◆第297話:魔術都市イグナメルとジェンマギ学院◆
ルゼリアはいつも通り、城壁の外れに転移扉を開いた。
目撃者がいないことを確かめ、静かに街道へ出る。
ほどなくして、魔術都市イグナメルの門が見えてきた。
「通行料です。学院に入学するために訪れました」
ルゼリアは、いつもの偽造した身分書を見せ、銀貨を三枚提出する。
手慣れた対応であった。
「ほう、学院に行くのか。しっかり励めよ!」
年老いた門番は笑いながら送りだしてくれた。
「ふふ、良い方でよかったです」
難なく入場できたことに顔ほころばせると、目の前には、大小さまざまな塔が林立する光景が広がっていた。
「これも初めての光景ですね……高さも太さも、外壁の色もまばらです……」
塔だらけの街を見渡すルゼリア。
さらに、通りの一角には本屋がずらりと軒を連ねていた。
吸い寄せられるように立ち寄ったルゼリアは、目移りしながら背表紙を追っていく。
「これは知らない本ですね……なるほど、文学系ですか……こちらは魔法書。なかなか混沌としてますね」
ルゼリアは顔をほころばせながら、数冊の本を購入していた。
「こちらは、魔導術具ですか……何やら、いい匂いも……」
本を購入したことで高揚の熱が少し落ち着くと、ルゼリアはようやく周囲へ目を向けた。
広場に目をやれば、露店では加工された魔晶が無数に陳列されており、それを買い付ける術具士の姿がちらほらと見られる。
何種もの学院服を着た学徒たちが、方々を歩いていた。
有名店の菓子を頬張る者。細い管のついた杯から、淡く光る飲み物を吸いながら歩く者。
腕いっぱいに魔法書を抱え、友人らしき相手と魔法式の話で盛り上がる者。
そして――ふと思い当たる。
ここはもう魔術都市イグナメルなのだと。
初めての街並み、初めての文化。
そのすべてを、今は自分ひとりで見ているのだと、改めて思い知る。
「いつもなら、ライナが騒いで……ティセラが術具の屋台へ駆ける。私はそれに付き合うように続き、背後ではエクリナとセディオスが微笑んで見守る……」
「それが、"いつもの日常"」
「ですが……今は独りきりですか……」
本来の目的地である学院を目指し、歩くルゼリアは少しだけ物思いに更けていた。
「ふふ。いつから私はこんなに寂しがりになったんでしょうね……」
「さて、目的の学院――ジェンマギ学院はと……」
自嘲し、学区へ進むルゼリア。
目的の学院を見つけられず、奥へ奥へと進んでいた。
「まったく見当たりませんね……イーサリさんの紹介ですが、そんなに小さな学院なんでしょうか?」
「ここが最後ですか……とても広大な学院のようですが――」
街路の果てにそびえる学院までたどり着いたルゼリアは、見物がてら周辺を見やる。
柵越しでも見える建物は貴族の館よりも大きく、むしろ城に見えた。
白を基調とし、場所ごとに華やかさが違った。
「なんという学院なんでしょうか? 良い学院のようですね」
制服姿の学徒が次々と門をくぐっていくのが見えた。
念のため、名を確認しに行くと――
『王立ジェンマギ学院――人属最高の学院』
という看板が、大きく掲げられていた。
「……」
「今度イーサリさんに謝りましょうかね」
ルゼリアは内心でイーサリに謝ると、学院の門を学徒たちと共に潜り抜けた。
すると――
講師のひとりに呼び止められた。
「何用ですかな? ここは最高峰の学院――王立ジェンマギ学院ですぞ」
ルゼリアの全身を見て、少し嘲るように言う。
身なりは旅の者。とても相応しい学徒ではないと値踏みされていた。
ルゼリアの指先が、紹介状の端をわずかに押さえた。
炎を放つより先に、まずは礼を尽くす。
エクリナなら、そうするはずだった。
「紹介状ですかな? これは……印章?」
渡された封筒の右端には霊機自治区アークの印章が押されていた。
しかし、それを見抜けるものは少ない。
「ふん。何ですかこれは? 見たことない家紋ですね……貴族ではないのはわかりましたぞ」
「立ち去りなさい。ここはキミにふさわしい場所ではありませんぞ」
更に馬鹿にするように言い放つ講師。
そのやり取りを学徒たちは横目に見ながら学院へ入っていく。
「イーサリさんの紹介です。ここの学長の妹とお聞きしています、取り次いでもらえないですか?」
こんなところであきらめるわけにはいかないルゼリアは、冷ややかにお願いをする。
「イーサリ? 学長の妹? ふん、そんなものがいるわけないが……」
「まあいいでしょう、ここで待っていなさい。もし謀りならば、容赦はしませんぞ。逃げるなら今のうちですぞ」
言伝を受け取った、偉そうな講師は学院に入っていく。
「ふう。何とか行ってくれましたか……どうなることやら……」
ルゼリアはため息をつき、空を見上げた。
しばらくすると――
ドッドーーーーーン!!
と、塔の最上階の部屋から轟音が鳴り響く。
建物は揺れ、地を揺らすほどであった。
講義室の窓がパリンパリンと一斉に割れ、硝子の雨が降ってきた。
学徒たちから叫びが上がり、それが連鎖していく。
まさに阿鼻叫喚だった。
外にいた他の講師たちが風魔法や水魔法で硝子の破片をいなしていく。
それでも間に合わない状態で――炎が天に上った。
「クリムゾン・ハウリング」
両手を天にかざし、回転する複数の炎刃を撃ち放つ。
炎刃は硝子だけをなぞるように走り、熱を外へ逃がさない。
学徒の髪一本すら焦がさず、降り注ぐ破片だけを赤く消していく。
次々と硝子片を蒸発させ、学徒や講師の頭上を護りきるルゼリアであった。
「何とかなりましたか……しかし、凄い衝撃だったようですね」
ルゼリアは塔の頂を見ていた。
何か黒い点が塔から落ちてくる。
僅かに警戒していると、それは黒ではなく白であった。
勢いを殺さずに、そのまま落下していく。
そして――
地面と接触する瞬間に白色の落下が止まる。
そのままタンッ! と、靴音を鳴らし床に足を付けた。
「わらべが、ルゼリアじゃな?」
白い姿の少女は炎の少女を見やり、名を呼ぶ。
それは、ルゼリアの新たな出会いの始まりであった。




