◆幕間:家族裁判、開廷◆
『星楔樹エトワコル』での探索術具の回収が完了し、駐屯町は大盛り上がりだった。
付近の大型の獣を数体討伐し、そのまま解体、そして丸焼きにするという豪快な様式。
蒸し焼きにされた獣肉を塩や香辛料、つけタレで味変化をさせながら頬張る様式は、エクリナらには初めての経験であり、新たな魅力となっていた。
夕方から始めた宴会は既に夜へと変わっていた。
エクリナは、手持ちの酒を飲み干すと――覚悟を決めた。
隣にいたセディオスの手を取り、ティセラ・ルゼリア・ライナに目配せをする。
にぎやかな宴会場から、魔王一家が姿を消した。
次にそろったのは、その一夜の宿となった空き家であった。
寝室が二つ、中央に食卓が備えてある簡易的な家。
――その食卓に五人はいた。
セディオスは訳も分からず床に正座し、斜め隣にはルゼリアとライナが同じく正座していた。
その戸惑う主の正面には専属メイドこと、エクリナが苛立った様子で椅子に座っており、その隣にはティセラがグラスを傾けながら、全体を見渡していた。
「集まったな……これより、家族裁判を開廷する!!」
ほろ酔いのエクリナが、この場の何たるかを手を挙げて宣言する。
その発言に最も驚いていたのは、目の前のセディオスであった。
「……エ、エクリナ……俺は何かしたのか? エクリナが怒る様な何かを……」
知らぬ間に断罪人となったセディオスは、まず罪状の確認を求めた。
「……んく、んく――」
エクリナは、琥珀色の酒が入ったグラスを一気飲みした。
エクリナの目が少し細くなったように感じた。
「んん? ああ……セディオスよ、うぬにぃ~聞きたいことがぁ~あ~る」
呂律が若干怪しいエクリナは、確かめるようにセディオスに語り掛ける。
「?? どうした、エクリナ?」
セディオスはこの場を収めるためにも真剣に聞く。
「うぬはぁ~、我を愛しておるか? もちろん我はぁ~、とこしえにセディオスを愛しておるぞぉ~~」
ほろ酔いに任せつつ、本音を言い放つエクリナ。
「どうした急に……もちろんだ。俺もエクリナのことを愛している」
少し戸惑うセディオスであったが、素直に返答する。
「そうか~~、そうでなくてはぁ~ならぬなぁ~?」
何かを確かめるかのように、不安を押し込めるように言の葉を放つ。
軽く千鳥足のエクリナは椅子から降り距離を詰め、セディオスの首に腕を回した。
本来なら、家族の前でこんなことはしない――だが今だけは違った。
口元が重なる。眼は閉じない。
身体が、ほんのわずかに震えていた。
セディオスの斜め隣で、ルゼリアの息が止まり、ライナの喉が鳴った。
ティセラはジッと見つめるが、その光景を止める者は誰もいない。
唇に温度だけが残り、表情は動かぬまま――ゆっくりと離れた。
「セディオスよ……うぬはぁ~我のものだぁ」
酔ってはいたが、心の内を告げる。
二週間ぶりの再会ということもあり、寂しさと疑念を埋める行為でもあった。
「……」
セディオスは意味を測れず、ただエクリナを見返した。
「さぁ~~て、聞くが……うぬは……その……」
「リゼルとぉ~~何かあったのかぁ~?」
少し間延びししながら核心に迫る発言をする。
ルゼリアとライナを信頼しているが、念のために確認するエクリナであった。
「!?」
エクリナから放たれる言葉に驚くセディオス。
一瞬だけ、ルゼリアとライナを見ると、二人は目を反らした。
「…………」
「な、何もないぞ……」
セディオスは本当に何もなかったのに、どもってしまった。
エクリナは不愉快そうに告げる――
「……シャドウ・グラトニー、フェイズ・チェイン」
動揺した愛する者を見て、闇と空間の拘束魔法を同時にかける。
