◆第269話:退屈しのぎの恋話◆
魔導列車に乗ること二日目――
客車は快適であった。車窓から見える景色は穏やかでありつつ、初めて見る光景ばかりであった。
大きな角の生えた野獣の集団が列車と競争したり、大陸を分断していそうな峡谷を渡っていた。
その道中では亜人属領の主都を見かけることもできた。
ただ、魔導列車内で出来ることは少なく、車窓の外を眺めるか、茶会を開くかぐらいで特に娯楽はなかった。
リンデやシルヴァは手持ちの仕事があるらしく部屋に引きこもっていた。
残されたエクリナ・ヴァレンシア・コルネの三人は同室であったため、卓を囲んで談笑をしていた。
「今日は別の紅茶なんだね。香りが全然違う」
茶を啜りながらジャムクッキーを頬張るコルネは感想を伝えていた。
「甘いのが好きらしいからな、アッサムにしてみた」
エクリナは微笑みながらコルネのためと答えた。
「女性陣だけのお茶会もいいものですわね」
二人のやり取りを微笑ましく見ていたヴァレンシアは、珍しい組み合わせの茶会も悪くないと告げていた。
「のどかなものだな。よき旅路だが……特にすることがないのは少々問題だな」
風景に見飽きているエクリナは暗に退屈だと言っていた。
「まあ、仕方ないよ。亜人属領は広大な土地が自慢だからね……最果てに近いミラネリオンへは遠い旅だよ」
「それでも魔導列車のお掛けでずいぶん短縮されたんだよ? それまではオオトカゲ車での移動だったんだから五倍は速いよ」
昔から亜人属領の発展を見てきたコルネは技術の発展を称賛していた。
「確かに素晴らしい発展ですわね。マナの存在がここまで人属と差をつけるとは……負けてられませんわね」
ヴァレンシアはコルネの発言に答えていた。
「何か話題でもあればいいのだがな……」
エクリナは場を盛り上げようと話の種を考えていた。
すると――
「セディオスのことが聞きたいかな、エクリナの主人なんでしょ?」
「ねえ、どんな人なの?」
コルネは昨日の談話で出てきたセディオスに興味があった。
魔王と呼ばれた少女を従える男――興味が出て当然ともいえた。
「いいですわね、あたくしも是非聞きたいですわ」
コルネの提案に悪乗りするヴァレンシアも聞きたがっていた。
最早友人と呼べるエクリナの恋路、久々の恋話にときめきを感じてもいた。
「う、うむ……そんなに愉快なものではないぞ? 我らの関係だから話すのだからな、他言無用で頼むぞ!」
エクリナは二人の女性の目の輝きに少したじろぐ。
「う~む、どこから話したらよいか……まずは出会いからだな」
魔哭神を倒すために戦略兵器型の消滅術具をティセラに開発させていたところから話し始めた。
兵器開発の話題が出た段階で、コルネとヴァレンシアはあっけにとられていた。
それに構わずエクリナは続け、出会った当初のセディオスはライナ・ルゼリア・ティセラの順に下し、激高した自身とセディオスとの一騎打ちになったことを語った。
「最初は敵だったの!」
「まあ、それは中々……」
魔王と剣士の衝撃的な出会いと邂逅に驚くコルネとヴァレンシア。
エクリナは苦笑しつつ、続きを語る。
死闘を繰り広げ、セディオスに敗北したが、手を差し伸べられ、魔哭神を倒す旅を選択し、皆と共に旅に出た。
疑心暗鬼の旅を続けるうちに親睦を深め、信頼し始めたこと、最後は神を討伐して目的がなくなったときに告白を受けたことをはっきり言った。
思い出を語るエクリナは、時折顔を赤らめながらも二人を見ながら話し続けた。
「告白を受けたんだ!」
「いい頃合いでの告白ですわね!」
二人の馴れ初めで最も大事な部分になり、興奮する少女と老婆。
「だがな、我はそれを受け止めはしたが……伴侶になる選択はどうしても選べなかったのだ……」
エクリナは惜しんではいたが、後悔はないと告げていた。
人属の指輪の儀式を断った――あれは、我の“線引き”だった。
「え? なんで!」
コルネは信じられないという声を出した。
