◆第302話:ルゼリア、初めての謀りごと◆
静けさが漂う第一試験場。
当初は沸き立っていた学徒たちは、固唾を飲んで舞台を見ていた。
それは興味、学び、嘲り、妬み。様々な感情が渦巻いていた。
その最中で、白の少女と赤の少女が対峙していた。
一方のエーデルは必殺を構えて嗤い、一方のルゼリアは決死の覚悟をしていた。
「ごほごほ……」
「セディオスの言うことは正しいですね……世界を識れ……ですか……」
不敵に嗤うルゼリア。
それは己が運命を呪うのか、それとも強者に出会えたことの感謝なのか――
その答えは、彼女の胸中だけが知る。
「まったく……いつから私の覚悟は安くなりましたかね!!」
ルゼリアは天に吠えると、《フレア・クリスタリア》を『獄炎爪』形態へ移行させ、エーデルへ駆けていた。
それは、夜会の時、セルドリカへの切り札として使った形態であり、戦術の補助的な形態としていた。
未だに近接が苦手なルゼリアには意表を突く手である認識しかなかった。
しかし――パァンッ!とはじかれた。
「ルゼリア……わらべの死力はその程度なのじゃな?」
炎刃を纏った鉤爪を拳ではじく、エーデルはがっかりしていた。
「つまらんのおぉぉ!!」
ルゼリアの突貫をいなしながらカウンターを与える。
壊れかけの魔装にさらに一撃加える。
「がぁぁッ!!!」
腹を突かれ、肺のすべての酸素を吐き出すルゼリア。
そのまま、地に叩きつけられていた。
「ルゼリアよ……わらべが真っすぐなのはわかる。可愛いくらいに素直じゃな」
「だがな……わらべは意思を持つんじゃろ? だったら、謀れ! 欺け!」
「わらべが経験したのは戦争……勝つためじゃあ。真っすぐが通じるのは我が身が強い時じゃあ!!」
「わらべよ……いつまで愚かでいるのじゃ?」
エーデルは声を低くして言う。
恐らく、本気で怒っていた。それほどまでにルゼリアは素直な攻撃しかしていなかった。
それがたまらなく愛おしくも、哀れに感じた学長は言葉にして叱ってしまった。
それが――ルゼリアに足りないものであったからだ。
「がは! ごほ!」
「はあはあ……」
「そのような言葉を以前にも聞きましたね……」
以前戦具祭で、フローラに言われた母性溢れる声を思い出していた。
『ルゼリアちゃんは本当に真っすぐね』、それは慈愛の言葉であり、忠告のようでもあった。
その言葉の後、罠にかかり、場外負けを喫していた。
「よほど……私は……真っすぐなのですね……」
自身の性格を表すように言葉を吐くルゼリア。
「……そうじゃ。それがルゼリアという娘であり、恐らく限界点じゃな」
続けるようにエーデルは言い放つ。
それは、誰しも告げなかった鋭い言葉であった。
「わしゃの学院は誰しもを受け入れる……。じゃがな、成長が無い学徒は落ちてゆく……」
「それは意図したわけではない……」
エーデルは、これまで去っていった落第生たちの名と顔を思い出すように、厳しい表情を浮かべていた。
それが、ルゼリアに必要な言葉とわかっていたからであった。
「じゃがな……この世は強者が統べる。ルゼリアよ、わらべが生きる理由はなんじゃ? それを掴んだからこそ、わらべはここに何かを求めてきたんじゃないのかのおぉ?」
すべてを知らない白き少女は、知ったかぶって話し続ける。
だが、それはすべて的を射ていた。
それはルゼリアに自身の大切なものを想い出させるには充分であった。
「ははは……好き勝手に……私の何を知りますか??」
その言の葉と共に見やる視線はあまりにも恐ろしかった。
殺気を抑えられず、すべてを灰燼に帰すような意思すら透けて見えた。
「ですが――おっしゃる通りです」
突然漏れ出ていた殺気が消える。いや、抑えられていた。
「ならば! 受けてみるがいい!!」
ルゼリアは、吠え猛るとエーデルへ再び突進する。
だが、その背には三十の小型魔法陣が追っていた。
「スカーレット・ニードル! すべて撃て!!」
炎の矢が一斉に射出される。
狙いはすべてエーデル。重力場を超えても歪まない、真っすぐな一線だった。
「やっと……本気じゃな」
そういうとエーデルは炎の矢を高速の拳で跳ねのけていく。
すべて試験場の外壁へ逸れ、爆散していく。
「接近戦がお好みでしたね? その舞台で戦ってあげましょう!!!」
心を燃やすルゼリアは無謀にもエーデルに近接戦をけしかける。
背後から、炎矢が間断なく援護する。
「児戯か! 己が炎をもっと燃やすのじゃあぁ!!」
エーデルは突き立てられた爪を受け止め、はじく。
その瞬間――ルゼリアは嗤う。
「ブレイジング・スラスト! フレア・レイヴン!」
炎の槍と火の鳥を同時に射出。
エーデルの両手が防いだ隙をついた。
「だから――なんじゃ?」
エーデルは両足を上げ、爪を振るい落としながら、炎魔法と相対する。
回転蹴りに弾かれていった。
「このおぉぉ!!」
ルゼリアは炎刃を纏わせた鉤爪を、がむしゃらに振り抜いた。
それを回避し続けるエーデルの目には失望すら浮かんでいた。
「ルゼリア……わしゃの言葉は聞こえぬのじゃな……仕舞にするのじゃ」
エーデルは悲しげに呟くとすべてをはじき飛ばし、ルゼリアの魔装へ三撃目を放った。
バキイィィィンッ!!
