39.魔物レオ
結果を言うと、ルシールの光魔法はカルヴィン王子の期待に添えた。
ルシールが浄化魔法をかけた勇者レオの剣は、とてつもない威力を見せているらしい。
浄化魔法をまとった剣。
それを『聖剣』とカルヴィン王子は呼んだ。
その聖剣の実験初日、討伐から帰ってきたレオは、興奮した様子で皆に成果を報告した。
魔物にスッと剣を振るだけで、魔物が消し去られたらしい。面白いくらいに討伐が進むので、いつもの五倍は魔物を倒せたようだ。
「いや〜マジ驚いたし。本当にスッって剣を振っただけで消えちゃうんだぜ?もう面白くてさ、スイスイ消し去っちゃったよ」
そう言って爽やかにレオは笑った。――血みどろの格好をして。
白っぽかった討伐用衣装は、赤を通り越してどす黒くなっている。
黒い髪、黒い瞳、黒い衣装。顔には血飛沫が飛んだのか、黒い模様が点々とついている。
そんな様相で笑う彼こそが魔物のように見えた。
笑う魔物レオの姿を見て――ルシールは泣いた。
怖かった。
夢に見てしまいそうだった。
怖くて魔物となったレオの姿を見たくないけど、身体が固まって動けず、視線を逸らす事も出来なかった。
泣き声をあげる事も出来ず、ただ震えて涙を流すルシールを見て、エルノノーラはレオを殴り飛ばした。
そこからルシールは熱を出して寝込み、三日三晩泣きながらうなされた。
少しでも一人になる事が出来なくなって、カルヴィン王子の護衛だったエルノノーラは、ルシールの護衛となってずっと側に付いてくれる事になった。
エルノノーラが訓練中の時は、カルヴィンの執務室に居させてもらい、図書室から本を借りて、部屋の隅のソファーで大人しく座っている。
一人になると震えて涙が止まらなくなってしまうのだ。
今もカルヴィンの執務室に座って、静かに料理の本を読んでいるところだ。
そのうちまた勇者レオがルシールを探してこの部屋にやって来るだろう。
勇者レオは聖剣の浄化魔法が切れると帰ってくる。
ルシールの浄化魔法はやっぱり微弱なので、一日持つことがない。
それでも一回の浄化魔法で、以前の五日分の魔物を倒せる所まで効力は持っているようだ。
『聖剣の効力が切れた時をキリのいい所として、その日の討伐を終えればいいのに』
そうルシールは思うが、勇者レオは討伐マニアだった。
よほど魔物を討伐するのが楽しいのか、聖剣の効力が切れる度に一日に何度も帰ってきて、嬉しそうな顔をして浄化魔法をねだってくる。
『今日もそろそろ帰って来そうだわ』
そう考えて、ルシールはフルリと身を震わせる。
勇者レオは、討伐マニアであり――魔物殺戮マニアだった。
レオは「魔物にスッと剣を振るだけで、魔物が消えちゃう」と話しているが、その表現は間違っているとルシールは思っている。
「魔物が消える」と聞けば、「魔物が霧のように霧散する」とイメージするだろう。
本当に「消える」と言うなら、あんなに血みどろになる訳がないのだ。
きっと魔物は血飛沫をあげながら、姿をとどめないくらいに切り刻まれているはずだ。原形をとどめていないから、「消える」とか適当な表現をしているのだろう。
現にカルヴィン王子もライナートもエルノノーラも、ルシールには「魔物は復活することはない」と表現している。
勇者レオは魔物レオでもあるのだ。
あまりにルシールが怯えるので、
〈聖女ルシールへの面会時は、必ずその前にシャワーを浴びて身を清めること。服や剣などの道具も然り〉
レオ対策に、カルヴィン王子はそんな法を作ってくれた。
レオは注意したところで聞かないからだ。
法律の下で裁いてもらうのが一番効果が見られるのではないかと期待されての事だった。
「ルシール嬢、何か困った事はないか?」
ルシールが勇者レオの事を考えていると、カルヴィン王子から声をかけられた。
ルシールは考えるまでもなく答えた。
非常に困っている事がある。
「あの……レオ様が討伐した獲物の一部を切り取って持って帰ってくるんです。昨日は指を自慢げに見せてきました。洗ってはあるんですけど、洗っていても怖いんです……」
ルシールは昨日を思い出してブルリと震える。
そう。勇者レオは、必ず獲物を見せてくる。
「いらない!」ってルシールに怒られて、いつも残念そうな顔を見せるくせに、また次の討伐に出ると次の獲物の一部を持って帰ってくる。
法律があるせいかきれいに洗っているのだが、そんな問題じゃないのだ。
血がついていなくても、怖いのだ。
きっと今日も何かを持って帰ってくるに違いない。
顔を暗くして俯くルシールに、カルヴィン王子は落ち着いた声で言葉をかける。
「勇者レオには注意しているのだが……。彼は本能で動く者だから、注意してもすぐに忘れてしまうのだろう。さすがにルシール嬢に会う時は、身ぎれいにしてくるようだが。
勇者レオは子供だからな。討伐の証拠を見せて、ルシール嬢に褒めてもらいたいのだろう」
「私、レオ様を絶対に褒めてなんてあげない、って決めてるんです」
「賢明でしょう」
ライナートが書類に目を通しながら、冷静に言葉をかける。
コンコンコン。
その時、執務室の扉がノックされた。
『勇者レオが帰ってきた!』
ルシールは反射的に立ち上がり、ライナートの座る椅子の後ろに素早く移動する。
今この部屋にいる中では、勇者レオより強い者はライナートだ。
カルヴィン王子はもちろん一番身分の高い者だが、レオは権力なんて恐れないし、王子の言葉も響かない。
しかしライナートは違う。
氷のような冷ややかな目で勇者レオを見つめ、冷たい声でレオに罰をくだす。
ライナートがレオに「始末書を書いた後に、この書類を読んでレポートにまとめなさい」、そう処罰を言いつけるだけで、レオを黙らせる事が出来るのだ。
勇者レオ対策にはライナート。
それがルシールの発見だった。
「ルシールちゃん、帰ったよ〜。ほら見てよこれ!さっき取ったばかりの魔物の尻尾なんだ。今ならまだビチビチ動くんだよ〜。活きが良くて面白いだろう?」
勢いよく扉が開いて勇者レオが嬉しそうに入室してきた。
「ヒッ……!」
咄嗟にライナートの椅子の後ろでしゃがんだので、その「活きのいい尻尾」は見ていないが、弾むように話すレオの言葉が恐ろしい。
しゃがみながらルシールはブルブルと震える。
「勇者レオ。始末書とレポートを書かされたくなかったら、今すぐその尻尾を処分して、手を清めて出直してきなさい」
氷のように冷たいライナートの声が勇者レオに向けられる。
「え〜〜〜せっかくルシールちゃんに見せるために、綺麗に洗ってきたのに〜〜」
「早くしないとレポート二倍にしますよ」
「……チッ!」
舌打ちをしたレオが部屋から出て行く気配がする。
ルシールはホッとして、止めていた息をはぁとはきだした。




