◆第306話:騒がしい昼食と自己紹介◆
ジェンマギ学院――その頂にある学長室。
禁書の話は、ルゼリアの胸に重い余韻を残していた。
だが、学院の一日は待ってくれない。
昼食の時間になると――
「腹が減ったのじゃ。ちょうどよい、昼食後に講堂に案内するのじゃあ」
エーデルはそう言いながら立ち上がる。
「承知しました、マスター。学徒の方々と同じ場所で食事するんですね」
ルゼリアは昇降機に乗りながら、質問する。
「もちろんじゃ。学長と言えども特別扱いはダメじゃ、それにわしゃ料理が苦手じゃあ」
傍若無人な振る舞いを棚に上げて、エーデルは笑う。
昇降機が一階に着くと、回廊は学徒で埋め尽くされていた。
だが、エーデルの姿を見るなり、人波は自然と左右に割れる――まるで歌姫を迎える観客のようだった。
「おーおー、いつもすまんのおぉ」
エーデルは手を振り謝罪しつつ、ルゼリアと共に歩んでいく。
ルゼリアは周囲の警戒をしていた。
学長が人気者なのは周知の事実、不埒者がいるかもしれないと思ったからだ。
だが――驚いたことに妙な動きをする者はいなかった。
暗黙の決まりがあるらしく、学徒の挙動には共通点が見られた。
一定の距離を空ける、エーデルに触れない、声を掛けることと、手を振ることは許されている。
男女を問わず声を掛けられ、手を振られる学長は非常ににこやかだった。
エーデルは悠々と学徒たちの間を闊歩していく。
それは食堂に着くまで続いた。
食堂は、講堂ほどの広さを持つ大広間だった。
長机が何列も並び、中央には料理を受け取る列。
天井の魔導ランプが昼の光を受け、皿と匙の音をキラキラと響かせている。
食堂に入ると――給仕係から奥の席に案内される。
柵で囲われたそこは部屋全体が見渡せる特等席であり、注目が集まる場所でもあった。
そして、その卓には二人分の椅子しかなかった。
エーデルは早速座り、向かい合うようにルゼリアも腰を掛ける。
「なんとも……凄い光景ですね」
ルゼリアは学徒たちが占める騒がしい空間を外部から見つめていた。
好きに食べ物を選べるらしく、順番に並んではゆっくりと列は進んでいた。
人気の品があるらしく、取り合いに近い騒ぎも起きていた。
館のにぎやかな空間とは違った空気感であった。
「好きなものを頼むといいぞ。すべて学院持ちじゃあ、腹いっぱい食べるといいのじゃあ」
そう言いながら、給仕を呼ぶとお品書きの文字を、指先で幾つも示していく。
「では、私も――」
エーデルの注文の後に、自身の料理を選んでいく。
ほどなくして料理が卓に並ぶ。
エーデルは、数種類の肉料理に甘いパンの数々、そして黒く香ばしい飲み物——コフが置かれていた。
ルゼリアは、魚を中心に野菜サラダも織り交ぜ、素材の味を生かしたパンを選んでいた。
「では、いただくのじゃあ」
「はい、頂きます」
食事の挨拶を交わし、それぞれ料理を口へ運ぶ。
「まあまあな味じゃな。だが、ルゼリアの朝食の方がよかった気がするが――何が違うんじゃろうな?」
「さあ、私は王の真似事をしているだけですよ。ひょっとしたら、愛情でも入っているのかもしれませんね」
エーデルの疑問にルゼリアは冗談めかしながら答えた。
少しだけ距離が近くなっていた二人であった。
「王か……まさか、銀髪の少女の姿をしておらんか?」
エーデルはひときわ大きく切った肉塊を齧りながら聞いた。
「ええ、そうですが……会ったことがあるのですか!?」
ルゼリアは驚いていたが、ある意味納得もしていた。
エーデルは戦場に出た経験がある。相対していてもおかしくなかったのだ。
「会ったというほど可愛らしいものじゃなかったのじゃあ~。わしゃの魔法にも当然相性は存在するのじゃ、特に闇や雷など、重力で直接捉えにくいものはひどく疲れるのじゃあ」
フォークを振りながら語り始めるエーデル。
