◆第308話:夕食時の無礼◆
ルゼリアが入学して一日目の夜――
書類整理に区切りをつけた二人は食堂へ向かっていた。
「いや~、今日はなかなか捗ったのじゃあ。ルゼリアを従士にして正解じゃったのぉ」
エーデルは肩が凝ったとばかりにゴリゴリと腕を回す。
「そういう姿を見ると、年を取っているように見えますね」
年寄りを見るような目でルゼリアは静かに言う。
「事実、年寄りじゃあ。まあ、まだまだ愛らしいがのぉ?」
エーデルは通り過ぎる学徒たちに手を振りながら答える。
食堂に到着すると――学徒たちが席という席を埋め尽くしていた。
夕刻から食事の提供があり、普段なら時間をずらして混雑を避けているはずだが、今晩ばかりは異様に人数が多かった。
エーデルとルゼリアが入るなり、身じろぎもせず、二人を見つめていた。
「……どうしますか?」
「見てるだけじゃろう? ほっとくのじゃあ。それより夕食じゃ」
警戒するルゼリアに、意に介さないエーデルは昼食同様に特別席に座る。
渡されたお品書きから注文し、落ち着いたころ――学徒たちが一斉に動いた。
その機微を見逃さなかったルゼリアは《フレア・クリスタリア》を展開するが――
学徒たちは整然と列をなしていた。
その先にはルゼリアがいた。
そう、食堂の学徒のほとんどは、ルゼリアが来るのを待っていたのであった。
「従士ルゼリア、挑戦を申し込む!」
先頭の男子学徒が宣言した。
「……」
呆気にとられるルゼリアであったが、警戒を弱めずに対応する。
「いいでしょう、注文したものは来るまで受け付けてあげます」
時間制限とばかりに冷たく言い放つ。
「そんな!」「ずっと待ってたんだぞ!」「不公平だ!」
その言葉に反発するように怒声を上げる学徒たち。
講師たちは止める素振りを見せなかった。
特待従士の器量を測る、格好の機会だとでも思っているのだろう。
(周りに味方は……無しですか)
ニヤニヤと見ているエーデルの顔を見て、ルゼリアは状況を判断した。
「マスターの食事の邪魔です。これでも譲歩しているのですよ?」
「それとも……ここで全員、敗北しますか?」
背後の焔晶が静かに十個の『飛晶』形態へと移行する。
ルゼリアは臨戦態勢となり、やる気十分。
その冷ややかな瞳は、礼儀の無い者には容赦しないと言わんばかりであった。
「……」
一時的な高揚に身を任せていた学徒たちは身の危険を感じ、おとなしくなる。
「やっと話を聞ける状態になりましたね。普段はマスターの補佐をしていますので……週末の午前から昼過ぎに掛けてお相手しましょう。夕刻には大事な予定がありますので、時間厳守です」
「では、順番に名を書いて去ってください」
手持ちの紙片とペンを差し出す。
新たな規定を決めつつ、ルゼリアは食事が到着するまで挑戦者の名を記録させた。
三人目の記名中に「チリーン」と鈴の音が鳴った。
記名していた学徒の腕輪に付いた、小さな銀の装飾品であった。
(こういった装飾品は許可されているのですね)
周囲を見渡すと、スカーフやネックレス、指輪など多様な装飾品を付けている学徒が目についた。
(私もアペリオを許されていますからね。術具の類かもしれませんね)
魔導術具が発展する時代、術具と装飾品の区別は難しいと思うルゼリアであった。
料理が卓の上に並ぶ頃には、十名が記名していた。
「それでは、打ち切りです。またの機会にしてください」
ルゼリアは百に届こうかという列に向かって冷たく言い放った。
仕方なく、食事を再開する者、帰寮する者に分かれて徐々に減っていった。
「マスター、お待たせしました」
《フレア・クリスタリア》はそのまま警戒態勢とし、椅子に座った。
「ひひひ、人気者になったのじゃあ」
食事の挨拶をしながら、エーデルはご機嫌に言い放つ。
少女には似合わないブドウ酒をグビグビと飲んでいた。
「マスターがそれを言いますか、誰のせいだと――」
と言いかけて言葉を止めるルゼリア。
「ん? どうしたのじゃ」
いぶかしげるエーデル。
「マスター、昼食も肉料理でしたね?」
「そうじゃが、それがどうかしたかのう?」
そう返答する学長の前には、味付けの違う肉料理が並んでいた。
昼食の時もであったが、野菜など欠片もない品々。
ライナですら、ちゃんと野菜を食べるのにと、憤慨していた。
「マスター。いい年なのですから、栄養の取り方を考えましょう」
「昼も夜も味の濃いものばかり、まずは塩分は減らさないと――」
食事は身体を整えるもの。
そう教えたのは、いつも食卓を整えていた王だった。
ルゼリアは淡々とエーデルに説教を始めた。
御年千八百歳を超える老魔術師に向けた気遣いの言葉であったが、鋭いところばかりを突いていた。
「わしゃを老人呼ばわりかのう? それとも、先ほど助けなかった意趣返しかのう?」
エーデルは、ルゼリアがわざときつい言い回しをしているのに気づいていた。
この辺りは年相応の子供らしさと感じていた。
「いえいえ、マスターの体を心配してのことですよ? 明日から、すべて私が管理しますね」
珍しく意地悪な顔をしているルゼリアは、エーデルの栄養管理を勝手に買って出ていた。
「なあ! それは勘弁じゃあ~。学長はな、精神負荷が多いのじゃぞ? せめて好きなものを食べたいのじゃあ~」
食卓をドンドンと軽く叩く。エーデルは外見に似合った可愛らしい抗議をする。
二人の言い合いは続くのだが――結局ルゼリアが決めることになった。
肉・魚・野菜の両立を条件として。
翌日の朝ではあるが、掲示板の横に一つの箱が置かれていた。
紙一枚分が通る程度のスキマを入れた木箱に、『ルゼリアへの挑戦者はこちらに名を投函してください(※直接申し込みは禁止)』とだけ書かれていた。
それは、挑戦を公平に受け止めた証であった。
次回は、『8月9日(日)13時ごろ』の投稿となります。
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