◆幕間:初めての大空、翳る想い◆
セディオス・ルゼリア・ライナは、大空を駆けていた。
《ガルダ》の背に渡された手綱を取り付け、三人は翼の付け根に身を寄せていた。
暴風壁がなければ、呼吸すらままならぬ速度である。
大鷲型ゴーレム《ガルダ》の背に乗り、人属最高速度で亜人属領の果て――幻環山ミラネリオンへ向かっていた。
「ティセラの目は少し怖かったな……まあ、エクリナの危機だからな、理解はできる」
「ただ……初めて無茶を言われた気がするな」
その言葉は、三年以上を共にしてきて、初めて向けられた旧知の信頼のようにも思えた。
セディオスは荒風に晒されながらも感慨深くなっていた。
その中で――呻くものが二人いた。
「セディオス……」
剣士の左腕にしがみつく蒼髪の少女が名を呼んだ。
「? どうした?」
名を呼ばれ、セディオスは振り向いた。
蒼の少女が震えながら見つめていた。
「僕たちさ……この旅で色んなものに乗ったよね……」
突然、思い出話を始めるライナは何とも言えない表情をしていた。
「フォルネアを出るときは自動馬車に乗ってひどい目にあってさ……魔導船は潮風が気持ち良かったな~……列車もすごかったよね、かっこよくて、静かで……オオトカゲ車も好きだよ? あののんびり感も、たまにはいいよね~」
まるで悟りを開いたかのような顔で、ライナはこれまで乗ってきた乗り物を一つずつ振り返っていた。
セディオスは、初めて見るライナの異様なほどおとなしい姿に戸惑いすら覚えていた。
「この旅楽しかったな~~、本当に楽しかったよ……」
「こんなことになるまではさ~~」
楽しそうな思い出語りが、いきなり声を落とす。
横を見れば、雲を切り裂く現実がそこにはある。
自然と涙が流れていた。
「これはダメ……これはダメだよ、ティセラ~~~」
心中を吐露するライナ。
その眼には、恐怖と絶望がありありと浮かんでいた。
「……もう二度と乗らない……こんな、寒い乗り物、二度と乗る! もん! かぁ!!」
耐えられなくなったライナは天を仰ぎ、絶叫した。
特に、冷たくて寒い環境を嫌うライナには、今の状況が耐えられなかった。
「……」
セディオスは苦悶するライナに同情した。
『人が乗るものではない』という自分の感想は、まさに正しかったのだろう。
それでもティセラの焦りも、ライナがエクリナを救いたくて耐えていることも、痛いほど分かっていた。
場の空気を変えたいセディオスは、ルゼリアに声を掛けた。
「ははは、ライナが珍しく弱音を――」
笑いながらルゼリアに声を向けていると、ガタガタと震える紅の少女が右腕にしがみついていた。
そこにも、いつもの少女の姿はなかった。
「え? あ?」
「ど、どうしましたか?……」
その顔は青ざめていた。
焦点が定まらぬ目で、声を掛けてきたセディオスを見やる。
「……」
「限界か?」
動揺がひどいルゼリアを見て気遣うセディオスは、思ったことを告げた。
何故か非常にいたたまれない気持ちになっていた。
「……」
「限界? ハハハ……確かに、限界なのかもしれませんね……」
少し言葉の抑揚がおかしいルゼリア。
セディオスに向ける目の焦点が全く合わずに揺れ動いていた。
「あの~~ですね……人型は飛べません!!」
唐突に叫んだ。
ライナ同様に天を仰ぎ、絶叫していた。
「空を飛べるのは翼のあるもの! 今の私たちは飛んでいるのではなく、乗っているだけです!!」
「《ガルダ》がひっくり返れば私たちは落ちます! それだけの存在なのです!!」
明らかに"空"という、未知の領域にあてられているルゼリアであった。
その眼は、未知の高さに囚われた獣。あるいはもっと簡単に、正気を削られていた。
「お前ら……一旦寝ろ……その方がいい……」
セディオスは静かに告げると、二人を眠りへ誘う魔法をそっと重ねた。
かつて、一騎打ちで二人を眠らせた魔法。今はただ、恐怖を遠ざけるためだけに使った。
その直後――穏やかな顔で眠る炎雷の姉妹。
「まあ、気持ちはわかるけどな……」
セディオスは眠る姉妹を見てため息をつく。
暴風を遮る防壁の内側で、セディオスは小さく息を吐いた。
風鳴りが絶え間なく耳を打つ中、それでも彼は前だけを見据えていた。
次回は、『6月25日(木)13時ごろ』の投稿となります。
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