◆第305話:禁じられた魔法書◆
静寂を取り戻した魔法図書館。
学徒たちは思い思いに本を片手に勉学に励んでいた。
その最中で、ルゼリアは明らかに注目されていた。
本を読むふりをしてみる者、ひそひそと耳打ちする者、通りすがりに見る者――手段は様々であった。
ようやく平静を手繰り寄せたルゼリア。
「こほん……失礼しました」
咳払いをひとつする。
だが、その視線は書架へ吸い寄せられていた。
「お、戻ってきたのじゃ。では、興味ありげじゃし、詳しく説明しようかの」
「ついてくるのじゃあ」
エーデルはそう言いながら、ルゼリアを移動させる。壁際に立つ円柱状の案内台へ向かっていた。
黄緑色に輝く、大型の四角い魔晶板が嵌め込まれていた。
その形状は少しだけ、エクリナが持つ《魔盾盤ヴェヌシエラ》を想起させた。
「これは何でしょうか?」
「まあ、見ておれ」
エーデルが少しだけ魔力を流すと仄かに光り出す。
すると、図書館の見取り図が現れた。
「なるほど、案内板を術具にしたものですか。これは便利です」
すぐさま理解するルゼリア。ティセラが喜びそうな術具だとも思っていた。
「あまり驚かんのじゃな。わらべの戦具といい、よほどの魔導技術を見てきたのじゃな」
ルゼリアの反応を見て、少し残念そうな声を出すエーデルであった。
「もちろん驚いてますよ? どこまで、操作できますか?」
ウキウキしながら使い方を詳細に尋ねる。
「一から五の階層ごとに見られるのじゃ、上から見た絵じゃな。ほれ、棚配置が見えるじゃろう?」
「ほう、棚配置は属性ごとですか? それとも著者ごとですか? まさか、発刊の年代で――」
エーデルに矢継ぎ早に確認をするルゼリア。
その声は極大魔法の詠唱よりも早口であった。
「落ち着くのじゃあ! はあ~、ここまで高揚するとは……一応属性ごとじゃが、元の位置に戻さない学徒が幾人かおってな、混ざっている場合もあるのじゃあ」
躾ができてないと残念がる学長であった。
困ったという顔をしていた。
「この大きさでは整理も大変そうですね……」
「表に出ている魔法書は、ここにあるもので全てなのですか?」
ルゼリアは管理者に同情しつつ、探るように聞く。
魔法書と一言で言っても読ませてはいけない本の類が存在するのを知っていたからだ。
「……」
「ここでは言えんのじゃ……わしゃの部屋に戻るのじゃあ。そこで茶でも飲みながら語ってやるのじゃ」
ルゼリアの発言に周囲を警戒したエーデルは、図書館を離れることにした。
よほど聞かせたくない内容であるようだった。
静かに図書館を出る二人。
その道中で一人の講師に出会う――それはルゼリアの能力を見透かせなかった男、ブルーメであった。
学長と従士の姿を見るなり、「ひいぃ!」と警戒を強める悲鳴を僅かに出していた。
「どおしたのじゃあ、ブルーメ。この前、わしゃに叱られたのがまだ堪えているのかのぉ?」
エーデルはニヤリと嗤うとからかうように告げていた。
「いえ! そんなことはないですぞ!」
ブルーメは必死に弁解する。
「そうじゃ、ちょうどよかった。午後から学徒どもを講堂に集めるのじゃあ、新たな従士の紹介をするのじゃ」
突然の指示を放った。
「そんな、突然すぎですぞ! 昨日も臨時試験の観覧で講義が遅れているというのに――」
エーデルの奔放ぶりを注意するブルーメの言い分はまっとうであった。
しかし、話が通じるのは常識人と相場は決まっている。
「じゃかぁしい! 言うことを聞くのじゃあ!」
「ほれ、早く行くのじゃあッ!」
エーデルは怒鳴り散らし、不承不承で言うことを聞くブルーメはスゴスゴと離れていった。
「学徒のころから頭が固く、口答えが多いのが、ブルーメのやつの悪いところじゃな、それで昨日も間違いを犯しおってからに……」
