◆第2話:洗濯日和と買い物◆
朝日が残る庭先。
朝食の片づけを終えたエクリナは、洗濯を行う。
通常の家では洗濯は桶と板を使うのが通例だが、エクリナらが住む館は全く違った。
エクリナは庭近くの小屋の樽へ、洗濯物を放り込む。
石鹸粉を入れ、赤い石を押す。
すると――
バシャ、バシャと水音を鳴らし、樽が回転し始めていた。
樽は回転する角度を幾たび変えていき、汚れを落とすのに最適な挙動を見せる。
「便利なものだな、ティセラの発想にはいつも驚かせられる」
エクリナは、水音を立てて洗われている服を眺め呟く。
この便利な道具、自動洗濯の『魔導術具』はティセラが製作したものであった。
エクリナとティセラは親友で、かつては戦場を共に駆け抜けた仲間でもあった。
戦場では武装を作り、今は暮らしを作る――相変わらず器用で可愛らしい末妹に近い存在。
「今があるのは皆のおかげだな」
物思いに耽っていると、ピーピーと洗濯術具から音が鳴る。
いつの間にか脱水まで完了し、その役目を終えていた。
「さて、洗濯の続きだ」
脱水された衣服をかごに入れ、庭へ向かう。
陽が暖かい。洗濯日和の陽気に気分が乗る。
「ふふふ~ん……♪ 我が手で干せばシワなどな~い、いつも家族は見栄え良し~♪……っと、よし」
エクリナは、良くわからない即興の歌を口ずさみながら服のシワを伸ばす。
白い洗濯物が風に揺れ、エクリナは優雅な手つきで一枚一枚を干していた。
「ふむ、シーツは直射を避けて影干し……セディオスの肌着は風通しの良いところに……」
物干し竿に布をかける動きすら、まるで舞踏のような美しさだ。
シワもヨレも許さない、熟練の一手。
「……ふむ?」
遠く空を見上げた瞬間、魔力の乱れが空気を揺らす。
彼方から、何かが急接近してくる気配。
眩い光弾の尾が、青空の端をかすめ、こちらへ向かっていた。
「この館の元主は恨みも買っていたらしいな……」
機嫌よく洗濯物を干していたエクリナは、迫る凶撃に嘆息する。
「……まったく、洗濯物を穢すなど許しがたいぞ」
向かってくる光弾へ意識を向け、わずかに魔力を集中する。
「……切り裂け」
魔法名ですらないただの独り言。
それと同時に、指先で小さく“パチン”と音を立てる。
二つの影が刃となって空へ飛び、飛来していた魔力の源へ向かう。
一つは、光と空中で交錯し、ボンと鳴る。微かな火花が舞った姿は、まるで花火のようであった。
二つ目の刃は放物線を描き、光弾を放った魔導士の元へ向かう。
森の中で小さくドンと響き、獣たちが騒がしくなった。
庭を狙う追撃は来なくなった。
風が吹き、静寂を訪れる。
洗濯物に焦げ跡、なし。――よし。
「ふん、セディオスの洗濯物を護るがゆえに……この我、手加減などするものか」
エクリナは軽く息をつくと、再び洗濯物を掴み、物干し竿に手を伸ばす。
そして何事もなかったかのように、さきほどの歌を口ずさみながら洗濯ばさみを手に取る。
その姿は、どこまでも優雅で――
誰よりも恐ろしく、美しかった。
その“いつも通り”を、館の上から見下ろしている者がいた。
セディオスの部屋からは、窓越しにその様子がよく見えていた。
「今日も平和だな」
変わらず優雅なエクリナが洗濯物を干す姿を眺めていた。
午後——
エクリナはセディオスとともに近くの街の商店街へと向かった。
石畳の通りを、ひときわ優美な雰囲気を放つメイド姿の少女が歩いていく。
「セディオス、こちらに新しい紅茶が入ったと聞いているぞ。ふふん、我が選びぬいた品で、またうぬを唸らせてやろう」
エクリナは、セディオスの傍らで軽やかに歩いていた。
日傘を差し、肩掛け鞄を持つその姿は、まさに「買い物を楽しむご主人とメイド」そのもの。
だが、その瞳は常に周囲を捉えていた。
「……あの飾り、少し気になるな……」
露店に視線を向けるエクリナ。
だが、何気ない一言の裏に、鋭敏な警戒が潜む。
(ゴロツキか……日に二度の襲撃とは面倒な……)
横の狭い通りの奥で、セディオスとエクリナを値踏みするような視線に気づく。
三人潜んでおり、こちらを見ながら何やら相談していた。
刃物を取り出して確かめ、胸元へ戻す者もいた。
そして、ゴロツキは標的と定め、ゆっくりとエクリナらに近づこうとする。
「……」
(人が多い場所は面倒だな……)
露店に近づくふりをして、エクリナは一歩だけセディオスの前に出る。
そして、何気ない動作で肩掛け鞄を地面に置いた。
その仕草こそが、魔法を解き放つ静かな引き金だった。
人の視線に触れぬ角度で、影だけを滑らせる。――誰も認識させない。
〈シャドウグラトニー〉が静かに放たれる。
襲撃者の足元に奈落へ続く顎が瞬時に広がり、無数の腕が黒く蠢く。
ゴロツキどもの口を押さえ、動きを拘束、そして飲み込む。
襲撃者の気配は消えた。誰も気づかないまま霧散していた。
ただ雑踏だけが絶え間なく商店街を包んでいた。
「……済んだぞ、セディオス。先ほどの紅茶店はこの角を曲がってすぐだ」
エクリナは横目で鞄を拾い上げ、さっきまでの殺気を掻き消すように、いつもの調子で微笑んだ。
セディオスも気づいてはいた。
あきらかな敵意、気配が横道にはあったが、今は感じない。
エクリナの微笑みがすべてを物語っていた。
(……相変わらずだな)
と、いつものメイドを見て、主はそう思うのだった。
二人は少しだけ平和になった商店街を進み紅茶を買いに向かう。