主をかばい続けた魔装の結界機能が完全に沈黙する。
あまりの衝撃に口から血を吐く。
だが――
それを待っていたとばかりにルゼリアは嗤い、腹に受けたエーデルの右腕を握りしめる。
「その魔法効力は、拳だけですね? やっと……捕まえました!」
ルゼリアは一撃一撃受け続けつつも、分析を怠らなかった。
文字通り、一挙一動をその身に刻んで理解した。
「私の勝ちです!」
そう叫びながら左手を突き出し、エーデルの胸に一撃を向かわせる。
「はあ~」
エーデルは深いため息をついた。
その左手にはルゼリアの右腕が掴まれていた。
睨みながらその手を持ち上げる。
「わしゃが、いつ殴るだけと言ったかのぉ……」
終わりにする一撃を止め、ルゼリアを見やる。
だが、その赤眼の闘志は消えていなかった。
「ええ、言ってませんでしたよ?」
「そして、この形態でも魔法が放てることも、ね?」
ルゼリアは邪悪な嗤いをした。
すべては計画通り――
エーデルの頬の肉薄した爪を開き、魔法を放つ。
バァンッ!!
炎が空気に触れ、爆発音が聞こえる。
だがそれは、白き少女の頬をほんのわずかに焼いただけだった。
接触の直前、エーデルは頬の周囲に重力を歪ませ、魔法の大半を横へ逃がしていた。
「ひひひ!!!」
「わしゃに一撃を与えるものが現れたのじゃあぁぁぁ!!」
エーデルは久方の痛みをこらえ、試験場にこだまするように言い放つ。
試験時間――残り六十秒
だが、特例により合格となった。
初めて目にした光景に沸き立つ学徒たち。
その端々には、慌てる講師たちもいた。
不敵に嗤うエーデルが、ルゼリアの手を離す。
その途端、赤毛の少女は糸が切れたように崩れ落ちた。
それでも――試験は、終わっていた。
ルゼリアは見事、王立ジェンマギ学院の入学試験に合格したのである。
◇
数時間後――
ルゼリアはベッドの上に寝ていた。
シーツは皺だらけで、幾つもある枕は散乱していたが、眠るには問題が無かった。
カチャ、カチャと、枕元では硝子瓶が当たっては響いていた。
その音に目覚めるルゼリア。
「うん? ここは……ぐッ!!」
見たことのないベッドに腹の痛み――気絶していたのかと思い至った。
音のする方へ顔を向けると白髪の少女がジッとこちらを見ていた。
まるで人形を愛でるかのような顔をしていた。
「ようやく起きたのじゃあ。ほれ、これを飲むのじゃ。すぐに痛みが引くぞ」
赤い液体が入った小瓶を渡すエーデル。
ルゼリアは何とか上半身を起こし受け取る。
「……見たことない色ですが、いいでしょう……んく!」
痛みで朦朧とするルゼリアは仕方なく、未知の液体を飲み干した。
ひどく、まずかった。
「けほ! けほ!」
「なんとも言えない味です……」
口を拭い、エーデルを見る。
静かにこちらを見続けていた。
「そろそろ、言及したいのですが……何故、私は"裸"なんですかね?」
ルゼリアはシーツで胸元を抑え、ようやくとばかりに聞いていた。
一糸乱れぬ姿が布一枚に隠されていた。
「三打もわしゃの拳を受けたのじゃ、さすがに心配になってなぁ。あとは、神造生命体への興味じゃな。滅多に観察できない好機を逃すわけにはいかんじゃろう?」
「大体、裸くらい湯浴みが何度もあるんじゃ。今さら騒ぐでない」
エーデルはあけすけに話した。
そして最後にとんでもないことをさらっと言っていた。
「……?」
「私は試験合格ですよね? 何故……裸を毎日見せることに………」
ルゼリアは訳が分からないという声を出す。
その顔は少し引きつっていた。
エーデルの口角が吊り上がる。
「ルゼリア、今日からわらべを『特待従士』に任命するのじゃ! 断ることは許さんのじゃあぁ!」
「はい??」
ルゼリアは『特待従士』なるものになってしまったらしい。
それが何かもわからないルゼリアは固まるしかなかった。
次回は、『7月26日(日)13時ごろ』の投稿となります。
引き続きよろしくお願いします。
本日もお付き合いいただきありがとうございました!
引き続き、評価・ブックマーク・感想で応援いただけると励みになります!




