◆第260話:歌姫に魅了される夜◆
フォルネア領主テルティウスの威光により、『海の家』の特等席――舞台の前に座ることができたセディオス・ルゼリア・ライナの三人。
その近くには回収班のレコたちが座っていた。こちらに気づいたレコが、小さく手を振る。
軽く頷くセディオスは、そのまま店員を呼び注文を始める。
「この大麦の酒、ブドウ酒、柑橘酒……それと……」
セディオスがメニューを指さしながら言っていると――
隣にいる姉妹が料理を言い出す。
「この肉の唐揚げと腸詰め、串焼き――」
「エビの揚げ物、魚介のスープ、焼き魚、野菜盛り合わせを――」
ライナとルゼリアは食べたいものを欲望のままに注文していた。
(まだそんなに食べるのか……屋台でそれなりに食べたはずだったんだがな……)
食欲旺盛な二人を見ながら呆れていた。
セディオスの腹は五分目まで達しており、酒が飲めれば十分だった。
ひとしきり注文が終わると、酒が先行で並び始める。
セディオスは大麦の酒、ルゼリアはブドウ酒、ライナは柑橘酒を手に持っていた。
「それじゃ~、乾杯!」
セディオスの号令とともに、三人は木の盃を同時に掲げ、軽く当てる。
コンッという音が鳴ると、三人はそのまま盃を口に運んだ。
二週間の旅では酒は持ち込んでいなかったため、久々の飲酒であった。
ゴクゴクと喉を鳴らし、胃へ流し込んでいく。
「ぷはぁ~、ご無沙汰の味だ!」
「ふう~、よい酸味ですね!」
「甘くておいしい~!」
甘美な味が口を満たし、ほんのりと高揚感が出てくる。
「ルゼリア、ライナ……わかっているな?」
セディオスが確認するように二人の名を呼び、察してほしいことがあった。
「泥酔しないように気を付けます……」
「酒に飲まれないようにします……」
ルゼリアとライナはフォルネアの三人だけの宴で酔っ払い、セディオスとリゼルの関係を糾弾していた。
酔いに任せ、セディオスを”浮気者”と言いたい放題し、翌日には二日酔いでひどい有様だった。
最後はすべてセディオスが対処していた。同じ轍はもう嫌だと思うセディオスであった。
ルゼリアとライナはしっかりと反省しており、申し訳なさそうな顔で飲みすぎないことを宣言していた。
「反省しているなら問題なしだ」
「お、料理が来たな!」
先ほど注文したたくさんの料理が卓に並ぶ。
肉やエビの揚げ物、腸詰、串焼き、スープ、野菜に魚など、本当に大量だった。
それでも特別席の卓は大きく、すべてが並び終わる。
ルゼリアとライナは目を輝かせ、自身の好物を小皿に乗せ、口に入れていく。
相当おいしいらしく、顔を緩ませ、口に運ぶ手が止まらない状態であった。
「どれ、俺も少しつまむか」
酒優先のセディオスは、二人だけで選んだ料理を一、二個ずつ小皿へ移して、ちょっとずつ食べていた。
そうこうしているうちに、正面の舞台が騒がしくなった。
店主のナミスケが拡声術具を手にし舞台に上がる。
「本日もご来店ありがとうございますでやんす!」
舞台からの声に酒場にいた客がすべて静かになる。
先ほどの喧騒が嘘であったかのように静まり返っていた。
「時間なりやしたので、名物の歌姫クリシュニアに登場していただくでやんす!」
ナミスケが術具で増幅した声で宣言すると、栗色で長髪の少女が、舞台袖から中央へ歩んでいた。
ナミスケは歌姫に拡声術具を手渡し、入れ替わるように舞台袖に入っていった。
クリシュニアの所作は自信がなさげであり、オドオドしているようでもあった。
本日も満席の店内を見渡し、心なしかアワアワしているようにも見えた。
その際に、クリシュニアがセディオスらに気づく。
特にルゼリアとライナの二人に興味があったようだった。
一瞬だけではあったが、間違いなく視線が交差していた。その瞳は、顔ではなく“内側”を覗き込むようだった。
「……目が合いましたね。彼女とは初めてのはずですが……」
「なんだろうね? どこかで会ったのかな?」
ルゼリアとライナは顔を見合わせて言う。
「後で聞いてみるか……だが、本当に歌姫なのか? 小刻みに震えているような……」
セディオスは歌姫クリシュニアを見ながら、そのままの感想を言う。
ほどなくして――
舞台後方、天幕ごしに伴奏が奏でられる。行進曲に似た心が盛り上がる調べが流れ始める。
その瞬間、舞台の上でカンッ!と床を踏みしめる甲高い音が鳴る。
先ほどまで自信を持ち合わせていなかったクリシュニアが足を肩幅に開き、拡声術具を構えていた。
そして、左手を胸に当て歌いだす。
「♪♪♪♪♪! ♬♬♬♬♬――!!」
力強く、雄々しく、けれども可憐さを忘れていない歌声が舞台の中心から響きだしていた。
それは先ほどまでのクリシュニアと違い、自身に満ち溢れていた。
