◆第274話:目を覚ます、大鷲と獅子◆
霊機自治区アークの大型開発工房。
亜人属と人属の合同術具士部隊が慌ただしく作業を進めていた。
工房中央には《ガルダ》と《ドロモス》が並び、足元の大型魔法陣と周囲の魔力充填機関が青白く脈動していた。
「《ドロモス》の起動準備だ! 魔力充填機関最大展開!」
先ほどまで泣いていたイーサリは既に平静を取り戻していた。
作業の指揮を執る姿勢は、先ほどまでの母の顔ではなく、研究者のそれに戻っていた。
「大鷲に獅子ですか……二体のゴーレムが並ぶと壮観ですね……」
ルゼリアは横並びの巨獣たちを眺めながら感心する。
「はやく動くとこみたいな~」
ライナは心待ちとばかりに声を漏らしていた。
「まずは《ガルダ》からだな。ガンゴ坊、作業はすべて完了だな?」
イーサリは陣頭指揮を執っていたガンゴに確認を行う。
「魔力濃縮導管はすべて交換済だ、理論上はイケるだろうよ。それとな……皆の前で"坊"呼びはなんとならんのか? 恥ずかしくてかなわん……」
ガンゴは進捗を報告しつつ、自身の呼ばれ方に苦言を呈していた。
その図体と年齢に合わない"坊"呼びを聞いて、周囲は笑いをこらえるしかなかった。
「すまないな。小生から見れば皆子供だからな、努力はしよう」
イーサリも笑いながら答える。
そして、イーサリは深呼吸する。
それは失敗するかもしれない覚悟と、成功して欲しいという願いを込めたものであった。
緊張が工房内を満たしていく――そして。
「では、大鷲型ゴーレム《ガルダ》起動だ!」
ついに号令を出す。
壁のレバーがガコンと下げられ《ガルダ》の下の魔法陣が一層に輝き、やがて沈黙していく。
起動の魔法式を送信され、《ガルダ》内部から、カコ、カコンと音が鳴り始める。
大鷲の双眸に魔法陣が巡り始める。
その瞬間――稼働診断が始まった。
折りたたんだ翼を広げる――翼部稼働、異常無し。
背部の噴出口が開く――推力部稼働、異常無し。
尾翼が展張する――姿勢制御部稼働、異常無し。
背部の二門の大砲が開口——主砲、異常無し。
嘴が開き、砲身が覗く——副砲、異常無し。
シャキィィン!――ガコガコガコ!――バッバッバッ!——ジャキーン!――ガパッ!
各部が動くたびに音が響き、工房内の隅々にまで聞こえていく。
そして――ようやく完了すると。
一段と双眸が輝く。
「クェェェーーーーーーーーーーーーッ!!!」
と勇ましく声を発した。
「《ドロモス》と全く同じだな!」
《ガルダ》の動き、咆哮を聞いて、感想を言うセディオスであった。
地下に眠っていた獅子を思い出すかのような挙動は、まさに兄弟のようであった。
「ははは! 《ドロモス》の目覚めを見たのだったな。《ガルダ》は先に生まれたゴーレム……兄のようなものだ、挙動も似せているのだよ」
久しぶりに見る《ガルダ》の元気な目覚めに満足しているイーサリであった。
《ガルダ》はさらに「クエ、クエェェェーー!!」と嬉しそうに鳴いていた。
「おおお! かっこいい~~!!」
「この診断挙動素晴らしいです!!」
ライナは嬉々として叫び、ティセラは琴線に触れたらしくうっとりとしていた。
「幾つもの魔法式が組み込まれているようですね!」
かたやルゼリアは双眸を巡っていた魔法陣や装甲に細かく刻まれた文様に注目していた。
「今度は戦いたくないな……こんなの二体も相手にできないぞ……」
起動した大鷲ゴーレムを見て、遺跡での戦いを思い出すセディオスであった。
「むしろ、《ドロモス》を相手にして、五体満足でここにいる坊は異常と思うがね?」
《ガルダ》に手を振る術具士たちとそれに楽しげに答える《ガルダ》を横目に見ながら、言うイーサリ。
「命からがらだったよ……特に最後の砲撃は、一緒にリゼルがいなければどうなっていたことか……」
セディオスは宿敵の名を出しながら、必殺の一撃をいなしたことを話した。
「なんと、あの収束砲撃を受けて無事なのか! 今度威力を上げるか……」
イーサリはそれを聞き、改良点とばかりにブツブツと何か言い始めた。
「そういえばなんだが……このゴーレムはどうやって敵味方を区別しているんだ?」
セディオスは抱えていた疑問をイーサリに投げかけた。
思い返せば《ドロモス》はリゼルにしか興味がなく、一心不乱に襲っているように見えたからであった。
「……ん? あ、そうだな。この子たちは神の子……神造生命体の魔力波長に反応するようにしている」
