◆第270話:早く起きた朝の出航◆
水都ヴェルミオラの早朝。
セディオス・ルゼリア・ライナは朝靄の港に立っていた。
昨日は中央広場にて『歌姫クリシュニア』のいつもの変貌ぶりに圧倒され、歌に魅了され大いに盛り上がった。
その勢いのままに『酒場 海の家』に赴き、酒宴の席で追加のクリシュニアの歌を聞き、満足していた。
いつの間にやら、エクリナ一家は全員クリシュニアの歌が好きになっていた。
ライナは記憶に残る歌を「♪♪♪――」と口ずさみ、思い返していた。
その楽しい夜が明けて、今――
「……ね、眠い……集合早くない……? 遅くまで飲みすぎたね……」
ライナはまだ眠いとぼやいていた。
「……やっぱり、クリシュニアの舞台が終わった段階で帰った方が良かったな……」
セディオスも同じく眠いらしく、ライナに同調した。
そんな隣の二人をジトッと見つめるルゼリア。
昨日は盛り上がりすぎて、ライナとセディオスは遅くまで飲み比べを続けていた。
それゆえに寝不足だと言っているようであった。
しかしながら、心配だったルゼリアは飲酒を控えつつ、遅くまで二人に付き合っていた。
つまり、三人の睡眠時間はほぼ同じともいえた。
「エクリナ不在とはいえ、だらけすぎですよ。特にセディオス、徐々に緩みが強くなっている気がしますが?」
ライナだけではなく、セディオスもだらしなくなっているのに少し思うところがあるルゼリアであった。
そのため、つい不満を告げる言葉が出てしまっていた。
「すまないな……久々にうまい酒と娯楽を得たからな。調子に乗ったな……」
「早く、エクリナに会いたいものだな。今頃何をしているだろうか」
ルゼリアに謝罪しつつ、エクリナに会いたいという剣士であった。
「私も早く、遠くにいる二人に会いたいものです」
その寂しげな声に同情する赤毛の少女。
静かに波打つ海を見ながら答えていた。
そして――
「それはそれとして……しゃんとしてくださいね?」
僅かに論点がずれていることに気づいているルゼリアは話を戻した。
「ばれたか……はい、わかりました」
見破られたことを苦笑し、返事を返した。
そうこうしているうちに一人の男がこちらに向かってきた。
「おはようっす、セディオスさん、ルゼリアさん、ライナさん。昨日も盛り上がったっすね!」
丁寧にあいさつをするのは、回収班のレコだった。
昨晩、セディオスらと同様に遅くまで宴に参加していた回収班と隊長であるレコは、三人よりもさらに早く出航の準備を進めているようであった。
その働き者とだらける者を交互に見るルゼリアは、ため息だけを漏らした。
「まあまあ、リア姉……」
それを見たライナは姉の機嫌を取るべく背後から抱き付いて、ルゼリアの頭を撫でていた。
「わかってますよ」
といいつつ、妹の頬をそのまま撫でるルゼリアであった。
「今日も仲がいいっすね」
「ん? セディオスさん、どうしたっすか?」
レコは微笑ましい姉妹の光景を見つつ、押し黙るセディオスを見て言った。
「いや、レコたちは元気だと思っただけだ。そろそろ出航か?」
準備を整えている回収班の動きを見て感心するように言うセディオスは、乗船できるのかを確認していた。
「ええ、じきに出航っす。こちらから乗船をお願いするっす」
レコはそういうと大型貿易船へ向けて歩き出す。その背を追いかける三人。
近づくほどに大きさが際立つ『魔導船フォルネア号』。
ヴァレンシア商会の交易を一手に引き受ける商船は、獅子型ゴーレムのドロモスを乗せていても安定した姿勢を見せていた。
「おお~、かっこいい! これから僕たちが乗るんだね、楽しみ~!」
ライナは完全に目を覚ましたらしく、港で最も映える大型船を前に感情を高ぶらせていた。
「ここまで素晴らしい船はみたことがないですね。昔ながらの意匠を取入れつつ、帆船にしていない……何かしらの動力があるということですね」
ルゼリアは外観から得られる情報で"普通の船"ではないことを看破していた。
「見事な船だな。商会ってのは相当に儲かるんだな……」
歩みながらヴァレンシアの手腕に感嘆するセディオスであった。
「何度見てもいい船っす。速度が速いから、海の魔獣に遭遇しても逃げられるんすよ」
「内装もきれいっすよ。時々商談にも使われるようですが、船員でも設備を使うことができるっす。ヴァレンシアさんは気前がいい人っすよね」
レコは何度も乗船したことがあるらしく、知っていることを話してくれた。
船への乗り込み口に連なる階段を上りながら、進んでいく。
――ようやく甲板に着く。
ほどなくして、わずかに揺れ始める『魔導船フォルネア号』。
乗り込みの階段は外され、錨が巻き上げられていく。
そして――
ポーーーーーーーー!! と汽笛が鳴るとゆったりと回頭し、港から離れていく。
海流に留意し、大回りで人属領を離れ亜人属領へ進んでいく。
目の前にあるのは一面青の水平線であった。
「おお! 綺麗だね~」
「霧が晴れて、朝日で照らされていますね」
徐々に速度を上げる魔導船の甲板で、眼前の水平線に感激する炎雷の姉妹。
「いい天気っすね。これなら荒れることはないでしょう、一日くらいでペラギアに着きますからゆっくりなさってくださいっす」
レコは隣のセディオスに伝えると、その場を後にした。
「ついに亜人属領か……エクリナとティセラは楽しんでいるといいな」
ルゼリアとライナの背越しに大海原を見つめ、言葉をこぼすセディオス。
吹き抜けていく風が、これまでの旅路と違った潮の匂いを運んでくる。
獅子型ゴーレム、《ドロモス》と共に亜人属領の海門港ペラギアを目指していく。




