◆第273話:アークに響く再会の涙◆
翌日、昼過ぎ――
《魔導列車カンテサンス》はアークに向けて疾走していた。
夜通し走り続け、間もなくアークへ到着しようとしていた。
客車の一室では、暇を持て余した三人が手持ち無沙汰に座っていた。
ルゼリアとライナは手元に『シュス』を置き、セディオスの手には『コフ』があった。
共に亜人属領独特の飲み物であり、気に入っていた。
「このシュス、昨日と違う味だぁ~」
「入っている果物が違うのでしょうね、柑橘類多めという感じです」
一口ごとに違う果実味が広がる『シュス』に、ルゼリアとライナは感想を言い合う。
「セディオスはそれをずっと飲んでいるよね」
ライナは香りが強い『コフ』を指さし、聞いていた。
「こっちには紅茶が無くてな、口に合うものがこれだったんだ。飲んでみるか?」
セディオスは『コフ』の入ったカップを差し出す。
「いいの? じゃあ、一口……」
ふーふーと吹きながら、一口啜るライナ。
「……」
「にっがぁ~い! んぐんぐ!」
あまりの苦さに『コフ』を卓に置き、『シュス』で口直ししていた。
「もう、ライナは……私も一口……ズズーー」
興味があったルゼリアは、置かれた『コフ』を持ち、一口飲む。
「これは……いい香りですね。紅茶の葉とは違った香ばしくも酸味のある感じ……」
「これもまた、甘いものに合いそうですね」
ルゼリアはライナと違い、『コフ』の味を理解していた。
「え~、リア姉は苦手じゃないの?」
自分だけ飲めていないことに少しだけ不安を覚えていた。
「ライナは甘いものが大好きですからね、このままでは合わないと思います。もう少し苦味が薄い、もしくは少し甘くできれば飲めるかもしれませんね」
ルゼリアは微笑みながら、『コフ』の入ったカップをセディオスに返していた。
「豆で売っているらしいからな、土産に買ってエクリナに料理してもらおう」
セディオスは笑いながら、ライナをなだめていた。
「王さまだったら、おいしくしてくれそう!」
ライナは少しだけ機嫌を直した。
すると――
「マモナク アークエキニ トウチャクシマス。ゲシャノゴジュンビヲ オネガイシマス。クリカエシ―――」
客車の天井から案内の声が流れていた。
「やっと到着か」
「長かったね~」
「もう少しの辛抱ですね」
セディオス・ライナ・ルゼリアは、ようやくたどり着く目的の駅名に安堵の声を出していた。
技術都市フォルネアを発ってから、遺跡都市エル・クラウゼ、水都ヴェルミオラ、海門港ペラギアと渡り歩いてきたのだ。
移動疲れも当然であった。
魔導列車が減速を始める。
キキィィーーーーと甲高い音が鳴り、駅に到着する。
個室を出て、列車の扉から外に出ると、工事中のアーク駅であった。
木造りで曲線を描く屋根はあちこちで傷ついており、それを支える逞しい石柱の数本には亀裂が走り交換の最中であった。
研究者や観光客が集まる要の駅であるが、一週間前から急ピッチで工事を進めていたのであった。
「老朽化ですかね? 少し煤けているところもありますね」
ルゼリアはアーク駅構内を見渡していた。
「なんだろうね?」
ライナも周りを見つつ適当に返した。
まさか、自分たちの王が暴れたとは思わない姉妹であった。
「お疲れ様です。魔導列車は如何でしたかな?」
潮刃隊のナギロが隊を引き連れて横合いから合流していた。
「ああ、快適だったよ。魔導列車というのはいいものだな」
セディオスは素直な品評を返した。
「これから貨物を移すゆえ、少々お待ちいただきたい」
ナギロは段取りを伝える。
「それと――セディオス殿らの到着時刻を知らせておるゆえ、そろそろ……」
続きを言いかけた刻――
聞き慣れた足音が、構内の喧騒をまっすぐ裂いてくる。
「セディオス! ルゼリア! ライナ!」
金髪の少女が手を振りながら走っていた。
「ティセラ!」
「ティセラだ!」
