◆第262話:稼働実験と思わぬ発見◆
夜の水都――
水平線の先を照らす灯台が眩い光を回転させ、潮騒が海の胎動と塩の香りを運び続ける。
国の規模にも近い湖に浮かぶ都市は今日もにぎやかであった。
夕刻を過ぎ、商人や漁師、旅人が繁華街に集まっていた。
魔導ランプが屋根に吊るされ、騒がしい通りを明るく照らしている。
あらゆる店からは騒がしい声が響き渡り、夜の街を一層盛り上げていた。
そんな、平和を甘受している空間に一基の奇妙な球体が現れる。
夜の底から“覗く目”が、屋根よりも高い位置で浮遊していた。
「映りましたか……感度は問題ないようですね」
空中に映る画面を見ながら言うリゼル。
椅子に腰かけ、頬杖を突きながら、球型術具が映し出す映像を見ていた。
「でぇはぁ、術具ぅよりぃ魔力ぅをぉ拡散しぃまぁす」
ネヴァは球型術具の操作端末のボタンを押す。
指令を受け取った浮遊する術具は、薄く広い魔力を周囲に放つ。
都市全体を索敵すべく、球型術具は解析を繰り返しながら、空中で位置を変え、三度走査した。
すると――
ネヴァが持っていた術具に反応が出る。
「反応ぉがぁ出ぇましぃたぁ!」
声を上げ、リゼルに報告する。
「今の感知精度は低級の魔法程度の魔力ですよね? 戦闘が起きているようには見えませんが……」
反応があった位置に向けて移動する球型術具の映像を見ながら、リゼルはいぶかしげる。
(騒乱か? ですが、民衆が混乱している様子もない。それとも既にゴーレムが起動している? いや、それにしては繁華街に向かっている……)
セディオスらの痕跡を追ってみたくて、水都ヴェルミオラへ術具を転移させたリゼルであったが、索敵結果を期待はしていなかった。
それなのに実際は何かを発見した球型術具は、正体を掴むべく新たな行動に出ていたのであった。
あらゆる想定をするリゼルは理解できずに唸っていた。
空中を進む球型術具は、ひとつの建物にたどり着く。
そこには――『海の家』と書かれた看板があった。
反応は鋭いが荒れていない――戦闘ではなく、継続した発生だったようだ。
「「……」」
窓から見える店内はにぎやかで、とても魔法が放たれている様子はなかった。
人の行き来が激しく、盃を掲げては盛り上がっている状態であった。
「ネヴァ……改良は失敗ですか?」
映し出される酔っ払いを横目に、リゼルはネヴァに視線を向ける。
一段と低い声を出し、眼差しは冷たく、静かにネヴァを糾弾していた。
「まぁさぁかぁ! そぉんなぁはずぅはぁ……おぉ持ちぃするぅ前にぃ動作ぁ確ぅ認もぉしてぇますぅ! そぉれなぁのにぃなぁぜぇ……」
厳しい声を掛けられるネヴァも映し出される光景に驚愕していた。
しっかりと自信をもっていた術具であっただけに、信じられないという声を出していた。
リゼルの目を直視できないネヴァは下をうつむいてしまう。
その視線の先には球型術具の端末、そして索敵が反応した位置が映し出されていた。
「??」
ネヴァはそれを見つめ首をかしげる。
「こぉのぉ店ぇの中ぁ、奥にぃ反応がぁありぃますぅ! 拡大ぃしまぁすぅ」
改造した術具を信じるネヴァは端末を操作し、店の屋根窓から店内を観察すべく焦点を変えて見渡していた。
映像の人影が大きく映っていた。
その操作を静かに見届けるリゼルは、左右に動く映像に視線を切り替えた。
失敗という不名誉を払拭するため、丁寧に索敵を行うネヴァは、映像と端末を交互に見ていた。
やがて――
一人の人物にたどり着く。その人物は、舞台で歌っていた。
「リゼル様ぁ! このぉ人間かぁらぁ反応ぅが出ぇていぃまぁすぅ!」
ようやく見つけた魔力感知の源。
ネヴァは空中の映像を指さし、栗色の髪を持つ女性にリゼルの視線を誘導させる。
