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魔王メイドエクリナのセカンドライフ  作者: ひげシェフ
第三章:静穏と影の狭間

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◆第25話:湯けむりの休日◆

ゆるやかな山道を登る馬車の中、車輪の軋む音が心地よい揺れとともに響いていた。

目的地は、霧と霊泉に包まれた高地の隠れ湯元――”霊泉郷セイリョウ”。

窓の外には青々とした森が広がり、遠くには湯気の立ち上る宿の影が見える。


「……もうすぐ到着ですね。霊泉郷セイリョウです」

ティセラの喜々とした報告に、ライナが馬車の窓から身を乗り出した。「わぁーっ! 山の上にあるんだねっ、景色めっちゃいいーっ!」

「ふむ……静かで落ち着いた場所だな。我らが疲れた心を癒すには、うってつけである」

エクリナは凛然とした態度ながらも朗らかだった。



今回は、セディオスの提案で行う小旅行。引っ越しの疲れを癒すため、家族全員で温泉宿を訪れることになったのだ。

宿に案内された部屋は、一棟貸しの離れ。今なお、武と礼を重んじる極東の”和都ユヅラン”の意匠を取り入れており、木と石が織り成す静謐な佇まいが、どこか張り詰めた美しさを宿していた。

風情ある建築と庭付きの造りで、内湯・露天風呂も備えている。


「よーーしっ、さっそくお風呂入ろうよーっ!」

ライナがタオルを片手に飛び跳ねると、ルゼリアが眉をひそめながらたしなめた。

「ライナ、荷ほどきと着替えの準備が先です。はしゃぎ過ぎるのはお行儀が悪いですよ」

「いーじゃん、旅行なんだからーっ!」

そんなやりとりに、エクリナが軽く咳払いをする。

「よいか、皆の者。今日は心身の疲れを癒すことを目的とした小休止である。騒ぎを起こしてはならぬぞ」

「「「はーい!」」」

一同の返事が揃い、旅の始まりにふさわしい空気が流れる。


夕暮れ前、家族全員で向かったのは、宿の離れに備え付けられた露天風呂。

宿からは「混浴でも安心」として、特製の湯浴み着が用意されていた。


「へへっ、これなら皆で入れるね!」

ライナは湯浴み着に着替え、嬉しそうに露天風呂へと走っていく。

「……布一枚の差とはいえ――混浴に対する配慮としては、妥当ですね」

ルゼリアは涼しげに肩をすくめ、静かに湯へと足を浸す。

「……我は、肌を晒すのはあまり得意ではないのだが……」

エクリナは少し頬を染めつつ、湯浴み着を整えながら小さく呟いた。

「無理しないでくださいね、エクリナ♪。でも、たまには……こういうのも、いいですよ」

ティセラの微笑みに、エクリナは照れくさそうに頷く。



そこに、タオルを肩にかけたセディオスがやってきた。

「お、みんな揃ってるな。ちゃんと俺も湯浴み着に着替えたからさ、変な目では見ないって約束するよ」

「最初から変な目で見る気満々の人が言いそうな台詞だね、それ」

ライナがからかうようにジト目を向けた。

「……ふむ、セディオスのことだ。礼節はわきまえておるだろう」

エクリナが淡々と告げると、セディオスは「その信頼、全力で守ります」と敬礼のポーズを取った。



湯に身を沈めれば、そこには言葉もいらない癒しの時間が広がっていた。

「……はぁぁ、極楽だぁ~……」

ライナは肩まで湯に沈み、全身で湯のぬくもりを味わっている。

「これほどの湯、久方ぶりであるな……」

エクリナは湯煙の中、どこか恥ずかしそうに目元をタオルで隠していた。

「気持ちいいですね、エクリナ。……こういう時間が、ずっと続けばいいのに」

ルゼリアのささやきに、エクリナは小さく頷いた。

「うむ……我も、そう思うぞ」

「皆、疲れもあったはずだから、気を抜いていこうよ。明日からまた、日常が始まるんだからさ」

セディオスの穏やかな声に、一同の表情が緩んだ。


そう、今だけは――

争いも、責任も、全てを忘れていい。

けれど、その静けさを裂くように、物語は動き始めていた――。


* * *


その静寂の裏で――

異なる意思が、密やかに蠢いていた。

山の麓。朽ちた神殿のような廃墟に、黒衣の影が一人、静かに佇んでいる。

風もなく、空間がまるで止まったかのような沈黙の中、影はつぶやいた。


「……見つけた。あいつらの居所を」

「人間たちの歓楽地――あれは“温泉”という名の場所だったかな?」


どこからか応じる、もう一つの声。

「はい、確認済みです。魔王と剣士、そしてその他数名。かつて”魔哭神様”を討った者たちの生存者と推測されます」

「ふふ……まさか、あの時の因子がここまで残っているとは。いい機会だ……私の“計画”のために、会いに行こうじゃないか」


闇の中、その瞳がかすかに輝く――

それは、未だ燻る怨念と、復讐の焰。

物語は、再びその歯車を回し始める。

静寂は、戦火の前触れにすぎなかった。

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