◆第312話:十八人の講師と一人の学徒◆
二日後――本日の講義は休講。
だが、講師たちも休みという意味ではなかった。
講師専用会議室には十八名の講師が長机の椅子に腰掛け、その先には学長エーデルがいた。
その背後にはルゼリアが、傍仕えとして立っていた。
年二回行われる講義内容改定会議――その第一回審査会であった。
「さて、長い長い会議の始まりじゃあ。始めようかのう」
準備が整ったのを確認し、開始の合図を放つ。
しかし――
開始早々、ブルーメが疑問を投げかけてきた。
「学長、なぜこの場に学徒がいるのですか? ここは会議の場、あり得ませんぞ」
ブルーメはルゼリアを指差し、場違いであると言い放った。
それは道理であった。
会議内容は学院の運営に関わる、学徒が居て良い場所ではなかった。
「……ルゼリアは特別じゃあ。確かに今までは、従士であろうとも会議には同行させていなかったのう」
「しかし、従士から講師になる者も多い。経験は大事じゃあ、今から学ばそうと思ったのじゃ」
「加えて、ルゼリアは講義を受けた当事者でもある。学徒の視点は、今のわしゃらに足りぬものじゃ」
エーデルは正論に対し、半ば強引な理屈を返す。
学長に一撃を与えたルゼリアは、魔法の実力だけならこのジェンマギ学院でも最上位に位置する存在となっていた。
だからこそ、学長の言い分はあながち間違いではなかった。
「いくら優秀に魔法を使えたとしても、所詮、学徒は学徒ですぞ? 我らの会議に参加なぞおこがましいにも――」
才能は認めつつ、それでも学徒であると言い続けるブルーメ。
他の講師は、いつもながらの噛みつきぶりに辟易していた。
「今のルゼリアに必要なのは、通常講義よりも、わしゃの特別講義じゃあ」
「この会議内容を口外しないように言い含めておくのじゃあ。もう良いじゃろ? 会議を始めるのじゃあ」
エーデルはバッサリと言い切り、申し立てを却下した。
これ以上議論の意味はないと言われ、歯を食いしばりながら着席するブルーメ。
一瞬ではあったが、ルゼリアを睨みつけていた。
「――マセタ。基礎講義について説明を頼むのじゃあ」
ようやく始まる会議。
エーデルはマセタを指名し、全体への説明を始めた。
「はい。まずはお手元の資料をご覧ください」
「僕自身の担当は魔法基礎、新たな魔法も出てきておらず、基礎そのものはいまだに不変。それゆえに改定は不要と考えております」
マセタは資料の内容をそのまま読み、変更など要らないと告げていた。
その言葉は丁寧で、何も問題ないですよと豪語するようであった。
「……ルゼリア、わしゃが書いた資料を講師どもに配るのじゃ」
エーデルは従者に指示する。ルゼリアは頷き、長机を一周して全員分の資料を配る。
講師たちは少し驚いていた。
学長は資料作成が苦手、いや、嫌いである。だからこそ会議を開き、講師に資料作りと方針説明をさせ、これまで運営してきた。
必要なことはすべて口頭で都度修正をしてきた――つもりであった。
だが、現実にはそれらが入っていない、抜けているとここ数年思い当たる節があった。
エーデルの目元には、わずかに隈があった。
先日の一件でエーデルは思い知ってしまった。学院は、もう瀬戸際に来ているのだと。
懸命なルゼリアに背を押され、エーデルは睡眠時間を削り、今回の会議に向けてすべて見直していたのであった。
「まず――何故、シスとアルクの著書を省いているのじゃ? 一昨年くらいに入れておけと言ったはずじゃがのぉ」
エーデルはマセタを鋭い目で見る。
「……あれは初等科では不要です。どちらの著書も基礎と書かれている割には少々難解です、ですので中等科一年で教えるべきです」
「ただでさえ、最近の初等科は理解度が落ちており、追試者が増えています。学長の仰ることもごもっともですが、これ以上内容を増やすべきでないと判断しました」
『学長は現場をわかっていない』とばかりに、独自の判断で変更したと話す。
マセタは講師の中でも長く勤めており、今年で勤続二十二年になる。
その堅実さゆえに信頼は寄せていたが、最近の講義では試験結果が悪かった。
「追試が多いのは良い、問題は落伍者が多いことじゃ。何故中等科に至る過程で三割が去るのじゃ?」
「昨年は四十五名中、十五名が進級できずに離れていったのじゃ。言っていることの矛盾に気づいたかのう?」
渡した紙片の文字を指で叩き、結果を突き付ける。
それは昨年だけではなく、近年五年分の一覧が書いてあった。
「以前は入っておったシスとアルクの内容を省いた後、歴然として進級率が下がっておるのだが、気づいておらんかったのはわしゃも同じじゃ」
自身も反省しつつ、マセタに冷たく言う。
マセタは食い入るように紙片の数字を見つめる。
「……最近の学徒たちは辛抱強さが無いのですね。学習量をあえて減らしても落伍者が出るのは、僕自身のせいでは――」
初等科で何とか理解してもらうと懸命に頑張っていたマセタはあまりの衝撃に言葉を詰まらせた。
それは教育者に付きまとう難題のひとつであった。
「マスター、発言を許していただきたいです」
ルゼリアは挙手をし、発言の許可を求めた。
その光景に驚く講師一同。
しかし、同席を認めた以上こうなる可能性は既にあった。
「いいのじゃあ。忌憚のない意見を言うといいのじゃ」
エーデルはニヤリと笑い、許可を出す。
これこそが学長の秘かな狙いであった。
ルゼリアと示し合わせたわけではない、ただ信じただけであった。
一歩前に出る。
「講義を拝聴しましたが、あれではついてこれる学徒は限られるでしょう。むしろ、魔法から遠ざかる者も出るかもしれません」
物怖じなど知らない少女は切るように鋭く言う。
それは率直な感想であり、届けなければならない言葉。
だが――これまで長く教えてきた者には辛い言葉であった。
「――どういう意味ですか?」
マセタの声から、先ほどまでの余裕が消えていた。
ルゼリアは一礼し、静かに口を開く。
ジェンマギ学院の講義改革は、ここから始まる。




