37.辛辣な言葉
秋休みに入って、ちょうど二週間が経っている。
そろそろネネシーがルシールを迎えに来る頃だ。
本当は直接会って事情を話したかったが、ネネシーはすでにクレイグの領地を出ているかもしれない為、手紙を学園寮の受付に託すことにした。
魔王討伐は秘密にされている訳ではないが、それでも隣国事情を軽々しく手紙に書くことは出来なかった。
ネネシー宛に出しても、いつも側にはクレイグがいるし、クレイグの領地でどんな噂になるか分からなかったからだ。
クレイグは優しい人だと分かっているが、ネネシーと恋人同士になってからは特に、挨拶以外に言葉を交わした事はない。三人で一緒にいても、クレイグはネネシーしか見ていなかった。
クレイグにとってルシールは、「愛する恋人の友人」というだけで、「クレイグの友人」ではないだろうと思っている。
そんな距離感の彼に、他国の事情を「手紙」という残る物で知られていいものか分からなかった。
だからたとえクレイグが手紙を読んだとしても、差し障りのない内容を綴る事にした。
『 ネネシー・トロバン様
事情があって隣国に向かう事になりました。
とても良い子が護衛に付いてくれるし、危険は全くないので心配しないでください。
すぐに帰ると思うけど、もしかしたら長引くかもしれないので、部屋の私の荷物は持っていきます。
秋休みが終わっても帰らなければ、私の事は気にしないで他の人との相部屋を申請してください。
詳しい事情は、直接会った時に話しますね。
クレイグ様が側にいるので安心です。
クレイグ様とお幸せに。
ルシール・オルコット 』
ネネシーには、そう簡潔に手紙を書いた。
両親にも魔王の話は伝えられない。心配をさせてしまう。
両親には、友達になった女の子に、隣国旅行に連れて行ってもらう事になったと書いていた。
フィナン宛の手紙に書く内容には迷った。
フィナンは唯一、ルシールの寂しさに気づいてくれた人だ。
秋休みの始めに、偶然街で出会ったルシールを心配して、フィナンの領地にまで誘ってくれた。
それに、クレイグの領地の収穫祭にも来てくれると言ってくれて、その言葉に少し救われる思いにさせてくれた人だった。
そんなフィナンには、ちゃんと説明をしておいた方が良いように感じられた。
彼ならば、手紙の内容を誰かに話したとしても、きっと信用出来る人だけに話すだろうと思うから、彼からクレイグに話す事になっても、それなら大丈夫と安心が出来た。
だからフィナン宛の手紙には、隣国で魔王討伐の手伝いをする事になった事情を打ち明ける事にして、詳しい成り行きを書き綴った。
秋休み初日にフィナンに会って以来、学園の誰ともお喋りする事が無かったので、誰かに自分の事を話しておきたかったのかもしれない。
手紙の最後に、
『領地に誘ってくれてありがとうございます。私を気にかけてくれた事、本当に嬉しかったです』
そう感謝の言葉を書き添えた。
手紙を書き終えて、両親とフィナン宛の手紙を、寮のポストに入れる。
それからネネシー宛の手紙を受付に持って行こうとした時――ルシールは一人の男性に呼び止められた。
側に付いていたエルノノーラが、さりげなくルシールの前に立つと、その男性は、クレイグからの使者を名乗った。
ネネシーの代わりに、ルシールを迎えに来てくれたらしい。
使者から受け取ったネネシーからの手紙を読み終えても、手紙を見つめたままのルシールに、エルノノーラが尋ねた。
「手紙には何と書いてあったのですか?」
「あ。これは同じ寮室のネネちゃんからなんだけど、ここに来れないのは討伐が長引いているからだって。
もうすぐ討伐は終わるって書いてあるけど、私に気を使っての言葉だと思うわ。
大変な時に図々しくお邪魔する事なんて出来ないし、どちらにしても行けなかったなって思ってたの」
「ああ……そういう事ですか。まあ、長い討伐が必要な地は、それだけ危険があるという事ですからね。行かなくて正解ですね」