「あの、魔王じゃったか? あれに会ったときは死を覚悟したのじゃあ、あれほどまでに圧倒的で残忍な制圧はなかったのじゃあ」
「闇は重力では抑えられんし、何より搦め手と高威力、そして制御性。どれをとっても一級品じゃった」
「何とか近接戦でいなせたのはよかったが、結局、時間稼ぎにしかならんかったのお」
過去のエクリナを知るエーデルは死闘であったにも関わらず、軽い言い方であった。
それでも身近にエクリナを知っている者がいたのは、ルゼリアにとって少し嬉しかった。
「しかもじゃ、数回戦場で出くわすことになってな、わしゃの運を恨んだくらいじゃあ……」
「ふふ、また会っていただきたいものですね」
ルゼリアは微笑み、ご機嫌になっていた。
「おーおー。今度、講義の参観でもしてもらおうかの?」
その言葉に憎まれ口で返すエーデルであった。
二人の楽しげな会話は食堂の風景となり、学徒たちは見つめていた。
いつもにこやかな学長ではあったが、あらゆる意味において恐れ多い存在。
その方に気安く会話をする者がいること自体が珍しかった。
だが、楽しい昼食は長く続かない。
食堂のざわめきの向こうで、午後の講堂へ向かう鐘が鳴った。
講堂へ移ると、壇上にはすでにエーデルが立っていた。
その前には、呼び集められた学徒たちがひしめいている。
相変わらずの可愛らしい服装に愛好会すら設立されるほどであった(なお、非公認)。
「わしゃの可愛いわらべたちよ。急な呼びかけにも関わらず、良く集まってくれたのじゃあ。」
エーデルは拡声術具を握り、皆に聞こえるように話す。
その言葉は必死に頑張っている学徒たちへの慈愛にも聞こえた。
「昨日入学試験に合格した娘――ルゼリアを紹介するのじゃあ」
壇上の端に立つ赤毛の少女を呼び寄せる学長。
ルゼリアは頷き、壇上の中心へと歩む。
特注の深紅の従士服を着こなす姿は、優雅ですらあった。
「ルゼリアと申します。未熟者ではありますが、学ぶために参りました。よろしくお願いいたします」
静かな一礼。
だが、その所作には試験を潜り抜けた者の芯があった。
自分たちとまったく違う服装に堂々たる振る舞い、学徒たちはそれぞれに思った。
羨望の眼差しか、それとも嫉妬に濁った視線かは、まばらであった。
「試験を見ていた者は知っておるじゃろう? 炎魔法を操るルゼリアじゃあ」
「炎魔法のことは皆知っておるな? この世界で使う者が多い属性でもある。その反面、あれほどの多様な攻撃を駆使できる者は少ないのじゃあ」
エーデルは胸を張った。
まるで、我が子の出来を誇る親のように。
「従士を置くのはどれくらいぶりかのう、確か十年ぶりじゃな。それほどまでにこの席は高みにあるのじゃあ」
「じゃが――そこに着く者が久方に現れた、このわらべが学徒どもの目標ともいえるのぉ」
煽るような言い方をする。
しかしそれはまごうことなき事実であり、ルゼリアの実力を疑う者への説明でもあった。
そして――続く言葉はルゼリアにとっても他人事ではなかった。
「わしゃとルゼリアの試験を見ていない者もおるじゃろうし、認めたくない者も多くいるじゃろう」
「じゃから……ルゼリアに興味がある者は試合を申し込め! そこで確かめるのじゃあ!!」
暴走する学長の言葉を聞き、ルゼリアは目を見開いてその顔を見ていた。
(聞いてませんよ!!)と、心の内で抗議していた。
「もし、もしもじゃあ。規定に従い、ルゼリアに勝つことができたなら、その時は従士候補として、わしゃが直々に見てやるのじゃ!」
畳みかけるように言う姿は何とも楽しそうだった。
エーデルは皆に笑いかけ、鼓舞させていた。
学長の言葉が終わる。暫し静かであったが――
「おおおぉぉぉ!」「やるぞぉ!」「これは好機!」「憧れの先生と一緒の生活!」
学徒たちは吼え猛り、欲望をさらけ出し、闘志を燃やしていた。
ルゼリアは、この瞬間から学徒の超えるべき目標に変わっていた。




