◆第272話:ドロモス、出立準備中◆
海門港ペラギアに到着して五時間が経過。
積み替えと編成調整だけで半日近くを食うとは、セディオスも想像していなかった。
なんだかんだで、《魔導列車カンテサンス》の貨物台にドロモスの入った木箱が乗せられていた。
往路用の運転車両が前後に着き、全十五両の客車は最低限の三両にとどまり、後は食堂車くらいであった。
それほどまでに《ドロモス》は重く、魔導列車の調整は難しいものであった。
客車を減らした分だけ、列車全体がひとつの巨大な荷役術具と化していた。
それは旅客を運ぶ姿というより、《ドロモス》を通すためだけに組み替えられた特別編成であった。
「大変そうだったな……」
セディオスは駅の構内に待機しており、魔導列車の調整やドロモスの積み込みまでをすべて見守っていた。
駅について一時間くらいは、魔導列車の美麗な様相に興味津々なルゼリアとライナだったのだが、中々準備が整わない状態に飽きてしまい、二人とも街中へ探索に行っていた。
◇
遡って四時間前――
「これをつけといてくれ」
セディオスは耳飾り型の魔導術具《意伝耳環アストラルリンク》を姉妹に差し出していた。
戦闘中に着けることはあったが、今回は久々の登場であった。
「あ、ティセラが造った通信術具だね!」
「なるほど……準備が整ったらセディオスが連絡すると?」
「ああ、そうだ。街を探索したいんだろ? 俺はここに居るから行ってくるといい」
ルゼリアの反応に同意し、説明する。
「いいね! 何かお土産買ってくるね!」
ライナは快活に笑いながら宣言していた。
「置いていかないでくださいね」
ルゼリアは笑いながら釘を刺していた。
「土産は珍しい酒がいいな、ちゃんと連絡するから安心してくれ」
セディオスはライナとルゼリアの問いに答えた。
炎雷の姉妹はセディオスの提案を快く受けて、駅から出ていた。
その後、回収班のレコの元に向かうセディオス。
「もう、仕事は終わりだな」
「へい、ここまで来たら大丈夫っす。この度は護衛ありがとうっす、幾度か魔獣の襲撃がありましたが問題なく来れたっす」
レコはセディオスに礼を言っていた。
二週間の移動となればそれなりに襲撃に会う。セディオスらはそれを難なく迎撃していた。
護衛という仕事をこなしたからこそ、レコは敬意をしっかりと払っていた。
「依頼だからな、大丈夫だ。もう、フォルネアに帰るんだな?」
些末なことと言いつつ、レコたちの今後を確認する。
「はいっす。領主様に後金を頂くので戻るっす。この後の護衛もよろしくお願いするっす」
レコは技術都市に戻ると伝え、ドロモスのことを託した。
「もちろんだ。また、どこかで会えるといいな」
セディオスはそういうとレコと握手をし、そのまま別れた。
泥と砂塵にまみれた道中を共に越えた相手だけに、その手の感触は妙に名残惜しかった。
束の間とはいえ、旅の同志と離れるのは少しだけ寂しさが出ていた。
構内で一人きりになったセディオスは長椅子に腰かけていた。
先ほどまであった賑やかな声が消えるだけで、駅は妙に広く感じられた。
行き交う作業員の足音も、自分とは別の世界の音のようであった。
◇
そして現在――
セディオスが駅の端にある長椅子に座っていると軍服を着た海人、ナギロが歩んでくる。
「あと一時間あれば出立可能だ。ご家族に連絡をお願いする」
ナギロには姉妹との通信手段があることを伝えていたため、推定の待ち時間を連絡に来ていた。
「ようやくだな。ここの警備兵は輸送の指示も飛ばすんだな」
ナギロの働きぶりに感心しているセディオスは、つい言葉に出してしまった。
潮刃隊隊長のナギロ、本職は警護なのだが管理者たるタラッサの命を受け、関係各所と連携を取り、出立の段取りの陣頭指揮を執っていた。