「!?」
影が脚に絡み、空間の鎖が手首を封じた。セディオスはその場で拘束される。
先ほどの和やかな雰囲気は一切なく、エクリナはセディオスを見下ろす形となっていた。
動けなくなった主を見つめ、グリンッと顔だけを動かして炎雷の姉妹を見やる。
「ルゼリアぁ~、ライナぁ~。我のまえぇ~にぃ来い!」
エクリナは二人の名を呼ぶ。その声、酔いどれでありつつ、実に冷ややかであった。
家族となった日から命令口調など、よっぽどのことがない限りは一切発しなかった王が、はっきりと二人に告げていた。
事情を説明しろと――
その声色、その口調にルゼリアとライナは悟った。
「断罪」されるかもしれないと――
素早く動く忠臣。
「はッ! 最優の側近、獄炎のルゼリアは御身の前におります! ご用命をお聞かせ願います!」
「はい! 一番の側近、迅雷のライナはここに居ます! 王さま、如何なされましたか!」
ルゼリアとライナは見事な連携を見せる。
エクリナの前に移動するや否や、片膝をつき、右手は胸に当てていた。
その姿は見事な服従であった。
「うぬらはぁ~~、遺跡でのぉ~、セディオスとリゼルの行為をぉ~知っておるなぁ?」
ティセラが空のグラスへ酒を注ぎ、それを受け取ったエクリナがさらにあおる。
酔いどれながらも、透き通るような瞳は一切笑っていなかった。
(それか! 何故知っている……でも、ルゼリアとライナなら!)
セディオスは内心焦ったが、酒乱の席と翌日の介抱で、その話には決着がついていると安心していた。
(頼むぞ、エクリナへの誤解を解いてくれ!)
期待した眼差しで姉妹を見つめる。
当のエクリナは、陽気にふるまう様子で殺気を抑えつつ、何とか表情を取り繕っていた。
その刹那、はっきりと炎雷の姉妹は理解した――これまでにないほど怒りを表していると。
魔王は、今までにないほどの怒気を必死に押し殺していた。
賢明で、忠実、愛すべき王に対して、姉妹が放つ言葉は当然決まっていた。
「報告いたします! 主セディオスは遺跡都市でリゼルと行動を共にしておりました」
「王さま、知っていることを話します! セディオスと一緒にいたリゼルは仲がよさそうで、笑顔が絶えていませんでした」
ルゼリアとライナはあっさりとセディオスを裏切った。
「あ゛あ”っ?」
エクリナから、これまで一度も漏れたことのない声が落ちた。
まるで、これまでの酔いが覚めたかのように本気の一言が漏れる。
その一音だけで、空気の温度が変わる。
とんでもないものを聞かされた――そう理解するより早く、胸の奥で怒りが燃え上がった。
(何ーーーーー!!)
セディオスは驚愕した。
「ーーーーーーーーー!!!」と、声なき叫びで、必死に影の口輪を噛んで、間違いであると訴えていた。
その姿を見たルゼリアとライナは床を見つめるしかなかった。
(セディオス、申し訳ありません。王を裏切るわけには……)
(ごめんねセディオス。多分、僕のせいでこうなっちゃった……)
内心で謝る二人であった。
姉妹は知っている情報を断片的に報告した。
実際、二人がセディオスとリゼルが共に行動している姿を見たのはわずかな時間であった。
だからこそ、冷静に聞けば情報が少なすぎるのは一目瞭然であった。
だが――
魔王エクリナは酔いも手伝い、全く冷静ではなかった。
愛しの主、そばにいると誓った剣士、初めて好きになった男。
その存在が、自身以外に懸想の疑いを抱いたことが許せなかったのであった。
「セディオス……」
主の名を呼び、頬を撫でる。
「リゼルと何をしていたかを話せ」
エクリナは一縷の願いを込め、セディオスに聞く。
