38.新しい討伐仲間
セルフィシュ国のカルヴィン第一王子は、ルシールより小さな男の子だった。
――当たり前だ。
彼はルシールより二つ年下の14歳なのだ。
ルシールはこの秋休み中に誕生日を迎えて17歳になってので、正確には三つも年下になる。
通信機で話を聞いた時は、確かに男性にしたら少し声が高めに感じたが、話し方があまりに落ち着いていたので、まるで年上の人と話しているように感じていた。
でもこうして姿を見ながら話すと、やっぱり弟みたいに可愛らしく感じてしまう。
ルシールは一人っ子なので、弟はいないのだが。
そしてカルヴィン王子の横手のソファーに座っているのが、通信機で最初に少しだけ挨拶をした、カルヴィン王子の側近ライナートという者だった。
彼もまた若く、20歳らしい。
――20歳には見えず、もっと年上に見えるくらいに、雰囲気からして落ち着いた大人に見える。
ちなみにエルノノーラも20歳になったところらしい。
エルノノーラは黙っていると年相応に見えなくもないが、話すとかなり幼くみえる。
ルシールの前では大人っぽく振る舞おうとしているのが分かるので、ルシールもエルノノーラをなるべく大人扱いするように心がけている。
――これはここまでの移動の旅の中で気づいた事だった。
そして。
チラリとライナートの向かいの、横手のソファーに座る男性を見た。
ソファーに座っていても分かるくらい、背が高い彼は勇者レオだ。
長い足を持て余すように、ソファーで組んでいる。
黒髪黒目の彼は、前世で馴染みのある色で、親近感を持てた。
――第一印象では。
21歳という、この部屋に集まる中で一番年長であるレオは………「子供」だった。
「ルシールちゃん、魔法使って見せてよ。俺、魔法って見たことないんだ。あれだろ?四次元なポケットみたいなヤツ使うんだろ?いいな〜」
『四次元なポケット』
あの国民的アニメのアレを指すのだろう。
その言葉で、勇者レオもまた転生者だと気づく。
「何言ってんだコイツ」という冷たい目を勇者に向けるカルヴィン王子とライナートは違うようだが。
だけどレオに「転生者ですか?」とルシールが聞くことは、これから先もないだろう。
何というか、レオは面倒くさい空気をまとっている。
「ねえねえ、どうして聞こえないフリするわけ?ルシールちゃんって、エルと同じくらい冷たいよね〜」
エル。――レオが呼ぶエルノノーラの事だ。
意外な事に、エルノノーラとレオは恋人同士だった。
言動には問題ありそうだが、確かにレオも勇者に相応しく格好がいい。
顔も整っているし、背も高く体格もいい。
二人が黙って並んでいれば、お似合いの恋人達に見えるだろう。
だけど「恋人」と言うには、エルノノーラの態度は冷めたものだった。
コホンとカルヴィン王子が小さく咳払いする。
「ルシール嬢。勇者レオの話ではないが、もし良ければ魔法を見せてもらえないだろうか。ルシール嬢の魔法を疑う訳ではないが、好奇心を感じてしまってね」
「あ、はい。先ほどもお話したように、私の魔法は微弱なのですが。それでもよろしければ」
そう言ってルシールは、カバンをゴソゴソしてマシュマロを取り出した。
『マシュマロ?』
カルヴィン王子とライナートとレオが不思議そうに見つめる。
ルシールはマシュマロに、同じくカバンに入れていた竹串をプスと刺して、火の魔法で焼きマシュマロを作り、「はい」と王子に手渡した。
次にまたプスとマシマロに竹串を刺して、二個目の焼きマシュマロを作ってライナートに手渡す。
三個目を勇者レオに、四個目をエルノノーラに、最後に自分の分を焼く。
あちちと言いながらマシュマロを食べて顔を上げると、皆の視線はルシールに向いていた。
「あ、おかわりですか?焼きマシュマロ、美味しいですからね。これをクッキーに挟んでも絶品ですよ」
いそいそとマシュマロを取り出そうとするルシールを、カルヴィン王子が止めた。
「いや、十分にご馳走になった。……他の魔法はどうだろうか」
「あ。じゃあ風の魔法を。熱いものを食べましたからね」
そう言ってそよそよとカルヴィン王子の前髪を揺らした。
「ルシール嬢。出来れば討伐に関する魔法を見せていただければと思うのですが」
そうライナートに声をかけられ、ルシールは快く頷く。
そしてテーブルの上に、いつもより小さな泥兎を一羽生み出した。
ピルピルピルピルと小さく泥兎が震える。
「これは……?」
ライナートが静かに尋ねる。
「泥兎です」
「泥兎?」
「はい。外だともう少し大きくて、三羽出せるんですけどね。部屋の中では、これが精一杯なんですよ」
「どのように討伐に関わるのでしょうか」
ライナートが尋ねる。
「飛びます」
「飛ぶ?」
「はい。飛んで相手にぶつかります」
「どのくらいのダメージを与えるものでしょうか?」
更にライナートが尋ねる。
「服を汚します」
「……そうですか。服を」
ライナートとルシールのやり取りに、エルノノーラは震えた。
どう見ても王子は、光魔法の事を指していた。
先ほどまで魔王討伐と光魔法の関係を話していたからだ。
それを火の魔法でマシュマロを焼き、風の魔法でそよ風を送り、泥兎まで生み出してみせた。
『どうして?どうしてそんなに可愛いのよ!マシュマロを焼いて見せるにしても、食べやすいように竹串に刺してるし、全員分も焼くなんて!
それにあの感情ゼロの陰湿なライナートまで黙らせるなんて、最高過ぎるわ!私のルル様……!!』
エルノノーラは今日も心臓を撃ち抜かれて、痛いくらいだった。
胸に震える手を当てて、目をギュッと目を瞑る。
そんなエルノノーラを、カルヴィン王子とライナートは静かに見つめていた。
『エルノノーラがこれだけ浮かれているのは、おそらくルシール嬢が、エルノノーラのおかしな妄想の聖女像に当てはまったのだろう』
――そう見当をつける。
もしそういうことならば。
『ルシール嬢は、今まで散々聞かされてきた、あり得ない人物像という事か』
初対面にも関わらず、二人は聖女ルシールを理解できた気がした。
その横で勇者レオが騒ぐ。
「ちょっと〜ルシールちゃん!泥蛙、こっちに飛んで来たし!俺、蛙嫌いなんだよ〜。なんかツヤツヤしてて嫌なんだよ〜」
ルシールが訂正する。
「レオ様、蛙じゃなくて兎ですよ」
「え〜ピョンピョン跳ねてんじゃん。…わ!また飛んだ!」
残念そうにルシールが呟く。
「レオ様……勇者様なのに……」
「え〜勇者だって蛙は嫌いなんだよ〜。もうマジで早く消してよ〜」
王城で、初めての顔合わせと共に開かれた魔王討伐会議は、緊張感なく終わっていった。