エルノノーラが頷く。
「危険な場所」と聞いて、ルシールは少しネネシーの事が心配になった。
ネネシーにはクレイグが付いているから危険はないはずだが、「万一の事があったら」と不安になった。
ルシールは、自分の首にかけていたネックレスを外した。
そのネックレスは、秋休みに入ってから街で見つけた物で、デザインが可愛くて一目惚れして、『自分への誕生日プレゼント』として買った物だった。
それを手に持って、クレイグの従者に声をかけた。
「あの、このネックレスに浄化魔法と治癒魔法をかけるので、これをネネちゃんに渡してくれませんか?」
そう言ってネックレスに微弱ではあるが、精一杯の魔法を込めた。
キラキラと輝く上品な光が、ネックレスを包み込む。
その様子を見ていたエルノノーラが、感嘆の声をあげた。
「なんて綺麗なの……!! ルル様の光の魔法のネックレスだなんて!なんて、なんて羨ましい………!ルル様のネックレス……!!」
エルノノールがあまりにも羨ましそうに食い入るように見つめるので、ルシールはそっとネックレスをエルノノーラに差し出した。
「あの……どうぞ」
「よろしいのですか!」
エルノノーラの顔が輝く。
「うん。ネネちゃんには、ワルツさんの防衛魔法のネックレスを渡してもらうから。ワルツさんは凄腕の魔法使いなんですよ。
ネネちゃんも同じ物を持っているけど、一つより二つある方が心強いと思うの」
「防衛魔法ですか。ルル様は私がお守りするから、もう必要はないですね。安心してお渡しください」
浮かれたようにエルノノーラが勧める。
ワルツのネックレスは、以前はずっと身につけていたが、ネネシー達が恋人になってからは、クレイグの屋敷に行っても以前より距離を感じられた。
だからネックレスを首にかけることはせず、カバンの中で持ち歩く事にしていたのだ。
ルシールはカバンからワルツのネックレスを出して、クレイグからの使者に手渡した。
「ネネちゃんには、クレイグ様から素敵なネックレスがたくさん贈られていますから。
きっとワルツさんのネックレスの方が、効果も価値もあると思うのです」
使者は微妙な顔をしていたが、ネックレスを受け取ってくれた。
浮かれたエルノノーラが、饒舌に話す。
「いちゃつく恋人同士と一緒にいても、面白くも何ともないですしね。そんな奴等は見せつけたいだけのバカップルだと相場が決まっているものです。
きっと相手も二人きりで過ごしたいでしょうし、行かない方がお互いのためというものですよ」
――なんて辛辣な言葉だろう。
ルシールは慄く。
しかしそれは真実だ。
いちゃつくクレイグとネネシーの姿は見ていられなかったし、確かにあれは見せつけられてると言ってもおかしくはなかった。
さらに辛辣な言葉は続く。
「だいたい。あの部屋を見れば、ルル様の現状が見えますよ。二人で使う部屋だというのに、キッチンまでもプレゼントで埋め尽くすなんて、どんだけ愛に狂った野郎共なんですか?
まあ男が出来ると、友情なんて簡単に破綻するものですけど、あの部屋は駄目ですね。もしこの学園に戻るとしても、私と一緒に暮らしましょう」
「あ、あの、ノノちゃん……。クレイグ様からの使者様がそちらにいらっしゃって……」
「大丈夫ですよ。ルル様に害なす野郎は、私の剣の錆びにしてやりますから」
――フフフフと笑うエルノノーラが怖い。
「わざわざお迎えに来ていただいて、ありがとうございます。私は事情あって行けなくなってしまいまして。
あの、この手紙もネネちゃんににお渡し願えますか?皆様によろしくお伝えください。では失礼します」
エルノノーラの毒舌に固まるクレイグの使者に、ルシールはネネシー宛の手紙を押し付けて、急いでエルノノーラの手を引いて学園を出た。
ルシールの手荷物は、カバンひとつで全てだ。
そうして学園を後にした。




