◆第307話:魔女エーデル◆
壇上でのエーデルの発言に沸き立つ学徒。
各々が声を掛け、手を振っていた。
「さすが魔女先生」「魔女の二つ名は伊達じゃない!」「魔女先生最高!」
とエーデルの異名を口々に叫ぶ学徒たち。
(魔女? 二つ名ですか……)
『魔女』という言葉が耳に残るルゼリアであった。
エーデルは手を振りながら、ルゼリアの手を取り、壇上の脇へ入っていく。
それでも学徒たちの歓声は簡単には鳴りやまなかった。
「一旦、部屋に戻るのじゃあ。今捕まると面倒じゃからな」
いたずらっ子のような笑顔を見せる学長は、従士の手を引き続けていた。
「マスター! あの提案はどういうことですか? 私に何の相談もなく――」
ルゼリアは手を引かれるままに抗議の声を上げていた。
立ち止まるエーデル。
その声は周囲に居た講師たちにも届いていた。
やはり学長の思い付きかという顔つきになっていた。
「なんじゃ、不満か? これからルゼリアは多種の魔法属性と戦えるのじゃぞ、知識だけではなく実戦も大事なのは知っておろうに」
「この学院に来たからには学び尽くすといいのじゃあ」
エーデルは純粋な気持ちで学徒たちをルゼリアへけし掛けていたのであった。
確かに今のルゼリアに必要なのは実戦、知識は既に豊富に備わっていた。
「……一理ありますね。いいでしょう、今はマスターのご指示に従いますとも」
ルゼリアは奔放なエーデルに少しだけひねくれた言い回しをした。
「ひひひ、意気や良しじゃあ。さて戻るのじゃ」
歩みを再開するエーデルは部屋に戻るまでルゼリアの手を引き続けていた。
それは傍目から見れば少女同士、だが知っている者からすれば学徒を導く師であった。
「そういえば、先ほど魔女と言われてましたが……」
講堂で聞いた言葉を聞いてみる。
「ん? あー、学徒たちは盛り上がるとなあ、わしゃをおだてるようにかつての二つ名を持ち出すのじゃ」
「実はあれはあまり好かんのじゃあ、可愛くないからのぉ」
エーデルはあけすけに言うものの、公言はしていないようであった。
「魔女は、昔でいう女の魔術師を指す呼び名じゃあ。まあ、昔の話じゃなあ、今は男も女も魔術師と呼ばれておるが、あの時代は女が少なかったからのぉ、区別のために名付けたらしい」
「最初は区別のための呼び名じゃった。じゃが、戦場では畏怖の名に変わったのじゃあ」
ルゼリアは手を引かれつつ、エーデルの横顔をじっと見つめていた。
少しだけ愁いを帯びた表情であった。
「わしゃが、王都侵攻の防衛線で極大魔法を毎日のように放ち、それを見て恐れたわらべどもがつけた渾名が『魔女』じゃあ」
「そんな謂れがあったのですね……」
ため息をつきながら話すエーデルに理解を示すルゼリアであった。
「まあ、あれがあるから、今でもこの学院の学長なのじゃがな」
魔女と言われ始めたころを思い出すエーデルの笑みが、ほんの少しだけ薄れた。
戦争の悲劇を、少しだけ思い出しているようであった。
「なるほど、二つ名とは印象からくるものですが、敬意と畏怖が混ざったのでしょうね」
ルゼリアは理路整然と言いつつ、エーデルを刺激しない言い方をした。
「まあ、昔の話じゃ」
学長は短く言うと話を打ち切った。
これ以上は聞かれたくないという感じであった。
◇
学長室に戻ってきた。
既に破損した窓硝子は交換されており、残っているのは、紙片と書籍が散らかった惨状だけであった。
「マスター、この後のご予定は?」
赤き特待従士らしく、師の予定を確認する。
「そうじゃな……そろそろ、書類に向き合おうかのう……ルゼリアは適当にするのじゃあ」
嫌そうに言いながら、机に向かうエーデルは遊びの時間が終わってしまった子供のようであった。
「では、掃除をしますね。散らかっていると精神安定に支障が出ますので」
そう言い切ると、補助魔法を発動し周囲の紙片と本を浮遊させ、内容を確認し分別していく。
「……慣れておるな。しかもその魔法は風属性じゃな? 炎ばかりではないとは本当に優秀じゃな」
ルゼリアの手際の良さに感心しつつ、補助魔法の属性を看破していた。
「ええ、低級までですが風も使えます。普段はこういうふうに浮遊させるだけですが、実は炎魔法に風を合わせて威力を上げています」
ルゼリアは信頼の証とばかりに秘匿を暴露する。
「そりゃ、威力が違うわけじゃな。僅かだが複合魔法に近い構築とはやるのじゃあ」
「ああ~、書類整理など止めて、もっと魔法談議がしたいのぉ……」
ルゼリアとの会話が楽しくてしょうがないエーデルは紙の束を見やり、うなだれていた。
「お務めです、頑張ってください」
清掃に勤しむルゼリアは、あまり心のこもっていない励ましの言葉を言う。
「そうじゃなーー」
退屈そうに紙面に向き合う学長。
そのあとはしばらく静寂が部屋に広がる。
淡々と片付けと清掃が進み、積まれた紙に署名が書かれては積み直されていく。
このまま順調と思われたが――
「はあ~、適当な講義内容を作りおって……内容が足りとらんぞ!」
突然エーデルが愚痴る。
「少なくとも、シスやアルクの魔法式理論を入れんと学徒はわからんじゃろうに……」
「あの本はどこにあったかのう……この棚にはないか。最近読み直したはずじゃが――」
ブツブツと言いながら本棚をあさり始めるエーデル。
その声に呼応するようにスッと本を二冊差し出す従士。
「シス著『基礎魔術理論・第一巻』と、アルク著『初めての魔法式入門・第一巻』ですね」
「おーおー、これじゃ。助かるのじゃあ」
エーデルは欲しい本がすぐに手に入り喜んでいた。
「これだから整頓は重要です。しかしながら、この方々の本はわかりやすくていいですね、導入の講義ならば最適なのは納得です」
「そうなんじゃあ、このわらべどもは元従士でな、わしゃが口伝で教えたことを見事に書籍に残し、しかもわかりやすくしてくれたのじゃあ」
「わしゃ自慢の弟子の二人じゃあ。本好きも伊達ではないのぉ」
かつての従士であった、シスとアルク。
師の教えを広めるために生涯かけて本を幾つも書き残していた。
それはエーデルの誇りでもあった。
「そうだったんですね!」
ルゼリアは二人の著者が従士であったことに驚いていた。
「魔法書の著者の大体はわしゃの学徒どもじゃあ。もちろん書かれている内容は彼ら独自のものも多くあるのじゃあ」
「ちょうどよい、ルゼリア。ついでにプライの本を幾つか見繕ってくるのじゃあ、基礎が書かれている書籍がいいのぉ。この部屋のどこかにあるのじゃあ」
ルゼリアに次の仕事を任せるエーデル。
数々の本を読破した赤毛の少女を信頼してのことであった。
「承知しました、マスター」
そういうと補助魔法を駆使し、本棚を確認しつつ片付けも行っていく。
二人の初めての共同作業は夕刻過ぎまで続いた。
エーデルが知を選び、ルゼリアがそれを形に整える。
師と従士の役割は、少しずつ噛み合い始めていた。