仕方がないというエーデルは嘆息していた。
「昨日のお仕置きとは?」
興味本位に聞いてみるルゼリア。
「ああ? あーー、ルゼリアを追い出そうとしておったからのお、脅し程度に部屋の床を殴っただけじゃあ。ほんの少し、塔が揺れたがの」
「その余波で、近辺の窓硝子が割れてしまったのじゃあ」
カラカラと笑いながら説明する。
「昨日の振動はそれですか……」
窓硝子を砕くほどの振動の発生源を理解したルゼリアであった。
しばらく歩き――学長室に到着する。
エーデルが長椅子に座ると、ルゼリアは慣れた手つきで紅茶を入れる。
コトンと、カップを差し出されるとエーデルが先ほどの続きを始めた。
「それで、ルゼリアの聞きたいことじゃが――"どの本"のことかのう?」
エーデルは紅茶を啜り、探るような目になる。
「やはり、儀式魔法ですね。実際見たことはなく、魔法書の閲覧すら叶っていませんが、その存在は他の書にも記述があるため気になってました」
隠す意味もないため、はっきりと知りたい魔法を公言した。
「はあ~、そうか……それをまだ知っておるものがおったか。あれは歴史の闇に葬った方がいい魔法じゃあ」
「興味本位で読んでもいかんし、実践などもってのほかじゃあ」
深いため息をし、天を仰ぐエーデルは拒絶をしていた。
それほどまでに禁じたい内容らしい。
「せめて、どういった類の魔法かだけでも……」
それでも食い下がるルゼリア。
「仕方ないのぉ、他言無用じゃぞ?」
「儀式魔法とは簡単に言えば、千を超える生贄を必要とする大規模魔法じゃあ。極大魔法とは違い、直接攻撃に転用するものではない」
カップをなぞりながら説明を始めるエーデルは、少しだけ悲しそうな眼をしていた。
口を挟まずジッと見つめて、続きを聞くルゼリア。
「生贄とは、多くの場合、他者の魔力や命そのものじゃ。そもそも個人の力では発動できないからこその魔法じゃからな」
「効果は様々じゃあ。人を蘇らせる、時を逆巻かせる、この世の律を歪める など理に反する事象を引き起こす内容が多いのぉ」
説明に区切りがつくと紅茶で喉を潤す。
そして――ルゼリアを見つめた。
「とんでもない魔法ですね……そして、生贄の数に釣り合わない効果です……」
ルゼリアは儀式魔法について聞いたことを少しだけ反省した。
それは自身が求めている力の類ではなかったからだ。
「いい倫理観をもっておるのじゃ。儀式魔法が書かれた書物は幾つか存在するが、実際に発動したのはただ一人じゃあ」
エーデルの言葉にルゼリアはピクリと反応する。
「魔哭神――ヴァルザじゃ。あやつは神領と城を築くためだけに人を攫い、文字通り礎にしおったのじゃあ」
「それを目撃した人らが、『神は堕ちた』と言い放ち、神歴を破棄することになるのじゃあ」
エーデルは、千八百年を生きた語り部として、古代の歴史に触れるように語っていた。
「そうだったのですね……聞くべきではありませんでしたね。申し訳ありません」
禁断の魔法の概要を知り、謝罪をするルゼリア。
「まあ、わしゃの従士じゃし、知る資格はあるのじゃあ。気にすることはないのじゃ」
エーデルは構わないといい、手を振っていた。
それから昼になるまで他愛のない雑談をしていた。
だが、エーデルは明確に儀式魔法について一切触れず、その禁書がどこにあるのかも話題に出さなかった。
世界の理に触れる魔法書を、再び求める者が現れるとは思いもよらなかった。
次回は、『8月2日(日)13時ごろ』の投稿となります。
引き続きよろしくお願いします。
本日もお付き合いいただきありがとうございました!
引き続き、評価・ブックマーク・感想で応援いただけると励みになります!




