◆第24話:新天地へ ――協力という名の家族の形◆
当日、早朝の館。
ルゼリアの描いた魔法式の配置図が、広間の机いっぱいに広げられていた。
「空間重心をずらすための補助陣は、ここからここまで。総数で十二ヶ所、全周囲に設置します」
「うん……なるほど。距離と配置、だいたい頭に入ったよ」
ライナが配置図を覗き込み、真剣な顔でうなずく。
隣ではティセラが魔導術具を並べて、最終調整に入っている。
「制御核の安定性、向上させておきますね。これなら、少しの誤差にも耐えられるはずです」
「はい、それでお願いします。式の展開は私の方で主導します」
「我は中央制御陣に魔力を流し、全体の統括も行うとしよう」
セディオスはそんな四人の間を軽やかに行き来し、差し入れの軽食と水を配る。
「はい、クッキー追加。ルゼリアにはハーブティーもあるよ」
「ふむ、助かるぞ」とエクリナが笑顔をこぼす。
「ありがとう、セディオス」とライナが礼を言う。
誰もが持ち場をこなし、何も言わずとも呼吸を合わせる――
その姿は、まさしく“家族”としての在り方そのものであった。
◇
昼頃――
ライナとセディオスは共同で館の外壁を回っていた。
「配置図的にはここだな」
セディオスが図面を見てライナに告げる。
それを聞いたライナは、《次元重層収納ミディア・アーカイヴ》から『ディメンション・リアロケート』の補助端末を取り出す。
それを外壁に押し付けると、「ガガガッ」と端末の側面からトゲが伸び、外壁に突き刺さる。
外装にはめられた魔晶が、淡く点滅を始める。
「うお!こんな感じで付くんだ……」
初めての設置ということもあり、驚くライナ。
「ほう、これで設置は完了らしいな」
ティセラから渡されたメモを見て確認するセディオス。
「あと十一個だね、行こ」
残り数を確認し歩き出す二人。
「あのね……セディオス……」
言いづらそうに声を掛けるライナ。
「ん?どうした?」
聞くセディオス。
「こんなことになってごめんね。あの時は、なんか……その……ね」
言葉にならない思いを、どうにか口にしようとするライナ。
「気にすることなんてないさ。まあ、エクリナは怒っていたが、姉妹喧嘩なんて普通だ」
「その結果が、引っ越しだとしても問題は無いよ」
「最近エクリナが『賊が多い!』ってぼやいていたからな。引っ越しはちょうどいいだろう」
セディオスは穏やかにライナに告げる。
「でも、王さまの大事な日常を壊しちゃったし……」
自身の行いが周囲の迷惑になっていることを自覚し、自責の念が強いライナ。
「確かにそうだな」
セディオスは静かに同意する。
それを聞いたライナは「ビクッ」と肩を震わせた。
「それを自覚したのだからいいんじゃないか?それにエクリナが本当に好きなのは『家族』がいる日常だ」
「しっかりとした成長を見せればいいんだよ」
セディオスは続けていった。
「そうなんだ……」
「ねえ、セディオス。どうしたら『成長』って見せられるかな?」
セディオスを見て聞くライナ。
「それは……分からないな!」
あっさり回答を放棄するセディオス。
「ええ~!セディオスでも分からないの!?」
いつも頼りになるセディオスが回答を持ってないことに驚くライナ。
「ははっ!俺だって『成長』の途中だし、そもそも内面の成長は見た目じゃ分からないんだよ」
「だから、今みたいにできることをして『今の自分』を見てもらおう」
自身の気持ちを吐露するセディオス。
「うん、分かった! ありがとうセディオス!」
セディオスの言葉に励まされるライナ。
そんな彼女の横顔を見ながら、セディオスは心の中で苦笑する。
(俺だって、エクリナたちの前で胸を張っていられるほど、成長しきれているわけじゃないさ)
「ああ、一緒に頑張ろう! お、そろそろ次の設置場所だな」
「うん! 僕……王さまの役に立てるように頑張るから!」
二つ目の設置場所にたどり着く二人。
ライナは少しだけ、元気になっていた。
* * *
同じ頃――
ルゼリアとティセラは居間で『ディメンション・リアロケート』の補助端末の最終調整を行なっていた。
端末に刻まれた魔法式の確認を一つ終えると、ティセラをちらちらと伺うルゼリア。
「ティセラ……その……先日は申し訳ありませんでした」
隣で端末に魔力を込めているティセラへ声を掛ける。
「ふふ、いいんですよ。まあ、庭は焼き尽くされ、抉られ、おまけに外壁が破壊されましたけど♪」
意地悪く言うティセラ。
「うっ……本当に申し訳ないです……」
