◆第2話:洗濯日和と買い物◆
「ふふふ~ん……♪ 我が手で洗えば、汚れも不浄もたちまち消え去る……っと、よし」
朝日が差し込む庭先。 白い洗濯物が風に揺れ、エクリナは優雅な手つきで一枚一枚を干していた。
「ふむ、シーツは直射を避けて影干し……セディオスのシャツは風通しの良いところに……」
物干し竿に布をかける動きすら、まるで舞踏のような美しさ。
「……おや?」
遠く空を見上げた瞬間、魔力の乱れが空気を揺らす。 光の彼方から、何かが急接近してくる気配――
「……まったく、洗濯物を穢すなど許しがたいぞ」
「……影よ、静かに裂け。我が意を裂帛のごとく駆け抜けよ」
詠唱の終わりに、指先で小さく“パチン”と音を立てる。
影が一瞬閃光となって空へ飛び、侵入者の進路を断つ。
光と闇の刃が空中で交錯し、微かな火花が舞う―― しかし洗濯物はひとつも乱れず、風すら静か。
数秒後、侵入者は跡形もなく消え、ただの風が通り過ぎていった。
「ふふん、セディオスの洗濯物を守るがゆえに……この我、手加減などするものか」
エクリナは軽く息をつくと、再び物干し竿に手を伸ばし――
そして何事もなかったかのように、さっきの鼻歌を口ずさみながら、洗濯ばさみを手に取る姿は、どこまでも優雅で――誰よりも恐ろしく、美しかった。
セディオスの部屋からは、窓越しにその様子がよく見えていた。
午後はセディオスと郊外にある街の商店街に赴いた。 ひときわ優美な雰囲気を放つメイド姿の少女が歩いていた。
「セディオス、こちらに新しい紅茶が入ったと聞いているぞ。ふふん、我が選びぬいた品で、またうぬを唸らせてやろう」
彼女――エクリナは、セディオスの傍らで軽やかに歩いていた。
日傘を差し、ショッピングバッグを持つその姿は、まさに「買い物を楽しむご主人とメイド」そのもの。
だが、その瞳は常に周囲を捉えていた。
「……あの香水屋。少し、香りが混じりすぎているな……」
何気ない一言の裏に、鋭敏な警戒が潜む。
そして、その時だった。
――ひとつの気配。
通りの向こうに、微かな揺らぎ。
「……」
エクリナは一歩だけセディオスの前に出る。 そして、何気ない動作でショッピングバッグを地面に置いた。その仕草こそが、詠唱を解き放つ静かな引き金だった。
「我が手に収まる静寂よ。声なき怒りと共に――沈め」
その詠唱と共に、襲撃者の足元に影が瞬時に広がり、黒く蠢く。 気配は霧散するように消えた。
周囲に異変を感じる者はなく、ただ香水の甘い匂いが漂うだけ。
「……済んだ。セディオス、先ほどの紅茶店はこの角を曲がってすぐだ」
彼女は何事もなかったかのようにバッグを拾い、微笑む。
だが――
セディオスはその微笑の裏に潜む“何か”を、確かに感じていた。
――午後の陽射しに、静かな闇が一瞬だけ揺らいだ。