第四十六話 姫の覚悟
城内の訓練場につくと女王は手に持った拳銃をなでながら思いを馳せていた。
「来たわね。歴史の授業はどうだった?」
女王は立ち上がると普段通りの声で尋ねた。
「とても人の強さを感じる歴史でした。でも強い人に頼りすぎる世界はいびつだとも感じました」
そうクラルスが返すと女王はにこりと笑みを浮かべ、その表情は懐かしさに浸っていた。
「あなたはあの人に似たのね…あなたのお父様もそんな風に言って私を支えてくれたわ」
「お父様は支えられましたか?」
「ええ…あの人はあなたが生まれるずっと前に亡くなったけど私よりずっと愛情深い人だった。でもねあの人だけではないの。貴族も民衆も皆が同じ目的を持ってくれたから今の平和を実現できた。二人とも忘れないで、人には役割がある…背負う者がいれば支える者がいる。それが正しい世界なの」
女王はクラルスに拳銃を差し出す。
「私が当時使っていた銃よ。前に説明したわね」
銃を受け取るクラルスを見てレオンは嫌悪感に満ちた目で睨みつけた。
「まだそんなものを持とうと……! 自分が戦えると思っているのですか!」
激しい感情を見せて迫るとクラルスはじっと暗い目を見つめた。
「あなたが優しさを見つける方法をあの子供たちに教えた時、とても感動したの。人を見ろと言っていた時のあなたの眼はとても澄んでいるように見えたの。でもあなたの眼はずっと暗いまま…それを見過ごすことはそう感じた心に嘘をつくことになる」
「俺のことなどどうでもいい! 武器を持てば目的と大きく離れることになる!」
「これを持つのは守るため。あなたが言った言葉はレオンが持っていた善性そのもの、それを受け継いで守るためには覚悟が必要。この銃はきっと私に勇気を与えてくれる。あなただけのためじゃない……その精神性を守ることは彼のためにも必要な事!」
クラルスは拳銃に弾を込めるとその瞳に種火のような熱がともった。鋭い目つきで的を狙いすますと引き金を引いた衝撃に体が揺れた。
「訓練用の銃より口径が大きいから反動も大きいでしょう、しっかり慣れなさい」
「はい、お母さま」
言い返せなかったレオンの困惑と不安は膨張し何かを吐きそうなほど恐れがこみ上げていた。
「お手本を見せてくれない?」
差し出された銃に憎しみを覚えレオンは銃を睨んだ。クラルスはそんな相手に申し訳なさそうな声で願った。
「一発で…いいから」
断れるはずもなく、意図も考えずに戸惑いながらレオンは引き金を引き、銃弾は的をかすって後ろの壁に跡を付けた。たかが拳銃を外したことの情けなさにレオンは静かに銃を置いた。
「ありがとう……十分よ…」
クラルスは顔も見ずに銃を取った、レオンもクラルスの顔を見ずに背を向けて距離を取った。
「今日は戻っていいわ、客人の相手もしなければいけないでしょう? 気に入らないことに感情を乱すのは子供らしいけど武器の扱いを教えるには相応しくないわね。精進しなさい」
助け船を出すように女王が言い、レオンは大人しく受け入れその場を逃げるように去っていった。
「お母さまは…彼をどうしたいのです?」
「流れに身を任せるだけよ。人を良い方向に導こうとするには救い主が必要、それが現れるまで…時には待つしかないこともある。でも人の歩みは止められない、どうしたいかなんて考えてもただの悪あがき。あの子の歩みは過酷な未来に向かっている」
冷静なものの言い方にクラルスは苛立っていた。
「私の事を試しているのですか? お兄様もお母さまも……」
「願っているだけよ、皆が良い方向に向かってくれることを…」
「ロウイ、あなたが求めているようなものは簡単には手に入りませんよ。本気で手に入れるつもりなんですか? それとも嘘をついて隊長を利用して何か企んでるんじゃないですか?」