映し出される映像は、舞台上で拡声術具を握って歌っており、周囲の人属は盛り上がっている様子だった。
「歌? 何故それで魔力が出ている……そんなことが……」
歌姫の映像を見つめ、腕を組むリゼルは、考え込んでいた。
これまで積み重ねた知識を総動員して、目の前の事象の解明に取り掛かっていた。
「ま、まさか……”歌”の属性ですか?」
思い当たる節が出てきたリゼルは、そのまま声に出していた。
手早くヴァルザの手記を異空間から取り出し、パラパラとめくる。
「以前拝見したときに、そのような覚書があったような……」
もはや神の遺産となった手帳に敬意を払いながら、丁寧に記述を探すリゼル。
ページがめくれるたびに金の瞳を左右に動かす。
隣で立っているネヴァは固唾を飲んで、現主君たるリゼルの答えを待っていた。
そして――
「あった!」
ようやく該当のページを見つけ、指をなぞりながら文章を黙読する。
その手は読み込むほどに手が震えていた。
数ページめくり、欲しい情報を閲覧し終わると、神の手記を丁寧に異空間に収め、その手を自身の顎に置いていた。
ブツブツと、ネヴァにすら聞こえない小さな声で独り言を出し、考えをまとめていた。
(拡声術具で増幅されている分、漏れる魔力も大きく見える――そう考えれば筋が通りますね)
居城の地下工房は静まり返る。
空中に映っている歌姫は、歌い終わったらしく観客に礼をしていた。
途端に何故かオドオドする挙動を見せ、舞台を後にしていた。
「そうとしか考えられないですね……」
ようやくリゼルは声を絞り出した。
歌姫が不在となった舞台を見つめ、ひとつの結論にたどり着いたようであった。
「リ、リゼル様ぁ……なにぃかぁおわぁかりぃにぃ……」
ネヴァもようやく声が出せる状況を得ていた。
何とか主の名前を呼び、球型術具が反応した謎の答えを知りたがっていた。
「……」
「まだ、可能性の段階ですが……あれは神造生命体です」
リゼルは驚きの答えを導いていた。
それを耳にし、ネヴァは目を見開いていた。
「かつて、神歴と言われる時代では、人は神を崇めていました」
リゼルは驚くネヴァに教えるように語り始めた。
「神の像を立て、壁画を描き、神事をし、神祭を行っていたそうです。そのときに神を称える歌があったようで、ヴァルザ様はそれを気に入っていたと手記にありました」
ヴァルザが残した手記に記載されていた内容を簡潔に言う。
「ヴァルザ様は神造生命体を造るときに、歌女の役割を持たせた躯体を最初の一体としたそうです。その躯体が出す歌には魔力が宿り、歌の種類を変えることで神兵の援護をしていたとあります」
リゼルは脳内の手記をなぞりながら語り続ける。
「本来、魔法属性に”歌”は存在しないため、ヴァルザ様が生み出した属性とも言えますね。ですが……歌女は戦争で喪われたと記録にありました」
知っている情報を言い終わったリゼルは、ネヴァを見やる。
「もぉしやぁ……それぇがぁ……あそぉこぉに立ってぇいたぁものぉであぁるぅとぉ?」
リゼルの語りをしっかりと聞いたネヴァは、自身の推測をこぼしていた。
「あり得ますね……確かめてみますか。ちょうど計画していた策の一つに使えるかもしれません……」
空になった舞台の映像に視線を戻し、ニタリと嗤うリゼル。
その映像の端にセディオス・ルゼリア・ライナの楽しそうな姿が映っていたのだが、全く気付いていなかった。
いつものリゼルならば気付くはずだったのだが、それどころではない“収穫”であった。
次回は、『5月24日(日)13時ごろ』の投稿となります。
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