ルゼリアとライナは顔がほころび、ティセラの元へ向かって走り出した。
ほどなくして、三人は抱き合い、再会を懐かしんだ。
「なんだか、何年も会えていない感覚です」
ティセラはルゼリアとライナの間に挟まれながら、まるで何年も離れていたようだと言った。
「元気そうでよかったです……」
「会いたかったようぅ~~」
ルゼリアとライナもティセラを同時に抱きしめ、そのぬくもりを改めて感じていた。
気が済むまで抱擁を終えると――
セディオスが声を掛けた。
「ティセラ、久しぶりだな」
別れたときと同じくティセラの肩に手を置き、再会できたことを実感していた。
「ええ、セディオスも五体満足で帰ってきましたね」
体中を見て無事を確かめると、ティセラはセディオスに笑いかけた。
「ナギロさんもお疲れ様です。ご案内助かりました」
ティセラはセディオスらの後ろに控えていたナギロに声を掛けた。
「なんの、これしきのこと。無事に家族と貨物を届けられてよかった」
荷下ろしが進む大きな木箱を横目で見ながら答えるナギロ。
「大きいですね……」
ドンッ!、ゴン!と鳴らしながら、オオトカゲ車が引く金属製の荷車に移っていく貨物を見ていた。
「貨物を下ろしたら、潮刃隊は撤退となる。この魔導列車を元に戻さねばならんのでな」
特別編成の車両を指さし、ナギロは別れの時が近いと告げていた。
「わかりました。本当にありがとうございました」
家族を無事に届けてもらって改めて礼を言うティセラだった。
「そういえば、エクリナはいないのか?」
セディオスはいつまで経っても現れない銀髪の少女について聞いた。
「エクリナは護衛任務の続きで『ミラネリオン』へ向かっています。多分、今日現地に着くと思いますね」
ティセラは簡潔に話した。
既に出立してから二日経過しており、予定通りならば今頃到着している算段であった。
「ええ~、王さまいないの~~」
ティセラの言葉にがっかりするライナ。
「そうですか、再会はもう少し先ですね……」
ルゼリアはうな垂れて、声に力がなかった。
「まだ依頼の最中ですからね、仕方ないですね」
ティセラは落胆している姉妹の頭をなでて慰めていた。
一時間後――
機密貨物の搬送準備が完了した。
潮刃隊とナギロに別れを告げた家族の面々は、オオトカゲ車に乗り、大型開発工房へ向かった。
「馬じゃなくてトカゲなんだね、少し可愛いかも」
ノシノシと力強く進むオオトカゲを見て感想を漏らすライナ。
「人を丸呑みするくらい大きいですね……」
大きい体躯のトカゲを見て、少し怖いことを言うルゼリア。
「力が強くて、魔力に鈍感なので神領に近いこの地域では重宝されていると聞きましたね」
「それと主食は果物だそうです」
ティセラは驚く姉妹にオオトカゲについて説明していた。
十匹のオオトカゲは動力補助付きの巨大荷車を引き、霊機自治区アークの中央道を進んでいた。
周りではアーク警備隊が交通整理をしており、厳重さが伺えた。
「色んな種がいるんだな」
オオトカゲ車の上から周囲を見て、海門港とは違った雰囲気と人々に感心していた。
「地域によって特徴があるようですね。みんないい人たちですよ」
滞在して一週間ほどだが、既になじんでいるティセラであった。
中央道を左に曲がるオオトカゲ車。
工房の集まる区画に侵入していた。
「ここは景色が違いますね」
「フォルネアみたいに、術具ばっかりだ」
新たな区画の特徴を言い当てる姉妹であった。
「工房や商業など、区画を分けていると聞きましたね。この先が目的地ですよ」
リンデが自慢していた街づくりの話を思い出してティセラは説明していた。
そして、ようやく大型開発工房にたどり着く。
既に大きな扉は開いており、そのまま中に入る。
そこには亜人属の術具士が大勢待っていた。
その先頭には、黄緑色の長髪で耳の長い研究者イーサリが立っていた。
《ドロモス》の生みの親とも言うべき存在が、今まさに箱の前に立っていた。
