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魔王メイド・エクリナのセカンドライフ  作者: ひげシェフ
第三章:静穏と影の狭間

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29/201

◆第25話:湯けむりの休日◆

ゆるやかな山道を登る馬車の中、車輪の軋む音が心地よい揺れとともに響いていた。

目的地は、霧と霊泉に包まれた高地の隠れ湯元――『霊泉郷セイリョウ』。

和都ユヅランの近くに広がる温泉地である。

窓の外には青々とした森が広がり、遠くには湯気が立ち上る宿の影が見える。


「……もうすぐ到着ですね。霊泉郷セイリョウです」

ティセラの喜々とした報告に、ライナが馬車の窓から身を乗り出した。

「わぁ~っ! 山の上にあるんだねっ、景色めっちゃいい~っ!」

「ふむ……静かで落ち着いた場所だな。我らが疲れた心を癒すには、うってつけである」

エクリナは凛然とした態度ながらも朗らかだった。



今回は、セディオスの提案で行う小旅行。

引っ越しの疲れを癒すため、家族全員で温泉宿を訪れることになったのだ。

宿に案内された部屋は、一棟貸しの離れ。


今なお、武と礼を重んじる極東の『和都ユヅラン』の意匠を取り入れており、

木と石が織り成す静謐な佇まいが、どこか張り詰めた美しさを宿していた。

風情ある建築と庭付きの造りで、内湯・露天風呂も備えている。


「よ~~しっ、さっそくお風呂入ろうよ~っ!」

ライナがタオルを片手に飛び跳ねると、ルゼリアが眉をひそめながらたしなめた。

「ライナ、荷ほどきと着替えの準備が先です。はしゃぎ過ぎるのはお行儀が悪いですよ」

「い~じゃん、旅行なんだから~っ!」


そんなやりとりに、エクリナが軽く咳払いをする。

「よいか、皆の者。今日は心身の疲れを癒すことを目的とした小休止である。騒ぎを起こしてはならぬぞ」


「「「「は~い!」」」」

一同の返事が揃い、旅の始まりにふさわしい空気が流れる。



夕暮れ前——

家族全員で向かったのは、宿の貸し切り離れに備え付けられた露天風呂。

宿からは「混浴でも安心」として、特製の湯浴み着が用意されていた。

脱衣所は男女で分かれており、壁には効能が書かれていた。


『効能:美肌効果・血行促進・疲労回復・心中吐露』


あまり目立たないところに掲示されており、目を留める者は少なかった。

もちろん、四人の少女たちも例外ではなかった。


「へへっ、これなら皆で入れるね!」

ライナは湯浴み着に着替え、嬉しそうに露天風呂へと走っていく。

岩造りの湯船からは、ほんのりと硫黄と木の香りが立ちのぼり、白い湯気が夕空へと溶けていく。


「……布一枚の差とはいえ……混浴に対する配慮としては、妥当ですね」

ルゼリアは涼しげに肩をすくめ、静かに湯へと足を浸す。


「……我は、肌を晒すのはあまり得意ではないのだが……」

エクリナは少し頬を染めつつ、湯浴み着を整えながら小さく呟いた。


「無理しないでくださいね、エクリナ♪ でも、たまには……こういうのも、いいですよ」

ティセラの微笑みに、エクリナは照れくさそうに頷く。



そこに、タオルを肩にかけたセディオスがやってきた。

「お、みんな揃ってるな。ちゃんと俺も湯浴み着に着替えたからさ、変な目では見ないって約束するよ」

「最初から変な目で見る気満々の人が言いそうな台詞だね、それ」

ライナがからかうようにジト目を向けた。


「……ふむ、セディオスのことだ。礼節はわきまえておるだろう」

エクリナが淡々と告げると、セディオスは「その信頼、全力で守ります」と敬礼のポーズを取った。



湯に身を沈めれば、そこには言葉もいらない癒しの時間が広がっていた。

「……はぁぁ、極楽だぁ~……」

ライナは肩まで湯に沈み、全身で湯のぬくもりを味わっている。

「これほどの湯、久方ぶりであるな……」

エクリナは湯煙の中、どこか恥ずかしそうに目元をタオルで隠していた。


「気持ちいいですね、エクリナ。……こういう時間が、ずっと続けばいいのに」

ルゼリアのささやきに、エクリナは小さく頷いた。

「うむ……我も、そう思うぞ」

「皆、疲れもあったはずだから、気を抜いていこうよ。明日は周辺を観光しよう」

正面にいるセディオスの穏やかな声に、一同の表情が緩んだ。


「しかし、本当に良いな……なあ、ティセラ……」

エクリナはゆるんだ声でティセラに声を掛ける。

「……何ですか~、エクリナ……」

ティセラもゆるく答える。


「館にも大浴場を作らぬか? 今の大きさも悪くは無いのだが、一人用の湯舟だからな……これくらいゆったりできると最高なのだが……」

エクリナは思い付きを提案する。


「ん~~。できないことは無いですね……部屋はまだまだ余ってますし、一層部屋を繋げて作ってみますか……」

提案に答えるティセラ。

