◆第261話:球型術具、再び飛ぶ◆
夜の魔哭神の居城。
玉座の裏手、地下に続く階段の奥底で実験が始まっていた。
ボサボサの淡桃色髪の少女は、胸に"何か"を抱えながら回廊を進んでいた。
その顔は張り付けたような、歪んだ笑顔であった。
ほどなくしてネヴァはリゼルの元にたどり着いた。
アークより強奪した研究紙片を読みふけるリゼルの背に声を掛けた。
「リゼルぅ様ぁ、試作品がぁでぇきまぁしたぁ」
独特の間延び口調で声を出す少女。嬉しそうに報告を告げていた。
「ネヴァですか。なるほど、出来たようですね」
ネヴァが抱えている術具を見て、紺髪三つ編みの、少年とも少女ともつかぬ子供は察した。
かつて戦場を飛び回った“球型術具”――今夜、その一台が改良され目の前に出されていた。
「はぁい、ごぉ要望にぃ合わぁせぇましぃてぇ、魔力ぅ感知ぃ機能ぉ強化ぁとぉ、転ぃ移時のぉ充填魔ぁ力ぅ消費をぉ抑制ぃするぅことがぁできぃましたぁ」
ネヴァは胸に抱えていた球型術具を起動させると、自身とリゼルの間で浮遊を始めた。
元は神造生命体とともに戦場へ赴き、時には魔哭神ヴァルザの命令を忠実にこなしていた術具。
各地の情報を収集するためにネヴァが一体一体、改造を施していた。
「以前の稼働時間は五時間程度でしたが、今はどれくらいになりますか?」
リゼルは浮遊する球型術具を見つめネヴァに質問した。
「マナ吸ぅ収ぅ能力をぉ試しぃに取りぃ入れぇましてぇ、八ぃ時ぃ間程度ぉになぁってぇいまぁすぅ。もうぅ少しぃ改良ぉできるぅはずでぇすのぉでぇ、十ぅ時ぃ間までぇは伸びぃるとぉ思いぃますぅ」
アークを襲撃した成果はすでに出ており、ネヴァはマナを動力にする機構を組み込むことに成功していた。
「永久稼働は不可能ですか……ヴァルザ様はどうやって、この術具を運営していたんでしょうかね?」
「戦場では常に神の子のそばにいたはずですから、魔力補給をしていたはずなのですがね……」
ネヴァの説明を聞き、球型術具の運営に疑問を持つリゼル。
顎に手を付き、かつての使い方を考えていた。
「恐らぁくぅですがぁ、このぉ城でぇ充填をぉ行いぃ、戦場でぇ入れ替わぁってぇいたぁと思わぁれぇますぅ。球型ぁ術ぅ具がぁ得たぁ情報ぅは城のぉ端末にぃ蓄ぅ積さぁれるぅためぇ、引き継ぎぃがでぇきたとぉ思いぃますぅ」
ネヴァが身振り手振りでリゼルに説明をする。
「球ぅ型ぁ術具ぅが置ぉかれぇているぅ台座がぁ、魔力をぉ充填すぅる機ぃ能がぁあるよぉうでぇすぅ。城ぉのぉ動力ぅ術具ぅのぉ大ぃ半がぁ破ぉ損したぁ影響でぇ、魔力ぅ供給ぅがぁ過多ぁとなぁってぇ内部ぅの魔法ぉ式が砕けぇたようぅですぅ」
リゼルから工房の管理を預けられてから、術具に関する区画や設備をずっと見ていたネヴァは、これまで考察してきたことを語る。
それは理路整然としており、破綻はみられなかった。
「良い推測です、その説明ならば納得がいきます。鎮座していた球型術具はすべて破損、回廊に落ちていたものは魔力切れ……散々たる姿でしたからね」
リゼルは三つ編みをいじりながら、居城を探索した日々を思い返し、寂しい時に声を出してくれなかった術具たちを思い出していた。
「しかぁもぉその術具ぅの魔法ぉ式はぁ難解でぇ、ネヴァにぃは理解ぃが及ぉばないぃ文様がぁ多くぅ、失敗ぃをぉ繰りぃ返ぇしてぇようやくぅ一台ぃでぇすぅ」
「神の御業で造られた術具です、仕方がないでしょう。蘇った一台で、エクリナを見つけられたのです、気にする必要はありません」
リゼルは、しょげるネヴァに優しく声を掛ける。
魔力感知で、エクリナの居場所を突き止めた目の前の術具を見ながら、リゼルは少し嗤っていた。
計画の開幕が、ヴァルザが造った術具が発端であったことを、運命だとすら思っていた。
「おぉ褒めぇ頂きぃありぃがぁとうぅござぁいぃまぁす」
ねぎらいの言葉に喜ぶネヴァであった。
「さて、そろそろ稼働実験をしますか。どれくらいの精度で魔力を感知できますか?」
これまでの苦労話をいったん区切り、改良された点のもう一つについて聞いていた。
「前回ぃまでぇのぉ索敵ぅ距離ぃとぉあまぁりぃ変わぁりまぁせんがぁ、低い級ぅ魔法くらぁいぃのぉ使用ぅがあぁればぁ感知ぃできぃるぅはずぅでぇす」
向上させた機能を嬉しそうに説明するネヴァは、くたびれた白衣の袖をパタパタさせながら伝えていた。
「もっと精度を上げるようにしなさい。魔法発動がなくても遠距離で感知できるのが理想です」
先ほどとは違い、鋭い目つきで命令をするリゼルは声を低くして告げていた。
高い理想を掲げ、ネヴァを困らせていた。
「……何とぉかぁしてぇみまぁすぅ。今はぁこれでぇご容ぉ赦ぁくだぁさいぃ」
あまり喜んでもらえなかったネヴァは僅かに意気消沈しつつ、使ってほしいと懇願していた。
「ええ、使ってみましょう。何か収穫があるかもしれません」
リゼルは、球型術具の鏡面を触り、転移座標の設定を思案する。
「どこにしますか……」
胸中にあるのは、遺跡都市での出会いであった。セディオスと探索した日々を少しだけ思い出す。
(探索は依頼と言っていましたね……わたくしと目的は同じだった可能性が高い……だが、あの技術は人属だけで解明するのは困難です……)
手に入れた紙片や本を読み漁り、人属と亜人属の技術を合わせて獅子型ゴーレムまで製造していたのは知っていた。
だからこそ、かつての研究者が存在しない人属だけでは理解できない代物であるのも納得であった。
そこから導き出される指針の選択は多くない。
(アークに渡る気ですね……既にエクリナとティセラが到着している……合流か?)
アークでの奇妙な出会いの報告を思い出し、これまでの情報を繋いでいく。
(ならば――)
リゼルが球型術具を転移させる場所は一つであった。
「ヴェルミオラにしましょう、運が良ければ……」
術具に転移先を刻んでいくリゼルは、セディオスらの移動速度を考慮して、場所を選定した。
「あそぉこはぁ水ぃ都ぉでぇすねぇ。何ぃかぁあるのぉでぇすぅか?」
リゼルがつぶやく言葉に意図がわからず聞くネヴァ。
「ええ、少し思い当たることがね……」
リゼルは嗤いながら球型術具の鏡面をいじり終え、転移準備を完了させる。
術具からピピピッ!と音が鳴ると、小さな魔法陣を描き、シュンッ!とその場から消え去った。
改良された球型術具は、新たな仕事へと消えた。




