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魔王メイド・エクリナのセカンドライフ  作者: ひげシェフ
第十二章:ルゼリアと魔術学院の灯火

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◆第311話:獄炎少女が握りしめるもの◆

初めての特別講義が終わった夜――

泣き腫らした名残を隠すように、エーデルはいつもより騒がしく夕食を食べていた。

その後、居間で紅茶を啜りながら、ルゼリアはエーデルに頼みごとをしていた。


「マスター、私の部屋が欲しいです」


自身の部屋を要望する従士。

マスターは涙目になり、縋りつく。


「何が嫌なのじゃあ! わしゃ、もうルゼリア無しでは朝も起きられんのじゃあ!!」


ルゼリアの機微と気遣いは恐ろしかった。

起床時の湯浴みから始まり、食卓につけば、美味な朝食とコフを提供。

書斎で資料に悩めば、適切な書を即時見つけてくる。

合間を見ては、部屋の掃除に食材の補充を終わらせていた。


たった二日間の共同生活で、エーデルは骨抜きになっていた。

そんな優秀な従士が――部屋が欲しいと言っていた。

正直、愛想をつかれたと思ってしまった。


「言葉が不足していました。身体を動かせる部屋が欲しいのです、非公開で特訓をしたいので」

あまりにも狼狽しまくるエーデルの頭を撫でて、言葉を付け加えていた。


「ほっ……」

「なんじゃあ、安心したのじゃあぁ~」


ルゼリアの真意を聞いて胸を撫で下ろす。


「ついてくるのじゃ」


エーデルはそう言うと、居間を出て書斎へ、さらにその先の扉へ向かう。

塔の頂上の部屋は円形ですべてが横で繋がっていた。

ルゼリアは初めて入る部屋に足を踏み入れていた。


「ここは……」

一面、灰色の石の間であった。


「これでもわしゃは勤勉でのぉ、今でも時折修業しておるのじゃあ。ここは頑丈で防音、高位の魔法程度なら耐えうる結界も刻んでおる」

「わしゃのとっておきの部屋じゃあ。従士を案内するのは初めてかもしれんのぉ」


エーデルは特別な部屋だと言い放つ。

それは、ルゼリアへの信頼の証とも言えた。


「そうなのですか! そのような特別な場所を――」

「使うが良いのじゃ。今日の実習を打ち切った侘びとでも思うがいいのじゃあ」


エーデルはカラカラと笑う。

すっかり、いつもの賑やかな学長に戻っていた。


「ありがとうございます。では早速やってみたいことがありますので――」

と言いながら、エーデルを部屋から閉め出し、ガチャリと鍵を掛けた。


「……成長とは、少し寂しいのぉ。さて、わしゃも、もう少し書類を整理しようかのう」


講師とは学徒を成長へ誘い、見護る者。

一抹の寂しさを胸に、自身のすべきことへと歩んでいた。


 * * *


「さて、まずは基礎ですね」


腰の魔導収納鞄から、一冊の本を取り出す。

『格闘術入門』と書かれていた。


「……私だって、悔しいのですよ」


「《獄炎爪》で肉薄はできました。ですが、あれは戦具と魔力で無理やり届いた一撃です」

「徒手の基礎がないままでは、意外性も持久力も育ちません」


本を少しだけ握りしめたルゼリアは、一拍置くと表紙をめくった。

入門書と言うだけあって、人属領の格闘術の種類が書かれていた。

それらを丁寧に読んでいくルゼリア。


「あ、マスターの戦闘様式はこれですね。速度に加え、一撃の重さ、何より軽い身のこなしで回避し続けての反撃」

「……やってみますか」


ルゼリアは本の挿絵通りに構える。

ぎこちない足の位置に、腕の高さ、それでもエーデルを思い描いて型を作る。


「森でのマスターの拳は凄まじかったですね。あれを真似る……」


目の前で岩石を幾度も打つ少女。

その悲哀のこもった拳の動きを、ルゼリアは止めることができずにずっと見つめていた。

それはエーデルにとって必要なことであり、ルゼリアにとっても大事なことであった。


シュッ!と、拳を打ち放つ。

微かに空を切るが、打ち込みが遅く、引き戻し時に型が崩れる。

それでも、と繰り返し拳を打つ。


まずは右手だけ――

ひたすらエーデルの動きを思い出し、打ち続ける。


三十分が経過しただろうか。

全身汗びっしょりのルゼリアは、床に座る。

鞄から水筒を取り出し、ゴクゴクと水分を取る。


「ふう~。ライナなら、もっとうまくできるんでしょうね……もっと近接戦の訓練をしとくんでした」


ルゼリアはライナとセディオスの剣術訓練を思い出す。

何度も負け、何度も立ち上がり、めげない妹分の姿を羨んだ。

そして感じた――それが嫉妬であることを。


「ふ、そうですね。ライナを手本に頑張りますか。それが今の私にできることです」


近接戦であればライナの方が上手(うわて)

身近だからこそ目標にしたくなかった、常に見ていたのはエクリナ。

だが――ルゼリアにはどちらも高見であることを自覚する。


息が整ったルゼリアは立ち上がる。

そして、姿勢を正し、拳を再度打ち込み続ける。


ライナは相棒だ。

だからこそ、前へ出る役目を無意識に預けていた。


「ふッ! ふッ!」

息を吐きながら拳を打ち続ける。


(ライナを前衛として頼りすぎましたね。それは甘えであり、安寧です)

(その先に――成長などありません!)


ルゼリアは心に火を灯す。

自身が超えるべき壁――それはライナ、セディオス、それともエクリナ?

頭に巡るは、自問自答。


「いえ、この学院にいるときは違います。まずはマスターからにしましょう!」


その発言が無謀なことは百も承知。

経験豊富な老獪の魔術師。そして、熟練の魔法と格闘術。

真っすぐでは勝てない相手。


「――だからこその意外性!」

拳を打ちながら、考えをまとめていく。


「でも意表は良いですが、まずは基礎ですね。私が弱すぎます!」


わざと声に出し、心に刻む。

そのたびに拳は速くなり、握る手は固くなる。


その手にあるのは"覚悟"――自身の弱さを認め、それでも立ち向かう心。

今のルゼリアで唯一優れるものはこれしかなかった。


ルゼリアの特訓は始まったばかりであった。


次回は、『8月16日(日)13時ごろ』の投稿となります。

引き続きよろしくお願いします。


本日もお付き合いいただきありがとうございました!

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