◆第265話:異種族のお茶会◆
翌日の朝――
エクリナたちは魔導列車に乗り込んでいた。
最早なじみとなった護衛兵服に外套を纏い、フォルネア使節団とアーク使節団の警護の任につく。
人属だけではなく、亜人属の警護まで範囲が広がる姿は、かつての『魔王』の在り方とは全く違っていた。
エクリナが旅で得られている成果であり、自身が選んだ生き方そのものを象徴するようにも見えた。
魔導列車は発車し、一路『幻環山ミラネリオン』へ向かう。
客車の先頭にある、ひときわ大きい部屋に代表の面々は集まっていた。
エクリナは手際よく、リンデ・ヴァレンシア・シルヴァ・コルネへ紅茶を順に出していた。
シルヴァだけはドライアド族ということもあり、精錬された水を入れていた。
「良い手際であるな……」
「すごいぬう……」
「メイドは本当だったんだ……」
リンデ・シルヴァ・コルネは感心しながら、卓が華やかになるのを見ていく。
「この程度、日課だ。慣れれば簡単だぞ」
エクリナは答えつつ、指をパチリと鳴らして茶菓子を三段の皿に転送していた。
その光景をヴァレンシアは微笑みながら見ていた。
「準備はできたぞ」
エクリナは朝の茶会の準備を終えるとヴァレンシアの横に座った。
「ありがとうである。このような様式は初めてであるな」
リンデはカップを口に近づけ、紅茶を啜る。
「ほう、香りがよいのである」
「今回はウバにしてみた。リンデ殿は竜人族だが、口に合ってよかった」
今回の茶会は複数の種族が混ざっており、ひときわ気を使っていた。
シルヴァはわかりやすかったが、リンデは竜が進化した姿と聞いており、紅茶を飲ませてもよいか迷っていたのであった。
その際、コルネにこっそり相談し、問題無いことは確認していたのだが――
「爽やかな香りとても良いのである。竜人族は何でも食べて飲むのでな、楽しめるのである」
リンデは微笑みながらもう一口啜った。
「うらやましいぬう……でもオイラにはこの水があるぬう」
隣で喜んでいるリンデを見た後、自身のカップに入っている水を飲むシルヴァ。
すると――頭に一輪の花が咲いた。
「うまいぬう! これ、森の奥の水だぬう!」
シルヴァは感激の声を上げるとさらに一口飲む。
さらに二輪の花が頭に咲いた。
シルヴァの頭を見つめるヴァレンシアは、少し戸惑う。
「……その花、美しいですわね」
何とか平静を装って、感想を述べていた。
「うれしいぬう」
さらに一輪の花が咲いた。
「まるで草原に吹く風のようだぬう」
「オイラ、嬉しいことが起きると頭に花が咲くぬう! 今日は朝からいいことばかりだぬう」
自然の光景に例え、シルヴァは喜んでいた。
「エクリナ良かったな。あの湧き水正解だったろ?」
コルネは斜め前のエクリナに笑顔を向けて話しかけた。
「うむ! 教えてもらってよかった。あのような水は飲んだことがなかったからな、今の紅茶もその水で入れておる」
すっかり友達となったエクリナとコルネであった。互いの知らないことを教え合う仲になっていた。
「こういった様式の場は良いな……何か考えるのである……」
リンデは人属式の茶会が気に入ったらしく、何やら思案していた。
「亜人属領では、茶会はないのか?」
亜人側の文化についてはほとんど知らないエクリナは純粋に質問をしていた。
「こちらの茶会に近いものであれば、"コフ"がそれにあたるのである」
リンデはカップを置き、見知らぬ物の名を言う。
「リンデ爺さん、うちの好きな"シュス"を忘れちゃ困るよ」
コルネは横から自身の好きな飲み物を追加していた。
「ははは、"シュス"もであったな」
リンデは笑いながら、その主張を認めていた。
「"コフ"……時々取引されるもので聞いたことがありますわね……」
ヴァレンシアは知っているものと知らないものがあるという声を出していた。
「コフは豆を焙煎して粉状にしたものを湯で濾したものである。苦味はあるが、香りが強く、愛飲者が多いのである」
「吾輩もよく飲んでいるのである」
リンデは一つ目の飲み物の解説をした。
「コフの豆はこれから行くミラネリオンの名産だぬう。焙煎の温度で香りが変わるぬうから、いろんな種類が出ているぬう」
シルヴァはリンデの解説に詳細を付け加えていた。
「そうなのですね。ぜひ帰りに買わねばなりませんわ!」
ヴァレンシアはそれを聞き、目を金貨のように輝かせる。
「人属領でも"コフ"を好む方が多いのですが、高級品でして貴族以上しか口にできないものですの」
「そうであったか。いつか人属に訪問する機会があれば、良いコフの豆を持っていくのである」
良いことを聞いたとばかりにリンデが伝えた。
