◆第286話:触手の檻と空色の救援◆
空中からの高高度飛び蹴りを受け、ドラコタスの巨体は地に伏していた。
だが、その背から伸びる触手群だけはなおも蠢き、《ヴォトカスト》を囲んでいる。
魔晶の森の異常は、まだ終わっていなかった。
「エクリナ……どういうことだと思う? なんでこのヘビみたいなのまだ動くんだ?」
操縦桿を握るコルネの手は汗ばんでいた。
勝利を確認した一撃、それでもまだ危機は去っていなかったからだ。
「しつこいやつだな……こ奴らは捕食器官だけではないということか……」
「動かぬ巨獣を見るに、寄生体か?」
ぐったりとしたドラコタスを一瞥しつつ、エクリナは半ば願うようにそう告げた。
「拘束できる?」
「やるしかないな」
コルネの依頼を引き受けるエクリナ。
エクリナは《ノクタルシア》を構え、触手群へ空間魔法を重ねた。
「プレッシャー・ケイジ! フェイズ・チェイン!」
空間圧が速度を奪い、半数ほどの首に鎖が食い込む。
間髪入れず、コルネが《ヴォトカスト》の左腕を地へ叩きつけた。
「プロモ・ロック・パイル!」
円周上に噴き上がった土杭が、拘束された触手をまとめて貫いた。
「よし、畳みかける――」
エクリナが指示を出そうとしたとき、魔法を回避していた触手が、拘束されている触手を助け始めた。
鎖を喰らい、〈プレッシャー・ケイジ〉の囲いを砕いていく。
バキン、ボキンと破壊音が響く。
自由な触手が増えていく中――
「プロモ・セキーラ!」
「ディメンション・スライス! ナハト・シンフォニア!」
コルネは拳よりも大きくなった石礫を浴びせかけ、エクリナは二種の刃で切り裂き続ける。
少しでも倒すためにあがいていた。
目の無い顔を向ける触手たちは大口を開けた。
そして――口内を広く輝かせていく。
魔力を収束させ、すべての首は収束砲を吐いた。
「はあ!?」
「飛ぶぞ!」
エクリナは冥八天翼を操作し、《ヴォトカスト》に回避行動をとらせる。
翼は翻るように動き、それに合わせてコルネが機体を操縦していた。
あらゆる角度から収束砲が撃たれ、上へ下へと避け続け、最後は急上昇するしかなかった。
空の高みを目指すエクリナ――
しかし、隙を突かれ翼が一枚撃ち抜かれてしまった。
ガクン!、と赤い騎士型ゴーレムは姿勢を大きく崩す。
その瞬間、操縦席の縁からエクリナの身体が投げ出された。
「しまった! エクリナ!!」
コルネは歯噛みするも、自身では飛翔制御ができない。
エクリナの操作を失った冥八天翼は態勢を立て直し、浮遊だけしていた。
「どうする! 翼を――間に合わな――」
地上にはごちそうを待つ触手が、口を開けて待っていた。
それは、撃ち落とした小鳥を心待ちにしているかのようであった。
遠ざかっていくコルネを見つめながら、エクリナは死を覚悟した。
エクリナは胸中に思う。
ガンゴの工房で別れた家族たち。
戦具祭、夜会、夢の世界、そして幾度も囲んだ食卓。
ティセラ、ルゼリア、ライナと戦域を駆けた日々。
孤高だったはずの生は、いつしか帰りたい場所で満ちていた。
次々と過去の想い出が蘇る。
そして――最後に浮かぶのは、セディオスだった。
「もう一度……会いたかったな……」
エクリナは落下しながらつぶやく。
魔王でも、死は訪れる。それは世界の理であり、抗えない。
そして、触手の顎がエクリナへ届こうとした。
だが、その瞬間――轟音と悲鳴が空を裂いた。
ゴオオォォォォ――――――!と、空色の飛翔体が轟く。
「もう、いやーーー!」「キャーーー!」「ぐぅ、突っ込め!!!」と、悲鳴まじりの声が響いた。
上空を裂いてきた《ガルダ》は、そのまま落下線へ割り込むように急降下した。
「ーーーーーーーーーー!」
嘴を開け、触手たちへ声なき音波を浴びせる。
触手たちはたまらず身を引き、ドラコタスの背へ退いた。
《ガルダ》は速度を一切緩めることなく、落ちるエクリナを追い、ついに追いつく。
セディオスは手を伸ばし、エクリナを抱き寄せていた。
そのまま地を削るように滑り、《ガルダ》は強引に着地した。
転がるように降りるルゼリアとライナ。
手綱を切り離し、そのままエクリナを抱いてセディオスは降り立った。
「《ガルダ》! 時間を稼いでくれ!!」
「クエエェェーー!!」
剣士の声に応えるように甲高く鳴くと、ドラコタスへ飛んで行った。
ちょうど、宿主が起き上がる瞬間でもあった。
「セ、セディオス……」
たくましい腕に抱かれる銀髪の少女は、その胸に抱き付いていた。
潤んだ碧眼でセディオスを見つめ、頬を撫でていた。
「ただいま、エクリナ」
剣士は微笑み、魔王は少しだけ涙した。
死すら覚悟したエクリナの目の前に現れた援軍。
家族の姿を見て、安堵するエクリナであった。
背後では、完全に目を覚ましたドラコタスを相手に、《ガルダ》が囮となって飛び回っていた。
再会の安堵に浸る暇は、まだない。




