第四十五話 歴史
朝日が鉄格子の窓から差して、ロウイは目を覚ます。王都にいる間、寝泊まりするのは牢屋の中。冷えることも暑くもならない牢屋は案外住みやすい。本来なら牢屋に入れられるのは嫌な気分がするはずだが今は期待に少し胸が膨らんでいる。
そして毎朝決まった時間になるとコツコツと足音が目覚まし時計のように響き鉄格子の前で止まる。とてもとても冷たく、周りをも焼き払いそうな強い感情の眼差し。その姿に羨望という炎に飛び込む虫のような気分になる。吸い込まれそうな気分と共に何も考えずレオンの後ろをついて行くといつものように部屋に案内される。
「ミルバス、連れてきたぞ。今日も説明か?」
「そうです。街でやってはいけない行動やルールを覚えてもらわないと行動させられませんよ」
ルールはある程度は知っている事だった。それでも知らないふりをして聞いていたのは話を聞く喜びに浸っていたかったから。
「忙しいのにわざわざ時間を割くなんて殊勝な奴だな」
「そう思うなら勝手に連れて来ないでください!」
ロウイはこの言い合いも黙って聞く、自分の事を他人が話しその分だけ他人の中に自分が積み重なっていく感覚が心地いいのだ。
「必要なんだ仕方ないだろう」
ミルバスが説明を買って出たのはレオンに対する信用がないからである。信頼はある、警戒されていると言った方が正しい。それは荒んだ心に対する警戒でありそれを晴らせない罪悪感もあり忙しい時間を縫って協力している。だがそれは彼の思い通りに事を運ばせないためでもあり、良き方向へと向かわせたい想いからの行動だった。レオンにとってはどうでもいい事だが。
「仕方がないって、その行動の責任を取れるつもりなんですか」
あえて耳の痛い指摘をしたがレオンは涼しい顔で言い放つ。
「違う……責任を取るのはこいつ自身だ。過去の行いの責任は穢れた魂で支払うんだ。これは本人も望んでいる事、俺にもそれを変えることは出来ない」
「それに協力する事は罪を重ねることと同じですし……あなたはシバ君たちを見くびっている。人と人との関わりによって心も変わることがあります、それはあなた自身がやった事であり人が見失ってはならない希望の象徴でもある。なのにあなた自身が希望を見失って暗闇の道を行こうとしている。私はそれが我慢ならない」
ミルバスに怒りとか叱るなどという上から目線の感情などではなくいたって冷静に、ただ自分の気持ちをぶつけるだけ。それは難問にはぶつかっていくしかないというシンプルな回答、足掻きであった。
「希望は人々が持っていればいい。俺は人が背負えない罪を持つ」
「すてきね…人に想われるって……他人をそんな風に想えるほど信じられるなんてうらやましい」
ロウイは儚げにつぶやき、気だるげな眼でミルバスを見た。
「うらやましく思ってる場合じゃないですよ。これから探さないといけないんですから」
ミルバスはロウイに近づき注意するように言った。
「信頼関係は難しいわ……私には…あなたのように優しい人が見つかればいいけど」
「感謝を忘れない事です。信頼は己の行動で手にするもの、受け身では得られません。あなたがどれだけ真摯に向き合えるかが重要なのです」
ミルバスが指を差すとロウイはその手をなでるように両手を滑らせて掴む。
「でも私…あなたに返せるものがない。返せるとしたら…体ぐらい」
そのまま手を引き寄せて自らの顔にミルバスの手を添わせると首から体へと滑らせようとした。ミルバスはすぐにロウイの手をはじくように手を引っ込めて叱りつける。
「そういう刹那的な行為は感謝ではありません。いいように利用されるだけです、向こうではしていたかもしれませんがこの国ではやらないように」
ばつが悪そうにロウイはしゅんとして目を逸らした。
「強い男ってのは……どこでもそんな態度なんだね……」
「隊長は早く姫様の所に行って勉強してきてください。授業の時間ですよ」
レオンは気まずそうに息を吐いた。あの日ルピナスを勇気づけられた日から彼女からの視線が何かを探るように自分を見ている気がしてうまく会話すらできなくなっていた。重い足取りで向かうとクラルスは静かに出迎えほんの少しの間、瞳を覗き込む。
「それじゃあ、先生を待ちましょう」
クラルスは何も尋ねない、それが胸をざわつかせて落ち着かない。そのまま教師が現れるまでレオンは声も発せず気まずい時間を過ごした。
「今日は終戦をもたらした人々の話をいたしましょう」
年老いた教師はしわがれた声で二人だけの生徒に話を始める。空いているか分からないほど沈んだまぶたで二人の顔を交互に見ながら。
