◆第282話:影を率いる王と喰魔の巨獣◆
パンッ、パンッ。シャッ、シャッ。
魔導銃と矢が魔獣を穿つ。だが、骸が積み上がっても群れは尽きない。
その奥では、ついに巨獣までがこちらへ歩み寄ってきていた。
「ならば……我の本気を見せてやろう!」
《ノクタルシア》が再び輝く。
魔力が高まり、さらに魔獣が襲い掛かる。
高位魔法発動までは、ひと時で十分。
コルネたちはその時間を稼ぐ、生き抜くために。
「ハデス・ドッペル!」
エクリナの背後から影人形が一体出現する。
影写しのごとく、全く同じ姿。
極大魔法すら唱えられる写し身であった。
「うぬの顕現は正直疲れる……一体が限界だな」
「だが……」
「「ダークネス・フラクトル」」
影人形も重ねるように同じ魔法を唱える。
二人の足元の影が四つずつに分かれ、天へと延びる。
写し身がさらに八体増加した。
しかし、中級魔法までしか使えない意思なき影人形であった。
「今はこれが精一杯か……」
今のエクリナが出せる最大の手数。
これだけでも、国ひとつくらいは落とせる脅威であった。
「ふむ……指示を出すには少しわかりにくいか……」
エクリナは〈ハデス・ドッペル〉で顕現させた影人形を見やる。
人形は指示を待ち、ジッとしていた。
「うぬに名をやる。これよりお前を……『サクネ』と呼ぶ」
廃研究所で見た暴走以来、エクリナは影人形の制御性を高める必要を感じていた。
名を与えること――それが、彼女なりの制約であり支配だった。
「……」
名を付けられた影人形――サクネは何も語らない。
代わりに膝を折り、傅く。
それは、名を与えられたことへの礼のようにも見えた。
「ふ。理解したようだな……サクネ、行くぞ!」
エクリナが声を掛けると巨獣へ疾駆した。
それを見たサクネは追従する。
「他の影は皆を護れ!」
サクネを除く、八体の意思なき影人形は、魔獣の討伐に加わっていた。
「心底思うよ……エクリナが味方でよかったね……」
巨獣へ向かうエクリナとサクネを見て、安堵するコルネだった。
そしてそれは、周囲の面々も頷く。
皆、同感であった。
「アブソリュート・レンド!」
「ノワール・ブレイクアーク」
エクリナの猛りとサクネの抑揚のない声で二つの高位魔法が放たれる。
空間を多重に切り裂く幾重の断裂と漆黒の爆撃柱がドラコタスに襲い掛かる。
「ギャオオオォォォーーーン」
それに対峙するように吠え猛る巨獣。
だが――バシュッ!、ザシュッ! ドドオーーン!!
全ての魔法が巨体に命中する。身体を伏せ、背の岩に亀裂が入る。
「鈍重な動きではただの的だな!」
エクリナは直撃を見て、言い放つ。
噴煙が巻き起こり、ガラガラと何かが砕けて落ちる。
背中の巨大岩が壊れたようであった。
「サクネ! さらに重ねるぞ!」
追撃とばかりにエクリナは畳みかける。
「我が王命に従いし夜よ――」
「空間よ、応えよ……我が闇は――」
二人が同時に放とうとするのは極大魔法。
詠唱を重ね、魔力を高めていく。
件の巨獣は動かなくなっていた――高位魔法の影響で動けなくなっていた。
「一つ残らず、焼き尽くしてみせよう……! ディア・エクリプス・サンクションッ!!」
「ここに下すは、魔王の消滅令ッ…… アニヒレイト・ゼロ・ディメンション」
そして、二つの極大魔法の詠唱は、恐ろしいほど淀みなく完了した。
天には黒き月を模した巨大な闇球が現れ、地にはすべてを引き付ける魔法陣が開く。
加えて、巨獣を取り囲む空間が高密度に圧縮され、砕き、つぶされていく。
対軍の魔法がドラコタスを倒すために発動する。
轟音が鳴り響き、すべてを終わらせようとする二撃が放たれた。
極大魔法を受けてなお残る存在など、これまで神造生命体しかいなかった。
だが――
その“不可能”に、いま新たな名が加わった。
大地を割り、森が消滅しようとも、巨体は残っていた。
しかも四足で佇んでいた。
巻きあがった粉塵の向こうに見えたのは――
背中の超巨大魔晶と、十を超えるヘビのような触手だった。
「ギャ、ギャオオ~~ン!」
ドラコタスは、どこか満足げに喉を鳴らした。
口からはゲップすら出していた。
「どういうことだ……」
エクリナは理解できなかった。
最大出力の魔法を放って、それでも立っている生物を見て驚愕していた。
それは、必死に戦うコルネたちも、工房で見守るティセラたちも同じだった。
「背中のは……体内から突き出た魔晶だったのか……」
驚きながらも状況を整理していくイーサリ。
「そして……ゲップ?」
続けるようにティセラが言う。
「ま、まさか……喰らったのですか……? エクリナの……王の極大魔法を……」
ルゼリアは思っている最悪の結論を口に出した。
イーサリとティセラはその言の葉に反応し、ルゼリアを見る。
ライナとセディオスも驚き、振り向くしかなかった。
工房にいる皆は何も言えなかった。
それはその憶測が合っているという肯定でもあった。
映像に映るドラコタスはドシン、ドシンとエクリナとサクネに向かって歩き出していた。
それは、新たな“ごちそう”へ歩み寄る、捕食者そのものだった。