客たちは歌声に合わせ、手や食器を叩き、店内は熱情や高揚感で満たされていく。
理由もなく胸が熱くなる――そんな違和感を、誰も疑おうとしなかった。
盃の縁を握る指に、知らず力が入っていた。
「おお! これは凄いな!」
セディオスは先ほどまでの少女とは思えない、別人を見るかの目つきで驚愕していた。
隣の姉妹は熱狂に乗せられていた。
ライナは頭の上で手拍子をし、ルゼリアは首を軽く振っていた。
数日前にエクリナらを魅了した歌声は、見事に三人の胸を射止めていた。
「はははッ! いいぞ!」
セディオスも店内の熱情に身を任せることにした。
他の酔客と同じように歓声を上げていく。
それを見たルゼリアとライナも負けじと場の盛り上げに貢献していく。
歌姫は三曲を歌うと小休止を取るため袖に入る。
その背には、「よかったぞ!」「次の頼むぞ!」と客たちの声援が轟いていた。
盛り上がる店内は、客たちの歓談に戻る。それでも熱狂は冷めず、喧騒はさらに激しくなっていた。
「すごかったねぇ~!」
「ええ、素晴らしい歌声でした!」
ひとしきり騒いだ二人は、喉の渇きを潤すために酒をあおっていた。
「この店が人気なのも、うなづけるな!」
セディオスも高揚し、グビグビと酒を飲んでいた。
周囲と同じく盛り上がる三人。
すると――ひとりの外套姿の女性がそばに寄ってきた。だが、誰も呼んではいなかった。
「す、す、す、すみません……あのあのあの!」
栗色の前髪で目が隠れている少女はオドオドしつつ、どもりながら声を掛けてきた。
その声に振り向く三人はすぐに気づいた。
先ほどまで舞台で歌っていたクリシュニアであった。
「あああ、や、やっぱり似てますね……ま、魔力波長が……」
クリシュニアはライナとルゼリアを見つめ、どもりながら言う。
「「「!?」」」
セディオス・ルゼリア・ライナは驚いた。
普通の人間は魔力波長を感知できない上に、”似ている”と言われたからだ。
その発言に警戒し、戦具を出そうかと迷っていると――
「ち、ち、ち、違います! そのそのその!!」
三人の目に殺気が宿ったのを察したクリシュニアは、何とか否定したがそのあとの言葉が続かなかった。
挙動不審に手を動かし、アワアワしている少女を見て警戒を解く三人。
「わかった、わかったから! 落ち着いてくれ……」
セディオスは、激しくオドオドしている歌姫をなだめていた。
「それで、小休止の最中、どうされましたか?」
ルゼリアがクリシュニアに疑問を投げかけていた。
「さっきの歌、よかったよ!」
ライナは折角と出会えたとばかりに感想を述べていた。
「は、は、は、はい! あ、あ、あ、ありがとうございます!!」
同時に二人に声を掛けられ、クリシュニアは少し混乱していた。
深呼吸する給仕姿の歌姫。
「す~は~、す~は~」
少し落ち着いたらしく会話を再開するクリシュニア。
「えと、えと、えと……こ、こ、こなた、お客様が見知った方と似たような魔力波長だったので、お、お、お話してみたいと思いまして……」
クリシュニアは古風な一人称で己を指す癖があるらしい。――「こなた」とは、彼女自身のことだ。
三人に近づいた理由を説明する。
「「「……」」」
思案する三人、魔力波長が近いということは神造生命体の誰かということになる。
そして、最近この店に来た神造生命体と言えば、思い当たるのは二人だけであった。
「もしかして、ティセラ、もしくはエクリナと言う名か?」
セディオスは思い当たる方から並べていた。
「そ、そ、そ、そうです! エ、エ、エクリナさんです! テ、テ、ティセラさんにもお会いしてます!」
出された名前に反応し、声を上ずらせながらもなんとか答えるクリシュニアだった。
「エクリナと知り合いなのですか!」
「王さまと知り合いなんだ!」
「そうなのか、意外だったな……」
エクリナ自ら友人を作っていたことに少し驚く三人であった。
家族は寵愛するが、自発的に交友関係を広げるつもりがない王の行動は意外そのものであった。
クリシュニアがエクリナの道中でできた友人であることを理解したルゼリアとライナは、エクリナを共通の話題として会話を始めていた。
それは舞台の小休止の時間が終わるまで続いた。
にぎやかに雑談をするルゼリア・ライナ・クリシュニアを見やり、ほほ笑むセディオス。
(エクリナに友か。いい旅をしているようだな、良かったな)
エクリナたちの旅路をなぞるセディオスらは、王の成長を感じていた。
喧騒がこだまし、さらに熱を帯びていく店内、宴は夜更けまで続いた。
次回は、『5月21日(木)13時ごろ』の投稿となります。
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