オオトカゲ車はゆっくりと停止する。
工房内のざわめきは、不思議と大きくならなかった。
誰もが、箱の中身を“物”としてではなく、帰ってきた“誰か”として待っていた。
その中でも、イーサリだけは瞬きすら忘れたように木箱を見つめていた。
荷車が完全に止まったのを確認すると、イーサリは背後の術具士たちに指示を出した。
「貨物到着だ、すぐに開梱せよ!」
その号令に即時反応する屈強な術具士。
巨大な木箱に向けて、バールやノコで立ち向かっていた。
けたたましい音が鳴り響く中で――
「アークへようこそ、エクリナ嬢のご家族方。エル・クラウゼからの長い護衛の任、ご苦労だった」
イーサリは微笑み、セディオスらにねぎらいの声を掛けていた。
「こちらこそ、エクリナとティセラ……と、ガンゴのおやっさんが世話になっているみたいだな」
イーサリの背後にガンゴがいるのを見て、セディオスも微笑んで返した。
「ティセラと同格で言ってくれるとは、嬉しい限りだな」
ガンゴはイーサリの隣に立つと腕組み、皮肉で返した。
そうしているうちに――
ドンッ! ドスンッ! と音を立てて木箱の側面が開いていく。
中から見えたのは、白を基調にした獅子型ゴーレムであった。
それが見えた瞬間、イーサリの研究者としての理性は吹き飛んだ。
イーサリは誰にも見せたことのない慈愛の顔となり、駆け出していた。
破壊された木箱を足場にして荷車に跳び乗り、息を切らして獅子の顔まで近づいていた。
その姿を見守る皆は何事かと思い、静かにしていた。
イーサリは獅子の鼻先をなで、突然抱きしめた。
そして――
すすり泣く声が工房内に広がっていった。
「ドロモス……ドロモスよ……また会えるとは思わなかった……」
獅子型ゴーレムの本来の名を呼び、再会を噛みしめた。
遺跡都市が襲撃された際、イーサリは命からがら脱出した。
そのとき《ドロモス》を置いてきたことだけが、百年の間、ずっと胸に刺さったままだった。
『人造魔核』を用いた新たな鼓動――心血を注いで生み出したその獅子は、学者イーサリにとって兵器ではなく、子に等しい存在だった。
「あの時、逃がしてやれなくてすまなかった! 一人きりにして本当にすまなかった!!」
イーサリの慟哭が工房内に響き渡る。
母が見捨てた子に懺悔するような悲痛な声であった。
そして――
「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁ~~~」
イーサリは《ドロモス》に謝罪をすると、言葉をなくし年甲斐もなく大泣きを始める。
百年の刻を経てようやく、再会した生みの親と子であった。
その母子の再会の場面で、涙する男が一人いた。
「これが、ゴルド爺さんが人生掛けて作った術具か……すげぇもんじゃねえか……」
ガンゴは声を震わせ、祖父であるゴルドの最後の仕事を目の当たりにして涙を流していた。
ゴルドが残した遺産というべき獅子型ゴーレムを見つめ、静かに泣いていた。
「ドロモス、良かったね……」
「やっと孤独ではなくなりましたね……」
ルゼリアとライナは《ドロモス》を抱きしめて泣きじゃくるイーサリを見て、孤高の獅子に声を掛けていた。
二人の目からも涙がこぼれていた。
かつてエクリナの側近となった日の、自分たちの孤独がほどけた瞬間を思い出していた。
セディオスらの依頼はようやく果たされた。
初めは遺跡から研究資料を回収する依頼だった。
それがいつしか、母子の再会を届ける旅になっていた。
工房内は、涙する者、困惑する者と様々であったが、皆慈しみの目でイーサリたちを見つめていた。
長い旅路の果てに届けたものは、ただの貨物ではなかった。
次回は、『6月11日(木)13時ごろ』の投稿となります。
引き続きよろしくお願いします。
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