敵が味方となり、共闘して大願を成就した魔王と剣士の関係、その行く先が伴侶ではないことに驚いていた。
「だから……"メイド"ですのね」
ヴァレンシアは何かを悟ったように、メイドという言葉を口に出した。
「うむ……そうなのだ。我はな、神の命令とはいえ、セディオスの同族である人間を殺してきた」
「戦争だからと言って、正当なものかを迷ってしまったのだ。単に負い目を感じて自分だけ最高に幸せになってはいけないのかもしれないと当時は考えたのかもな」
エクリナは小休止がてらに温くなった紅茶を啜る。
その光景は覚悟を決めた少女の姿であった。
コルネとヴァレンシアは言葉が出ず、同じように紅茶を啜っていた。
「だが、我もセディオスのことが好きだ、愛している。人でいう愛というものを理解した瞬間でもあった」
「だからこそ、主人とメイドの関係となり、傍で尽くし、伴侶とは違う関係で共に在ろうとしておるのだ」
エクリナは言葉に出す恥ずかしさを飲み込み、はっきりと"愛している"と言った。
それは恥ずかしくないことであり、形は違えど立派な愛の誓いでもあった。
「「……」」
「エクリナ、いい人と出会ったんだね……」
コルネは語られる物語に涙をこぼしていた。
「素晴らしい愛ですわね……」
ヴァレンシアは目の端にたまった涙をハンカチで拭いていた。
「な、泣くことなど……いや、そこまで真剣に聞いてくれたのだな……」
二人の涙に驚くが、それを受け止めるエクリナだった。
「そ、それからどうなったの……」
グスンと鼻を鳴らしながら続きを促すコルネ。
「その後は森林にある館を買い取り、セディオスと暮らすようになった。そして引っ越しの日、我はメイド服を着て現れ、"これからはメイドとして仕える"言い切ったのだ」
「もちろん、ティセラ、ルゼリア、ライナと家族としての契りを交わし、五人家族として生活を送っておる」
焚き火の前で、我が「家族にならぬか」と言った――あの夜を思い出すように、エクリナは家族を誇った。
「館の庭で毎日茶会を開き、セディオスと談笑するのが日課だな。そういえば、最近はフォルネアにおったからな、一緒に茶を飲む機会が減ってしまったな……」
「早く再会したいものだ……」
これまでの安寧を恋しがるエクリナは何げなくつぶやく。
「ごめんなさいね……エクリナさん」
「あたくしがガンゴと話して、あなたをこの外交に巻き込んでしまったわ」
ヴァレンシアは少し胸が痛くなり、この旅同行してもらっていることを謝罪する。
「む? 気に病むことはないぞヴァレンシア殿。断ることもできたのだが、我と家族が乗り気になっただけだ」
「これも我が選んだこと、それにここに来てからは友人が増えた。コルネもその一人だな」
ヴァレンシアとコルネを見つめ、問題ないと答えた。
「そうだね! うちも嬉しいな、友達になってくれる人は久々だよ」
コルネははにかみながらまっすぐに答えた。
「そう……ならば良いのです。まだまだ長いですからね、よろしくお願いしますわ」
ヴァレンシアも微笑みながら、依頼の続きをお願いしていた。
「さてと……我の番はこれで終わりだ」
もう語るべきことはないというエクリナは――
「次はヴァレンシア殿の番でよいかな?」
と言い、意趣返しとばかりに微笑んだ。
「!?」
ヴァレンシアは一瞬驚くが、クスリと笑った。
「いいでしょう、まだまだ日も高いですわね、たっぷり語らいましょう」
「その前に、紅茶のお代わりを頂けますか?」
ヴァレンシアは空っぽになったカップをエクリナに差し出していた。
「あ、うちにも頂戴!」
コルネもカップを差し出した。
「ああ良いぞ。準備するから待っておれ」
エクリナは微笑み、新たな紅茶の準備を始めた。
時間を持て余した、女性三人の談笑はまだまだ続く。
魔導列車は懸命に幻環山ミラネリオンへと疾走していた。
次回は、『6月4日(木)13時ごろ』の投稿となります。
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