「戦争を終わらせられたのはこの世界の平和を望み戦うことを恐れなかった者達が協力し合うことで生まれた奇跡といっていいでしょう。女王陛下もそのうちの一人。あの時代は勝ち負けよりも生きるための戦いでした、陛下ですらそれは同じ気持ちだったそうです。大勢あった国が無くなりわずか数か国しか残っていない世界ですべての国が敵同士、終わらせ方すら分からない戦争。そうした中でも世界には平和を願う人々は確かにいたのです」
熱のこもった話は生き証人の感情が乗り二人も聞き入るように耳を傾けた。
「ですが彼らが出会うのは困難でした、一つの国で平和を願ってもそれを共有できなければ実現することは出来ない……何かをしたくとも余力はない、そんな時です。ふらりと男が国に訪れました、見知らぬ人間がいればそれが国の人間ではないことはすぐにわかります。捕まれば処刑される……にもかかわらずその男は兵士に近づき言ったのです。平和を望む者はいないかと……本来ならすぐにでも殺されてもおかしくはなかった…しかしその兵士は詰所へと連れて行き話を聞いたそうです、男はある国の反政府組織の一員で国を訪れたのは命を使った賭け…平和を望む者が世界にいるなら出会いたい…希望を見つけたいからだと。それは人類にとって最後の賭けだったことでしょう…その賭けに男は勝ったのです。兵士たちはすぐに女王陛下に男の事を告げ、陛下の父上である王にばれぬよう秘密裏に顔を合わせる算段を立てたのです」
思わず呼吸を忘れるほど力が入り教師は一度深く呼吸をした。閉じていたまぶたも少し開き語り手としての眼差しがよく見える。
「陛下は男と協力することを決め賭けに乗ることにしたのです。兵士を一人同行させ、共に国々を回らせ同志を見つけさせたのです。そうして集まったのが今の国々を作った者達。様々な人がいました……女王のほかには反政府組織のリーダー、サイボーグの軍人、宇宙からの帰還者、巨人を受け接ぎし者。集まった彼らは自分たちの国家元首を倒すしかないと思いを一つにし、同盟を結んだのです。そうして各国で謀反が起こり…女王も国の同志と共に父親である王を倒したのです」
「お母さまは…大変な覚悟をなされたのね……」
「ええ……しかし悲しんでいる暇もありませんでした……自国だけでなく他国の戦いも終わらせねばなりません。ですからすぐに同盟軍に協力すべく軍を率いて向かったのです。そのおかげか一週間も経たずに戦争は終わったのです。驚くべきことでした……殺し合っていた相手と協力することも、初めて触れた平和も……女王陛下は私たちのためにわが身を犠牲にし、存在することも信じられなかった平穏をもたらしてくださったのです」
「他国の人間に恨みはなかったんですか?」
レオンが珍しく質問すると教師は優しく答えてくれた。
「もちろんありました、皆も私も……しかしその恨みは個人にではなくもっと大きなもの、国や歴史や力に対する怒りなのです。戦いが終わった後にそんなものを持っていてはいけません…そんなものより平和の方がよほど魅力的でした。それに全く未知なことに向かって先頭に立つ陛下ら英雄は私達にとってまさに希望でした…だからこそ恐れもなく捨てる事が出来たのです」
「希望……か…」
にこりと過去の痛みすら笑う教師にレオンは人の強さをただただ感じていた。
「お母さまは…心休まる日はあったのかしら……」
「姫様、ぜひ陛下にお尋ねになってください。ご家族にしかこぼせぬ弱音もある事でしょう」
歴史の授業が終わった後、レオンは一つの確信を得た。戦いが終わった後、断頭地区には希望が溢れるだろうということだ。そのために自分という犠牲が必要なのだと生まれた意義を見出し未来を生きる皆の罪を背負わなければと改めて意気込んでいた。そうすればこの体を支えてくれている皆も浮かばれる、自分は犠牲者たちの怒りを受け入れるための器なんだ、そう思えばより力が湧いてくる。
「ねぇ…レトゥム…あなたは人を恨んだことある?」
クラルスは悩ましげにつぶやいた。
「いいえ。個人的な恨みは捨てました」
「そう……私はルピナスとその家族を不幸に合わせた人に怒りを感じているの。でもそれを誰かも分からない犯人に向ければいいのか…それとも力とか世界のようなもっと大きいものに向ければいいのか分からないの…先生のように未来のためには捨てた方が良いのかしら」
「……怒りを感じるのも当然です…でもその怒りは多くの人が感じているはずです。だからあなたはルピナスを幸せに向かわせればいい…それが世界に対する復讐ですよ」
苦し紛れの戯言のように思い付きの言葉をレオンは並べクラルスの横顔を見た。怒りから遠ざけたい欲望が自分のためという罪からの逃走だということにも気づかずに。
「幸せに……そうね。次の授業はお母さまとの射撃訓練なの。きっと歴史の授業があるから時間を合わせてくれたのね」