忠実な〈シャドウ・グラトニー〉は魔王の声を察し、影の腕はセディオスの口元だけ解放する。
「……やつとは協力関係を結んだ、それは遺跡を脱出するためだ」
「その判断は違っていなかった。外にいるドロモスと戦って生き残ったのが証明だ」
セディオスはエクリナの感情を逆なでしないように、冷静に静かに真実を語る。
「……そうか」
エクリナはその言葉にわずかに口元が和らぐ。
ただの誤解であったと、ルゼリアとライナの発言で勘違いしていただけであったと思い直す。
だが、気になってしまった。
気づかなくてもよい些細なこと、それでも聞きたくなってしまった。
愛しの君が本当に潔白であることを知るために。
「セディオス……最後の質問だ」
エクリナは大丈夫だろうと思っていた。
セディオスが不埒なことをするとは、一切思っていなかったからだ。
拘束され、身動きをとれないセディオスは、告げられる言葉を待っていた。
「リゼルの肌に触れてはおらんだろうな? よもや、同衾などないよな?」
自身に刺さった小さい棘を取りたいがために、聞かなくてもいいことをエクリナは聞いてしまった。
とてもにこやかで、ただ確かめるような声であった。
継続して膝まづくルゼリアとライナも、すぐに解放されると思っていた。
しかし――
「…………」
エクリナの質問に黙るセディオス。
「??」
エクリナは首を傾げる、そして再度告げる。
「セディオスよ、聞こえなかったようだな……リゼルとの間には何も不埒なことはないよな?」
念を押し、聞きたいことを具体的に言う。
「…………」
「俺のせいではないぞ? そこはわかってくれ」
セディオスは考え抜いた末に、前置きを置いて語り始める。
「「「???」」」
既に嫌な予感がしている、エクリナ・ルゼリア・ライナは続く弁解を待つ。
「遺跡探索三日目――それは寒い夜だった。いつもは、いつもは、だ! 俺とリゼルは離れて眠っていた」
「リゼルは警戒心が強くてな、一定距離を保って寝ることで同意していた。それは俺も同じだ、敵であり、しかも男に手を出すことは絶対にない!」
「あ、もちろん女でも絶対に手を出さないぞ? それはわかってくれ!!」
セディオスはいつも以上に饒舌に話す。
言わなくてもいいことを話し、誤解を受けそうなことを並べているのだが、必死すぎて気づいていなかった。
それでも内容的に幻滅するものではないため、平静を保つ三人であった。
「それがな……」
セディオスは言いかけて言葉を詰まらせる。
「……」
訝しげるエクリナは冷ややかに、言葉を促す。
「セディオスよ」
「……言え」
殺気が再度出始めた魔王に、床を見つめ続けるしかないルゼリアとライナ。
その様子を傍観するティセラ。
自白するかのようにセディオスは少しづつ話を始める。
「……はい」
「その夜は……」
「リゼルがいつの間にか隣で寝ていた。俺の外套を握り、身を寄せていた。焚き火が沈下していたことで寒くなったんだろう……と思った」
セディオスは観念したように放った。
その内容はリゼルからの動きであり、エクリナとしては許したくはないが、仕方ないともいえる行動だった。
(ふむ、セディオスは優しいからな。敵にすら、すがられるか……)
エクリナは愛しい剣士の慈愛の結果、リゼルが懐いたと判断した。
(まあ、仕方ないか――)
と思った瞬間。
「その姿がいたたまれなくてな……」
「つい、その……自分の外套の中に入れて暖を与えてしまった……」
グシャン!と音が鳴った。
エクリナは怒りをあらわにし、手に持つグラスを砕いていた。
その音に反応し、反射的に頭を上げてしまう姉妹。
ルゼリアとライナは同時に悟った――これは、詰んだ、と!
