
だからこそ、理論をわかりやすく教える必要があると思っていた。
事実、これまでの弟子はそれで大成する者もいた。
だが――学徒も、道具も、そして学び方も変わっていく。
かつて自分を救った方法が、今の全員を救うとは限らなかった。
在りし日を思い出すマセタ。
ルゼリアの実演を見て、昔の所作で掌を上げる。
そして――「……ブラゼ」と、魔法名を放つ。
メラメラと燃える火は、ルゼリアが出したものと同じであった。
炎の属性としては、誰でも操れる初歩の魔法。
今の時代では術具に役目を譲り、講義で教える程度の認識になっていた。
それでも、マセタにとっては、とても大事な魔法であった。
「流れと実践ですか――僕自身がこれを発動できるようになるのは大変でしたが、確かに最初に学んだのはそうだったかもしれませんね」
「……この火を出すまでに随分とかかりました」
マセタは、焔を弄び、人差し指を立てて移動させる。
実に巧みな所作であった。
「だから、つまずいた者が後で戻れるように、できるだけ詳しく残してきたつもりでした」
マセタは、灯火を見つめたまま続ける。
「ですが……最初に必要なのは、戻るための記録ではなく、進むための一歩だったのかもしれません」
その言葉は、周りの講師にも響いていた。
誰でも躓き、そのたびに立ち上がり、今や講師となっている。
ここに居る皆もかつては学徒――思い出の魔法は誰にでも存在する。
「しかし……すぐに変更すると失敗したときに取り返しがつかなくなります」
マセタは自身の炎を握りつぶし、堅実な意見を出す。
「ですから、次の講義で試してみましょう。検証はしておくべきですから」
条件付きで講義内容の改定を受け入れるマセタであった。
その言葉に礼をするルゼリア。言葉で語らず、礼儀で返答していた。
「わかったのじゃ、次の講義も視察させてもらうのじゃあ。楽しみにしておるのじゃ」
エーデルは満足そうにマセタに告げた。
マセタは礼をして着席した。
ルゼリアはいつの間にか、エーデルの斜め後ろに戻っていた。
会議の流れが少しだけ変わっていた。