「あ、もちろん、坊の家族は除外する設定を入れてあるから安心してくれ」
イーサリは説明しつつ、安全であると言っていた。
その言葉を証明するように、大鷲ゴーレムの前にティセラたちが並んでいても襲うことはなかった。
「そんな単純にできるのか?」
「ははは、簡単ではないが、嬢たちの波長には共通する部分が多い。魔哭神の因子を受け継いでいるだけはあるな」
「もちろん、個人の違いもあるから、そこを分析して登録すれば《ガルダ》たちの敵にはならない」
イーサリは学校の先生のようにわかりやすく説明した。
「さて、《ドロモス》の方も起動くらいはできるだろう。早く起こしてやらねばな」
イーサリは獅子の顔を見やると起動の指示を出した。
はやく《ドロモス》を起動させたいイーサリは、肝心なことを忘れていた。
ついさっきまでセディオスに説明していたことを――
「《ドロモス》も起動だ、準備しろ!」
イーサリの号令に浮足立っていた術具士の面々が引き締まる。
獅子型ゴーレムの外観確認を行う者、魔力充填量をみる者、最終確認が進んでいた。
その傍らでは《ガルダ》が眠っている獅子をジッと見ていた。
「《ガルダ》、もうすぐだぞ、もうすぐお前の弟が目を覚ますぞ……」
イーサリは一瞬で母の顔になり、家族の集合を楽しみにしていた。
そして、ガンゴから合図が出る。
"見た目"は問題ないという合図であった。
イーサリは再び深呼吸する。
ここからは起動しないと、どうなるかわからないからだ。
「よし……《ドロモス》起動だ!」
ついに号令を放った。
壁のレバーが下がり、魔法陣が眩く――そして、沈黙する。
ガコンと獅子から異音が鳴った。
キュイ――ンと内部から反響音が聞こえると、双眸に乱れた魔法陣が一瞬だけ巡る。
《ドロモス》はゆっくりと起き上がり、四肢を伸ばす。
そして、武装の起動確認が始まる――カシャン!——ガガコンッ!——ジャキーン!——ガゴッ!——チャキッ!
最後に「ガオオオォォォーーーーン!!!」と咆哮した。
ここまでは《ガルダ》の起動と同じだった。
しかし、ひとつ違うことがあった。
双眸に巡るはずの魔法陣が、ない。
黒い眼だけが、焦点を持たぬまま揺れ、時折自身の顔をぬぐう仕草をする。
「?? どうした?」
イーサリは初めての挙動に驚いていた。
「もしや……目が見えていないのでは?」
それに答えるのはルゼリアであった。
「双眸に魔法陣なし、ネコのように顔をぬぐう仕草……間違いないかと」
イーサリを見て、自分なりの結論を告げていた。
「まずいな……総員、強制て―――」
イーサリが異常を認め、停止号令を出そうとした。
その時、獅子がこちらを見ようとするかのように振り向いた。
正確には、ルゼリア・ライナ・ティセラが立っている方向に顔を向けていた。
その威圧する動きにイーサリは止まってしまう。
続く声を出せず、周りも動けず、頭の中が真っ白になったかのようであった。
それほどまでに脅威を感じてしまった。
「グル、グルルゥゥゥ!」と《ドロモス》が唸り始める。
巨砲を向け、腹から多列魔導銃を出す。
それはまさに威嚇だった。
「……どうやら敵認定されたようですね」
ルゼリアは異空間より《焔晶フレア・クリスタリア》を召還する。
少しだけ、悲し気な顔をしていた。
「待ってよ、リア姉!」
ライナは姉分の所作を見て、《魔斧グランヴォルテクス》を構えつつ制止を促す。
戦いたくないと訴えていた。
「ライナ、構えてください……」
ティセラも既に《浮遊式聖印装置ソリッド・エデン》四基を浮遊させ、結界を展開していた。
工房内にいる人々を守護するのに必死の顔をしていた。
「はあ~~、またかよ……」
セディオスは《魔剣アルヴェルク=グランドエッジ》と《魔導充式剣ディスフィルス》を既に抜き、構えていた。
再びまみえる獅子に向けて警戒を強める。
術具士たちは立ちすくみ、搬送台と魔力充填機関の陰で息を呑んでいた。
「クエェェェーー……」
獅子の側面に立つ《ガルダ》は自身に刻まれた指令にゴーレムとの敵対がないため迷っていた。
困惑気な声だけが、力なく出ていた。
獅子型ゴーレム《ドロモス》は低く唸りながら、じり、じりとにじり寄っていく。
グウゥゥゥッ!と唸り、踏み込む態勢をとっていた。
呆然とするイーサリは身動きが取れなかった。
獅子の暴走が、再び始まろうとしていた。