「セディオスよ……うぬは優しいな」
優しく言う声、だが顔には微笑みすらなかった。
「ははは……」
ふらふらと立ち上がり、天井を見上げるエクリナ。
ほのかな涙が頬を伝っていた。
「エクリナ! それ以上は何もないんだ! 絶対だ!!」
エクリナを泣かせたセディオスは慌てる。
懸命に自身の潔白を強調していた。
「…もうよい……ティセラ……我はどうしたらいい??」
酔っぱらって情緒不安定のエクリナは、飲んだくれている親友に声を掛ける。
コトリ――と、ティセラは空になったグラスを卓に置く。
妖艶な笑みをエクリナに見せ、セディオスを一瞥するとゴミを見るかのような表情へと変わる。
ティセラは、エクリナを生涯そばに居ると誓っている。
エクリナの幸せこそ、自身のすべて。出会った当初から歪んだ愛が占めていた。
その娘が出す答えは簡単だった。
「うん、死刑♪♪」
飛びっきりの笑顔で、ティセラはセディオスへ嗤い掛けた。
それは、とてもとても冷たい笑顔であった。
それを見たルゼリアとライナは身震いした。これほどまでに怖いティセラは初めてであると想い刻んだ。
「そうだな! しけ――。……ティセラ? それは―――」
ティセラがまさか"死刑"を宣言すると思わず、言葉をなぞっていたエクリナは、顔を引きつらせ裁判官へ顔を向けた。
エクリナと目が合うティセラは首を傾げ、「何か?」という表情をした。
「―――」
その顔に一瞬、エクリナは声を飲んでしまう。
「あのぉ~~。セディオスは我の愛する者でな? さすがに死刑は……」
断罪側が罪人側に寝返った瞬間だった。
「え? 何で、ですか?」
ティセラはエクリナの言葉に異議を返す。
「セディオスは、あろうことか浮気し! エクリナを泣かせましたよ!」
「エクリナを泣かせる者は、誰であろうが死刑♪ わたしはそう決めてます♪」
さも、当然のように言う親友。
家族裁判が開廷する前から、既に判決は出ているという様子であった。
「その……情状酌量は……」
あまりのティセラの威圧? に臆した酔いどれエクリナはたどたどしく弁護を図った。
「?? わたしとしてはあり得ないですが――エクリナが許すのなら、それに従いますよ?」
ティセラは仕方ないとばかりに新たな提案をする。
だが――
「でもですね。この一件は理解してますが、納得はしません。このままでは、わたしの気が全く収まりません」
「そうぉ~ですねぇ~。エクリナ、全力でセディオスの腹を殴ってください。あ、魔力は込めなくていいですよ♪」
「それとぉ~、今日は一緒に寝てくださいね♪」
セディオスへのお仕置きと自身への要求を甘えるように一気に告げるティセラは、愉快そうに嗤っていた。
「ぐぬぬ……仕方あるまい……」
この場を終わらせるには選択肢はひとつ。
エクリナはセディオスの前に立つ。
「すまんな。セディオス」
「だが――我の怒りも収まったわけではない!!」
思い出したかのように憤怒を握りしめるエクリナ。
セディオスは覚悟を決めた。
「天誅――!」
エクリナは腰を落とし、握ったこぶしを目の前の腹めがけて打ち込む!
魔力は乗せず、自身の力のみで一撃を放っていた。
本気であったならば、間違いなく腹を貫いていたであろう。手加減はセディオスだけのせいではないという慈悲であった。
(ごめんね、セディオス。余計なことを言ったせいで……でもリゼルと一緒に寝たのは初めて聞いた! 殴られて当然だよ!)
ライナは無意識にエクリナに情報を流してしまったことをさらに謝りつつ、知らない情報も聞いてエクリナの味方になっていた。
(すみません、セディオス。エクリナに聞かれてしまいました……ですが、致し方ないとはいえ慈悲を与えて同衾とは! 弁解の余地はないです!)
ルゼリアは隠しきれなかった情報漏洩に再度謝罪しつつ、セディオスの優しさに怒りを覚えていた。
「ぐッ――――! かはぁ!」
ごほごほと、せき込みながらもエクリナの一撃を耐え抜いたセディオスであった。
魔装は凹み、パラパラと銀の破片が零れ落ちていた。
「ふん! これくらいにしてやろう……」
怒りと照れと寂しさが入り混じった、いびつな笑みであった。
それは魔王の威厳よりも、恋する少女の不器用さに近かった。
「エクリナ! じゃあ、寝ましょうね♪」
「ルゼリアとライナも来ていいですよ。ただし、特等席はわたしのものですからね!」
ティセラはエクリナの腕にしがみつくと寝室へと引っ張っていった。
ルゼリアとライナは少しだけ、倒れるセディオスを見やった後――寝室に入った。
その後は賑やかな姉妹のやり取りが続いた。
エクリナとの添い寝位置を巡って、さっそく争いを始めていた。
既に拘束を解かれていたセディオスは、静かに空き家の外に出る。
扉の前にはリンデやジャパープルが何かを悟ったように肩を叩き、続く宴会へ誘った。
巨獣との戦いを繰り広げた一日が賑やかにふけていった。




