◆第301話:炎vs重力◆
王立ジェンマギ学院に作られた第一試験会場。
そこは今どよめきに包まれていた。
学長であるエーデルが試験規定を曲げ、戦具の使用を許可したからだ。
「学長! それはいけません」「戯れが過ぎます!」
講師たちは暴走している学長を止めるべく注意を促す。
片や――
「いいぞ!」「もっと見せて」「ルゼリア頑張れ!」
など、学徒たちの応援が響いていた。
「講師どもはうるさいのお! わしゃの学院じゃ、好きにさせるのじゃ!!!」
腕を上げて、講師に不満をぶちまける学長少女。
まさにやりたい放題であった。
「わらべ! 気にするな、戦具を出せ!!」
ルゼリアに再び命令するエーデル。
「ええ、いいでしょう」
「《フレア・クリスタリア》!」
ルゼリアが両手を左右にかざすと、それぞれから紅の魔晶が出てくる。
それはルゼリアの背後に浮遊し、命令を待っていた。
魔晶型の戦具に、学徒たちは興味津々だった。
「何あれ……」「なんで浮いてるの?」様々な声が上がっていた。
「では、試験再開です! パイロ・アクセル!」
ルゼリアは足裏に炎を灯し、圧縮した炎圧を噴かせて加速する。
「今度は一味違いますよ。スカーレット・ニードル!」
追従する焔晶は『飛晶』形態となり、十個の小型結晶に分かれる。
広域に散らばるとエーデルへ向けて一斉に炎矢を放った。
迫る炎の矢。先ほどと違い重力場に干渉しても真っすぐに進んでいた。
「ひひひ! もう修正してきたか! 適応力もバッチリじゃな!」
そう言いながら、飛んでくる十の矢を身体を翻しながら叩き落としていく。
「受けてもらいましょう! カルミナ・スピラ!」
エーデルの足元に魔法陣が展開されると同時に炎の渦が巻き起こる。
単一ではなく、範囲を取り囲んだ魔法。
さすがに一矢報いられると思っていた。
「ふん!」と鼻を鳴らす声と共に炎の渦は内側から破裂した。
エーデルは両腕を開くようにして、重力場を加速膨張させて破壊したのであった。
「ならば、これではどうですか!」
ルゼリアは右手に《フレア・クリスタリア》を呼び寄せ、『紅蓮双輪』形態にする。
「バァーーーーニング・デクリエイト!」
一点集中の収束高熱魔法。
全てを燃やし尽くす極太砲撃が放たれた。
それを正面から見た学徒の中には、思わず息を止める者すらいた。
結界がなければ、死を覚悟する一撃であった。
「ひひひ! 冷静な癖に心は極熱! 暑苦しいのおお!」
本気のルゼリアを目の当たりにして、なお子ども扱い。
「トリプル・グラビダッド!」
自身を中心に半径五メートルの重力場を広げ、重みを三倍にする。
突然の重力上昇にルゼリアは膝を付くが、腕だけは下げず砲撃を止めなかった。
だが、砲撃自体も重力の影響を受けていた。
少しだけ遅くなった魔法――本来は間に合わない射出速度だが、間に合ってしまった。
いつの間にか急接近していたエーデルは、ルゼリアの懐に入ると右腕を握り、天へ向けていた。
必殺の砲撃は、いとも簡単にいなされてしまった。
ほどなくして、重力の枷はなくなった。
「今のは危なかったわい。いい威力じゃあ、わらべ」
「さて、残り三分しかないのぉ。わしゃも本気を出すかの」
その言葉にルゼリアは背後に飛びのく。
「まだ本気ではなかったと?」
冷静な言葉の裏には、苛立ちが感じられた。
今までの交戦が、児戯にも等しいと言われたからだ。
「わらべよ……もっと、わしゃを楽しませるんじゃぞ?」
「グラヴィティ・ファイト……」
エーデルが魔法名を放った瞬間、白き魔装が上方へ揺らめいた。
そのままユラユラと浮遊しているように服がたなびく。
エーデルはルゼリアをじっと見ると、シュン――という風鳴り音と共に姿を消した。
いや――懐の内側に、すでに入り込まれていた。
エーデルは己にかかる重力を軽くし、踏み込む先へ重みを落としていた。
跳んではない。重さの方向を、逆方向へ変えただけだった。
白き少女の瞳と、赤い瞳が見つめ合う。
ルゼリアにはすべてが遅く見えていた。
そして、周りには高速の出来事だった。
ドオンッ!
エーデルの右拳はルゼリアの魔装を貫いた。
ルゼリアは防御も追いつかぬまま吹き飛ばされた。
直撃の寸前、《ヴァル・アルディア》の自動結界が赤く砕け散った。
衝撃の大半は何とかいなした。
だが、殺しきれなかった重さが、ルゼリアの身体を舞台へ叩きつける。
ドサリ、という音が会場に微かに広がった。
「わしゃが速すぎて、視えなかったかのおぉ?」
無様に倒れているルゼリアを見やるエーデル。
それを見届ける学徒たちは学長の本気の一撃に何も言葉にできなかった。
「残り二分だったのじゃが……惜しいのおぉ……」
会場の時計の針を恨めしそうに見るエーデルは少しがっかりしていた。
久々の有望株――それを戯れに摘んでしまったのかという自嘲でもあった。
「ごはぁ! がはあ!!」
大きく咳をしながら赤毛の少女は立ち上がる。
「はあはあ……《ヴァル・アルディア》には本当に感謝ですね。何度救われているのやら……」
壊れかけた魔装を撫でるルゼリアは、内心ティセラにも感謝していた。
エーデルの重い一撃を受けて、なお立ち上がる少女を見て学徒たちは息をのむ。
最早、先の結末を見届けるしかなかった。
「……おおぉぉぉーー。立ち上がるんじゃな、試験はまだ続行じゃな!」
ルゼリアの気骨のある姿を見て、歓喜するエーデルはとてもいい笑顔であった。
まだまだ楽しみは続くという顔をしていた。