「ええ、きっと喜ばれますわ」
「次はシュスだね! シュスはいろんな果物を絞って作った飲み物だよ」
コルネは好物の説明を始めていた。
「甘い果実をいっぱい入れると、濃厚なシュスができるんだ。果物の種類を変えることができるから一生飽きないね!」
齢百三十の口ぶりは、説得力が違った。
「こちらの果物は甘いものが多いのだな……人属領は柑橘類が豊富だが、酸味が強いものが大半だな」
「甘い果物もあるが、さほど種類はないな。土産に買って帰るか……ライナは確実に喜ぶであろうな」
エクリナは自身のお土産リストに亜人属領の果物を加えていた。
「今度案内してあげるよ。ライナって家族だよね、甘いものが好きなの?」
少しだけ家族の話を聞いていたコルネは確認をしていた。
「うむ、我の側近であり、狩猟係だ。肉と甘いものが好きでな、はちみつを好んでおる」
ライナについて簡単に説明するエクリナはなんだか嬉しそうだった。
「はちみつか……いいね、仲良くなれそう!」
甘いもの好きという共通点を見出し、喜ぶコルネであった。
「そいえば、ルゼリアって娘もいたよね?」
「ルゼリアはライナの姉にあたる者だ。本が好きでな、魔法書庫の管理を任せておる」
「本が好きぬうか。イーサリと気が合いそうぬう」
ルゼリアの紹介を聞いてシルヴァはイーサリと親交できそうと考えていた。
「ドロモスの輸送警護にはもう一人……セディオスというものがいたのであるが家族であるのか?」
リンデは書状の内容を思い出し、まだ出てきていない人物の名を告げた。
「うむ。セディオスは我の主人だ」
「……我がメイドになったきっかけの男でもある」
「実に良い男でな、剣と魔法が両方使えて、幾度も我と死線をくぐり抜けておる」
エクリナは出された男の名について、嬉々として答えていた。
その表情には少しだけ乙女の顔が漏れていた。
そんな中――リンデ・シルヴァ・コルネは驚いていた。
理由は簡単だった。魔王エクリナの主人が本当に実在したことであったからだ。
「ん?」
明らかに空気が変わったのを察するエクリナ。
「どうした……なぜそんな顔になっておる」
自身の愛しい人について、話し過ぎたかと思案していた。
「……いや、すまないのである」
「気を悪くしないで欲しいのであるが……メイドはエクリナ殿の趣向と思っていたのである……」
「な、なんだと!?」
エクリナはその発言に驚いていた。
霊機自治区アークで使節団が活動を始めてからは、エクリナはメイド服に着替えていた。
濃紺のワンピースにフリルの付いたエプロン、亜人属たちには珍しい服装であり、ひときわ目立っていた。
もちろん、意図を聞かれるエクリナは簡単に「いつもはメイド……給仕をやっておるからな、着替えただけ」だと答えていた。
そのため、それを聞いていた面々はエクリナがそういった行為が趣味なのだろうと思い込んでいた。
最強の護衛、魔王が傅く相手など想像だにしていなかった。
「最強の人を従える人がいるのは驚きだぬう……」
シルヴァは神造生命体を従える存在など信じられないという声を出していた。
「ごめんエクリナ。うちも結構驚いた……その人、セディオスってエクリナより強いのかな?」
興味津々のコルネは追加で聞いてみた。
「そうだな……」
エクリナは過去の出会いから今までの戦績を思い出そうと腕を組んだ。
その最中――
「恐らく同じくらい強いですわね」
ヴァレンシアが扇を口に当て、代わりに答えていた。
「「「!!」」」
はっきりと答えるヴァレンシアに驚く三人であった。
「先日、フォルネアで戦具祭というお祭りがあったのですが、特別試合でエクリナさんとセディオスさんが一騎打ちすることになり、とんでもない騒ぎになりましたわ」
騒ぎに巻き込まれていたヴァレンシアはため息交じりに伝える。
「ほう……その話詳しく聞きたいのである」
「どんな魔法を使ったぬう?」
「細かく教えてね!」
リンデ・シルヴァ・コルネは前のめりでヴァレンシアに詳細をせがんだ。
ヴァレンシアは扇の裏でニヤリと、嬉しそうにその日の出来事を話し始めた。
それを隣で聞くエクリナはその光景を見てほほ笑んでいた。
車輪の律動が揺れを刻み、窓外の森がゆっくりと後ろへ流れていった。
ヴァレンシアによるフォルネア魔導戦具祭、特別試合の感想会が始まる。
魔導列車は快調に飛ばしていく。
エクリナらを乗せ、《星楔樹エトワコル》が待つ幻環山ミラネリオンを目指していた。
次回は、『5月28日(木)13時ごろ』の投稿となります。
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