既に現実的な構築を思案していた。


「え!大きなお風呂できるの?」

ライナはそれを聞き立ち上がりながら喜ぶ。

「可能ならば、是非お願いします!」

ルゼリアもノリノリで同意する。


「いいな~。大きな風呂で飲む酒も、楽しそうだ」

セディオスは、そんな未来を思い描きながら言う。

「飲みすぎてはならんぞ? セディオス……最近……贅肉が付いてきておらんか?」

エクリナが突然セディオスのだらしなさにツッコミを入れた。


「うっ! いやあ……そうだな……」

自覚しているセディオスだった。

「隠居しているとはいえ、健康は大事であるぞ。行き過ぎると食事を変える必要が……」

今後の方針を伝えるエクリナ。


「ええ~! それは嫌だな、おいしいものを食べたいよ~」

ライナががっかりする。

それは恐らく、皆同じものを食べることになるだろうと思ったからだ。

「ライナ、仕方ありません。セディオスの運動に付き合ってあげましょう」

ルゼリアはすかさず代案を出す。


「まあ、そうだな。久々に素振りから始めても良いな……」

セディオスも自身を見直したいようだった。

「うむ、それは良いな。昔のセディオスは、よく鍛えた筋肉をしておったからな……楽しみにしておるぞ♪」

エクリナは緩みすぎて、口走った。


「「「!!」」」

ティセラを筆頭に、ルゼリアとライナがエクリナへ振り向く。


「エクリナ……まさか……」

ティセラは知りたくないような、知りたいような声色で詰め寄る。

「王さま、セディオスと……その……」

ライナは少し顔が赤くなっていた。

「エクリナ……その……どのような感じで……」

ルゼリアは何故か感想を聞こうとしていた。


「『まだ』何もしておらん! 以前、旅の最中に何回かセディオスの水浴びを見ていたくらいでだな!」

慌てて言い訳を始めるエクリナ。

「でも最近の裸も見ている感じで言ってましたよね?」

ティセラが鋭く言う。


「ぐっ……ぬぬ……た、たまたまだ!たまたま、風呂に入るセディオスを見ただけだ!」

「本当にそれだけだぞ!」

苦し紛れの言い訳をするエクリナ。


「王さま!ホントに?」

「そんな都合よく……」

珍しくまだまだ食いつくライナとルゼリア。


「良いではないか! セディオスは我の物なのだぞ! どうしようが……」

とんでもないことを言うエクリナは、自覚したらしく顔が赤くなり、言葉が尻すぼみになっていく。


「こうなったら、セディオスに……」

「あれ?」

周囲を見渡すティセラ。


「あ、居なくなっている!」

「逃げましたか……」

ライナとルゼリアはがっかりしていた。


エクリナが問い詰められている隙に離脱したセディオス。

既に脱衣所にいた。

「はあ……怖い怖い。本当に何も無いんだけどな……」

「俺は傍にいてくれればいいだけなんだが……あ……効能にしっかり書かれているな……」

セディオスは効能が描かれた看板を目撃する。


『効能:美肌効果・血行促進・疲労回復・()()()()

一般的な湯治場では、まず見かけない効能が、あっさりと刻まれていた。


「効果に偽りなしか……皆湯あたりしないといいんだが……」

部屋着に着替え、脱衣所を後にするセディオス。


(いい顔するようになったな、皆も)

思いに耽りながら、部屋へと向かう。

その後ろでは、問答が続いているようで賑やかさは続いていた。



隠居したのだから――

争いも、責任も、全てを忘れていい。

けれど、その静けさを裂くように、物語は動き始めていた――。


 * * *


その静寂の裏で――

異なる意思が、密やかに蠢いていた。

山の麓。朽ちた木造りの神殿のような廃墟に、黒衣の影が二人、静かに佇んでいる。

風もなく、空間がまるで止まったかのような沈黙の中、影の一人はつぶやいた。


「……ようやく見つけましたよ。貴方たちの居所を」

「人間たちの歓楽地……あれは“温泉”という名の場所でしたね?」

短く整えられた紺色の髪。その後ろ髪だけを丁寧に三つ編みにしている。

少年とも少女ともつかぬ中性的な佇まいの青少年が、静かに言う。


どこからか応じる、もう一つの声。

「はい、確認済み……です。魔王と剣士……そしてその他数名。……『魔哭神様』を討った者たちの生存者と推測……されます」

黒い鎧を着た騎士が報告する。


「ふふ……まさか、あの時の因子がここまで残っているとは。いい機会ですね……わたくしの“計画”のために、会いに行こうじゃないですか」

その影は、三つ編みを弄びながら、方針を告げた。


闇の中、金の瞳がかすかに輝く――

それは、未だ燻る怨念と、復讐の焰。

物語は、再びその歯車を回し始める。


そのころ、湯けむりの向こうで笑い合う彼らは、まだ知らない。

静寂は、戦火の前触れにすぎなかった。

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