ミルバスはレオンがいないうちに尋問をしようとしていた。見張りに来ていた老婆は嘘をつく意味はないと助言するがミルバスは神経質になってでも害になりそうな要素をレオンから遠ざけたい意志があった。それが意味がないとは思うわけにはいかないのだ。
「ロウイは居るか?」
なぜかシバ達が突然部屋に入って来てミルバスは戸惑った。
「あなた達、学校はどうしたんです! まだ、終わる時間じゃありませんよ」
「んなもんさぼりだ。ロウイの事を考えなきゃいけないのに集中できねぇって。今日で外を出歩いていいか決まるんだろ? どうなんだよ」
「今から決めるところです、学校に行って授業を受けなさい! 放課後には決まります」
大人として叱るがシバ達は引かない。ミルバスを尊敬していないというわけではないが素直に聞くには厳しい試験を出されている。
「いいじゃない…話なんかすぐ終わるんだから」
「そんな言い方をするならすぐ信用させてくれるんですね?」
ミルバスはロウイに詰め寄る。
「信用?」
シバ達は不満げに言ったがロウイは話を続けた。
「信用なんかどうせできないでしょ…簡単にできるわけないよ、いいじゃない。あたしが信用してるんだから」
「なんであいつの事信用したの? 会話したこともないんでしょ?」
ファラベラのもっともな問いにロウイはいたずらに近づいた。
「命を賭けてるからさ、信用できるのはそういう人間だけ。わかるでしょ? あんたも向こうから来た人間なら」
「上っ面しか見てないあんたと一緒にしないで。人のために命を賭けられる人間だからあたし達だって本気になれんの。命を賭けてたらあんたは誰でも信用すんの?」
「あんたは幸せ者だね…若い時にそんな人に出会えるなんてさ……でもさぁ、今からだって遅くないだろ! 今度こそ幸せってやつを得てやるんだ!」
ロウイは突然感情的になり強い執着を叫んだ。その迫力に全員戸惑って黙ってしまった。その空気は扉がまた開いたことで入れ替わった。入ってきたのはレオンで悩ましげな表情をしていたがロウイ達を見ると隠すように表情を厳しくした。
「お前達学校はどうした? さっさと戻らないか!」
「今はそれより大事なことがあんの、あんたこそお姫様と勉強してる時間じゃないの?」
ファラベラに突っ込まれた瞬間の表情の変化をロウイは見逃さなかった。一瞬の苦い顔に湿度のある感情が多分に含まれていることを鋭敏に感じ取り、それこそ触れるべき心だと直感を持った。
「ロウイのことがあるから早めに切り上げただけだ。早く来たってことは何か案があるんだろうな」
言い訳ついでに話を逸らすと好都合だとローターが前に出る。
「まず街に出て、人に会わせないとどうにもならないよ」
「当てはあるのか?」
「無いなんて言ってる余裕はないよ。見つけて見返すさ」
ロウイは自分の事を話されているにもかかわらず全く聞いておらずレオンの肩に両手を置いた。
「あんたも案内してくれよ。街はあんたの方が詳しいはずだろ?」
儚げな甘えた声を出すロウイにレオンはムッとして肩の手を払いのけた。
「俺に触れるな。お前はこいつらに頼ってればいい、目的の事だけ考えろ」
睨む目つきのままレオンはファラベラ達に向いた。
「さっさと街に連れていけ! 問題は起こすんじゃないぞ。それと学校を休んだ分の勉強はちゃんとするんだぞ!」
ついでのように叱る言葉を残しレオンは部屋を出て目的地もないままどこかへ行ってしまった。そして許可が出たファラベラ達は気合を入れロウイを連れて街へと飛び出していき、老婆はやれやれとゆっくりとした足取りでそれについて行く。残されたミルバスは一人頭を抱えていた。
「私は許可してないのに……まったく…」




