◆第263話:王の信念とは◆
亜人領――
霊機自治区アークでは、今日も朝から大型開発工房が活気にあふれていた。
資材の搬入と移動、術具の解体と組立、魔導術具士の生業を示す音が工房内に満ちていた。
「良い眺めであるな……」
一生懸命に働く術具士の姿を見て、思いを馳せる竜人でアークの長リンデは顎の角をなぞりながら周囲を見つめていた。
人属との共同作業は百年前の出来事であり、実に久々の光景であった。
人種は違えど、向かう先は同じ。その光景を目の当たりにし、感慨深さが出ていた。
「うれしそうな顔をしておるな、リンデ殿」
背後からエクリナが声を掛ける。いつの間にか隣に立ち、朝の挨拶をした。
「おはようだ」
「おはようである、エクリナ殿。吾輩がみていたい光景の一つであるからな、顔もほころぶのである」
「国も技術もすべては人である。だから、この光景は希望そのものだと思っているのである」
火花と工具の音の向こうで、人の暮らしが確かに前へ進んでいた。
エクリナを見ながら、内心を吐露するリンデは少しだけ恥ずかしながらも正直な感想を言っていた。
自らの信念で亜人属領の長を退き、自治区を設立し、亜人領の技術革新に貢献してきた竜人としては念願成就ともいえる状況であった。
「王の度量であるな、我も見習わなければな」
リンデが率直に語る言葉に刺激されるエクリナは自身も王としての振る舞いを考えさせられていた。
「ははは! お褒め頂きありがとうである。つかぬことを尋ねるが、エクリナ殿が思う王とは何であるか?」
「王を自認している様子、ぜひ伺いたいものであるな」
リンデは王としてふるまうエクリナに興味があった。
一口に王と言っても考え方は様々、在り方は千差万別である。
だからこそ、自他ともに認められているであろうエクリナに興味があった。
「うむ……我は自分が護りたいものを護るも者でありたいと思っておる。率直に言えば家族が我のすべてだ」
「過去を清算した末にこの手に残った大切なものだ。この身朽ちるまで護りたいと思っておる」
エクリナの信念はごく単純なものであった。
その内容は誰にでも当てはまり、誰もが言葉にせずとも実行している本能的なことであった。
それでも堂々と言葉として出す姿は、リンデには宣言を行う王の姿に見えた。
「そうであるか……よき出会いをしたのだな」
エクリナのすべてはわからないが、言の葉から伝わる感情をリンデはしっかりと受け止めていた。
「うむ、そうだな。そして、今もよい出会いを繰り返しておる」
「この旅で縁が広がってしまったな……同時に護りたいものが増えた気分だ」
困ったというようなことを言うものの、わずかに微笑むエクリナを見て、アーク駅での一件を思い出していた。
(彼女にとっての「家族」の定義は「親しき者」であるか……あのような冷徹な振る舞いはそこに繋がるのだな……)
出会いが増えるたびに、出会った人は護る対象となる。
それが王の在り方であれば、民が増えることと同義になる。
エクリナの大器を感じると同時に、少しの歪さも考えさせられていた。
「汝は良い王であるな……」
リンデは余計な言葉は出さず、ただただ称賛を送った。
「もしかしたら愚かな王になるかもしれぬがな……優先は常に家族だ。きっと護れないものが増えるだろうな……」
エクリナは自身の考えが甘く、いつか後悔する時が来るかもしれないとも思っていた。
それでも家族だけは護ると誓っていた。
リンデは少しだけ愁いを帯びた碧の瞳を見て、感心していた。
(己の歪さに気づいていたのであるか……それでも変えられぬ、と……)
エクリナは、護りたいものが増えても家族が窮地ならば、そちらを優先するとはっきりと言っていた。
その末に護りたいものが、護れなくなる瞬間が来ることも覚悟していた様子に見えた。
「そもそも、我は"元"魔王であり、本当は王ではないのかもしれぬと思うときはある……。それでも我を王と信じるものがいるのでな、それに応えたいと考えておるところだ」
エクリナはリンデに王としての胸中を見せていた。
これまで見てきたリンデの振る舞いは民を護る王そのもの、内心を見せるには十分な信頼であった。
(吾輩は信頼されているのであるな……悩める小さき王の心中か……)
ある意味では赤裸々に語るエクリナを見つめ、嬉しくなるリンデであった。
「良い覚悟である。エクリナ殿、何かあれば吾輩をぜひ頼ってくれ、その時は全力で力になるのである」
「このアークに移住してもよいのである、ここは安住するのは良い土地である」
リンデは微笑みながらエクリナへ恩を返すと告げていた。
冷徹でありながら、慈愛を持った不器用な王。その眼を見つめて、移住の提案すらしていた。
「ふふ、そうだな。いずれは移住してもいいかもしれぬな、その時はまた館ごと転移しようではないか」
エクリナはリンデの提案に少しだけ驚いたが、頼ってもよいと判断していた。
人属を見限るときが来たら、ここに住むのも悪くないと思うほどであった。
「ははは、そうであろう……」
「……?」
「今、館ごと転移と言ったであるか?」
聞きなれない大事を言うエクリナに聞き返すリンデは、興味津々であった。
それから、少し前に行った館ごとの引っ越し企画、『ディメンション・リアロケート(ルゼリア命名)』についてエクリナは楽しげに語った。
途中でティセラやガンゴ・ヴァレンシアが会話に混ざり、豪快な引っ越しにひとしきり驚いていた。
大型工房の朝は始まったばかりであった。