謝ることしかできないルゼリアだった。
「あ、冗談ですからね!もう、ルゼリアは真面目過ぎるんですから……」
「でも、それがいいところじゃないですか」
作業の手を止め、ルゼリアへ向くティセラ。
「今回、私はライナの気持ちを理解してあげられませんでした。あんなに『姉』と言ってくれるのに私は……」
自身の至らなさを嘆くルゼリア。
姉として慕われている以上、求めに応じられなかったのは、非常につらかったようであった。
「……ルゼリアにも『姉』がいるじゃないですか。頼れる『王様』が」
「相談しても良かったと思いますよ……」
ティセラは、まるで当たり前のことのように言った。
「いえ!あのような些事……王を頼るわけには……」
ライナとの諍い自体を『些事』と言い退けるルゼリアであった。
「わたしには重要な『家族』のことだったと思います。エクリナが怒ったのは……きっと、そういうところなのだと思います……」
と優しく、しかし鋭く言うティセラ。
「ぐうっ……そうかも……しれませんね」
「王……エクリナは私にとって、命の恩人であり、師であり、憧れです。迷惑を掛けたくないと思いすぎたのかもしれませんね」
「頼りたいのに、頼ることを自分で禁じていたのは……私の方だったのかもしれません」
なんとなく理解したルゼリア。
「ええ、エクリナは『家族』を大切にします。今度は相談しましょうね、ルゼリア姉さん♪」
ティセラはからかうように言った。
「ふふ、そうですね。ただ、ティセラ、今のは悪乗りが過ぎてませんか?」
同意しつつ窘めるルゼリアであった。
扉の陰からこっそり様子をうかがっていたメイド姿のエクリナは、その場からそっと離れた。
離れ際、小さく口元がほころんだことに、本人も気づいていなかった。
◇
夕暮れ。
全ての準備が終わり、庭に集まる五人。
そこには巨大な魔法陣が描かれており、中央には《魔杖アビス・クレイヴ》と《魔盾盤ヴェヌシエラ》を携えた『魔王』が立っていた。
館の周囲に設置された十二の魔導術具が、淡く輝きを放っていた。
「全周囲、展開完了。制御端末も接続済みだよ!」
ライナが最後の接続を終えると同時に、空気が震え始めた。
「中央核、術式起動まで十秒……」
ティセラが静かにカウントを始める。
「……皆、我が声に従え。これより……空間跳躍を行う!」
エクリナが手を掲げると、術具が連動して蒼い光柱を放ち始めた。
天まで届くかのように伸びていく。
ズ、ズズンッ!
外壁に設置した十二個の補助端末が、大地を丸ごと抉り取っていく。
転送される領域が、世界から切り離されていく。
ゴゴゴゴゴ――!
「うわ!」「皆気を付けろよ!」「大丈夫なはずです!」「落ち着きましょう!」
体験したことのない大地の揺らぎに浮足立つ四人。
転移魔法を制御しているエクリナだけが、落ち着いていた。
深く集中している。
バッチーーンッ!
大地が脈動し、空間がねじれる音が響く。
「この一歩は、我らの新たな日常への一歩でもある。恐れず、胸を張って進め」
「さあ、行くぞ! ディメンション・リアロケート、発動!」
術式が炸裂する――
まるで世界の“断片”が切り離され、ふわりと浮かび上がるような感覚。
視界が反転し、音も感覚も数秒間消える。
そして――
バッシーンッ!!
大地が鳴り、浮遊感がなくなる。
鳥たちが飛び立ち、獣たちの鳴き声がそこかしこから聞こえる。
だが、それはすぐに収まった。
「……成功、ですかね?」
と、ティセラがおそるおそる呟き、空間の静寂を破った。
庭から外へ出ると、そこには――
深緑の森と、水のせせらぎが響く静かな大地。
澄んだ空気が肌に触れ、どこまでも青と橙が織り交じった空が広がっていた。
少し離れたところには大きな湖や草原が見えた。
「空間座標、完璧です。転移誤差もありません。ここにあった大地とも、しっかり融合できています」
ルゼリアが術具を確認しながら報告する。
「すっごい……本当に、誰もいない」
ライナが目を丸くして辺りを見回す。
人の気配はまったくない、まさに“誰にも邪魔されない場所”。
「いいところじゃないか。これぞ隠居生活にぴったりだな」
セディオスも気に入ったようであった。
「ふむ、悪くない」
エクリナは静かにうなずき、風に髪をなびかせながら言葉を重ねた。
「この地を、我らの新たな居城の地とする。ここから再び始めよう。平穏と……もし来るならば、嵐と共に」
彼女の言葉に、誰もがうなずいた。
前代未聞の大引っ越しは成功に終わりを告げた。