「今回は機密貨物ゆえ、どうしても任せきりにはできず、口を出している。あまり言いすぎると軋轢が生まれるゆえ、調整が難しいのだがな」
ナギロは管理職特有の悩みを言いつつ、仕方ないという言う言い草であった。
「おかげで無事に出立できる、助かるよ」
幾度とナギロと会話を交わしたセディオスは気を許していた。
「恩人のご家族……しかも伴侶であるとお見受けいたす。そうとなれば力が入るのも当然だ」
ナギロはつい、思っていることを口にしてしまった。
エクリナの夫がセディオスと勘違いをしていたのであった。
「伴侶か……すまないな、エクリナとは結婚しそびれたんだ……」
セディオスは端的に夫ではないと否定した。
「な、それは失礼した! 不快にさせてしまった!」
ナギロは頭を下げ、謝罪をした。
「大丈夫だ、問題ない。二人で決めたことだ……エクリナも悩んだみたいでな……」
「時間が必要なんだろう、いつかは結婚したいものだな」
セディオスは寂しさと願いを込めて言葉に出す。
それは諦めではなく、ただ静かに持ち続けている願いであった。
エクリナの考えを尊重し、今の関係に至っていると説明していた。
「むむ、そういう関係もあるのだな……良いと思うぞ。亜人属でも恋人のままで一生を遂げるものも多い。納得できる関係が一番だ……」
亜人属領の事情を言いつつ、セディオスの言葉を理解するナギロであった。
その後、別の用事があると去っていった。
「さて、二人に連絡するか」
セディオスは淡い緑色の耳飾りに指をあて、僅かに魔力を込める。
小さくキイィィ――ンと鳴ると、通信の準備ができた。
「ルゼリア、ライナ聞こえるか?」
二人に声が届くかを、セディオスは確かめた。
返事はすぐには来なかった。
代わりに、向こう側で何かを慌てて飲み込むような妙な音が響いた。
「むぐぅッ!」
何か喉を詰まらせる音が聞こえてくる。
トントンと何かを叩いている音がさらに聞こえてきた。
さらにクスクスと笑う声が続いた。
そして――
「セディオス、そちらは如何ですか?」
凛とした声が聞こえてきた。
「その声はルゼリアだな。喉に詰まらせたのはライナか」
セディオスも笑いながら会話を始める。
「ごくん! はあはあ……」
「急に声が聞こえるんだもん、驚いたよ……」
喉の詰まりがなくなったライナは少しぼやいた。
「すまんな、二人ともあと一時間で出立だ。そろそろ戻ってくれ」
姉妹に駅へ戻るように言う、
「ええ、わかりました」
ルゼリアは返事をすると、ライナに袖を引かれていた。
「ねえ、帰り道にあの店に寄ろうよ~」
「締めに甘いものですね、行きましょう!」
通信の背後では人の賑わいと食器の触れ合う音が小さく混ざっていた。
どうやら二人は、しっかりと港町を満喫しているらしかった。
「セディオス、後で会いましょう」
「またね、セディオス!」
二人は残り時間いっぱい楽しむために手短に通信を切った。
「もう四時間経つんだが、まだ食べるんだな……」
食欲旺盛な姉妹に驚くセディオスだった。
通信を終え、傍らに置いていた黒い液体のカップに口をつける。
「少し苦いが、目は覚めるな。香りもいい……」
『カフ』と呼ばれる豆を焙煎・粉状にして湯で濾したものを啜っていた。
「こっちには紅茶が無いとはな……異国に来たという実感が出てくるよ」
セディオスは魔導列車を見つめ、誰にも掛けていない声で呟いていた。
エクリナが淹れる茶とはまるで違う。
だが、この苦味すらも今は旅の一部なのだと、セディオスは静かに飲み下した。
一人ぼっちで椅子に腰かけ、セディオスはルゼリアとライナを待つ。
その傍らでは、貨物となって眠る《ドロモス》もまた、出立の時を待っていた。




