第四十四話 獲物
町の話は終わり、贄と会わせようとレオンは皆を引き連れて進みだす。
「目星はついてんだな」
ラニウスは迷いなく進むレオンに確信を持って尋ねた。
「酒場の女がいただろう」
「ロウイか……」
ラニウスは何かを察したように顔の皺を深くする。気にせず進む道中、レオンは一軒の店が目に入った、シャモによって殺された男の店……今では別の男によって管理されていた。残るもののない現実がそこにあった……彼は自分の罪滅ぼしのために助言をしたのかレオンには知る由もないが自分にとって力になったのは事実、それをどう受け取めるべきなのかレオン自身決めかねていた。
酒場の扉を開けるとロウイは待ちわびていた訪問客に浮足立ち、一筋の光に安堵するような目を見せた。しかしラニウスと子供たちを見ると表情が硬く緊張気味に変化した。
「ラニウス……あんたも来たのかい…」
「当然だ。まったく余計なことを……」
「しょうがないじゃないか…あたしのとこには誰も来やしないんだ……」
やさぐれた言い方だがそれは事実で彼女がそれを悩んでいることをラニウスは知っていた。それを慰める言葉は隙間風のように抜けて消えてしまうことも。
「だからってこいつに頼むことはねぇだろうよ」
少し後ろめたさを感じたラニウスは張りのない声で返す。
「後ろの子供とばあさんは?」
うら寂しい眼がじろりとにらむ。
「何かしてほしいならこいつら三人に言え」
ロウイは予想外の言葉に驚いた、レオンの冷めた声と言葉に厚かましい自分は見捨てられたのかと不安に臓器が縮む感覚に怯えた。
「この子達が…使ってくれるのかい?」
寂しさを纏う彼女を見てファラベラが言う。
「この人をどうすりゃいいの? 殺せって?」
レオンは目配せをして望みを言うように指示した。
「あたしも人の記憶に残りたいんだ……誰でもいい…ずっと覚えててほしい……どうしたらいいんだろうね、一緒に探してくれるかい?」
弱々しい声と枯れた木のように寂しい雰囲気を纏わせてふらりと近づく女に三人は戸惑った。想像していた人間とはずいぶんと違ったのだ。
「そんなこと言われてもよぉ……どうすりゃいいんだよ?」
「それもお前たちで考えろ、求められたことをどうするかをな。無理ならやらなくていい」
できはしないと決めつけるような言い方に三人はムッとして反抗的に言い返す。
「今から考えんだよ! 諦めるわけねぇだろ」
負けん気だけで反抗する三人だがロウイにはそんなことはどうでもよく、たとえ子供だったとしても自分のために動いてくれることに安らぎを覚えた。
「座んなよ…ジュースぐらい出したげる」
三人がカウンター席に座り話し合っている後ろで老婆がレオンに声をかけ二人は外に出た。
「お前さんの事じゃ……ただ人助けをさせるためにやらせるんじゃなかろう。お前から見ればみんな悪人、義理もなかろうて…」
隠すこともなくレオンは意図をすべてを話した。特別な感情も感じず、冷めた口調で命を使うことを口にする事に老婆はレオンの冷徹さが増しているように感じた。
「別にあの女じゃなくてもよかった。向こうから言って来て都合が良かったからな。大事なのはどれほど心を通わせてくれるかだ。殺したくないと思うほど親しくなって、それでも殺せるか。それが重要だ、痛みを知るにはな」
「それなら……わしを利用しようとは考えなかったのか?」
「ユニコニスがいなければ別にあんたでもよかった。都合がいいのは変わらないからな……だがあの子が家族を処刑した人間を見て何を思うかと考えてな。罪のない子にその一端を背負わせたくはない」
慈悲と冷酷の二面性、その落差は人間らしいと言えばそうだがその差はあまりに大きさに恐ろしさと同時に老婆は疑問を持った。孫と変わらぬ子どもがその罪に対する憎悪はどこから来るのかと。しかしそこに踏み込むには心は冷たくなりすぎていた。
「罪か……わしは罪なんぞ犯したつもりはないが。わしには生きづらいのこの国は…じゃったらわしも戦おうかのう。もしそれで死んでも後腐れはないじゃろ。孫には罪とは無縁の人生を生きてほしい、罪を背負わせたくないのは同じ気持ちじゃ」
「平和な場所に悪人が生きれる場所はない。あんたも俺も邪魔するべきじゃない」
自分すら悪と蔑む厳格さは欲がなく、自己保身のない精神は人間らしさの希薄さの証明。それは自ら捨てなければ律することなど出来ない心の哀れさでもある。その目指す先は破滅だと老婆は察した。
「難儀な人生を選ぶもんじゃ…わしもサンダイクスも厄介な奴に捕まっちまったわ」
老婆が諦め半分にそう言うとレオンは少し驚き、口調が和らいだ。
「もう少し嫌がるかと思ったが。案外、素直だな」
「ふん! 高望みなどせんわ。殺される側じゃないだけマシじゃ。まったく、ままならん……これじゃあ長生きしたのか早死にするのか分からん」
「長生きだろう。俺と出会って殺されていないんだからな」
冗談めいた言葉を交わし二人は中に戻っていく。シバ達の会議は進まずに悩んでいるようでシバが不満げに声を上げた。
「やっぱりこんな辛気くせぇ所にいたんじゃどうしようもないぜ。街に連れて行こうぜ」
それにラニウスが困った様子で止めに入る。
「だめだ、だめだ。何のためにここに置いてるかさっき説明しただろ」
「だったら爺さんもついて来る? 見張りがいればいいじゃない」
「俺は長い事ここを離れるわけにはいかねぇんだ」
話が進まずファラベラは眉をひそめた。
「隊長じゃダメなんですか?」
ローターが軽く尋ねるとラニウスの目つきが途端に鋭くなった。
「駄目だ。今のこいつには任せられねぇ」
それにシバが不満の表情で言葉を返す。
「なんでダメなんだよ」
「こいつのバカを止めるのに苦労するからだ。一人で悩んで勝手しやがる、自分で負担を増やす奴にこれ以上何かを任せるのはごめんだ。またバカをやらかす…お前らに言っとくがこいつはお前らに見えてるような完璧なやつじゃねぞ。まだガキの癖に強いから厄介なんだ……こいつを抑えられる人間がいればいいんだがな…」
ラニウスはつい不満が口に出た。こうしたストレスを吐き出せる機会はなかなか無い、急なストレスを溜めさせられた当てつけもありシバ達に聞かせた。
「ロウイの見張りならミルバスはどうだ? ボルトでもいいが」
レオンがそれにそっけなく口を挟むとラニウスは気にもせずに言葉を返す。
「ミルバス? ちょいと頼りねぇな…しかしボルトを付けるってのも良い考えじゃねぇ……」
老婆はどっこいしょと声を漏らしながら椅子に腰かけ悩むラニウスに話しかける。
「この女、見たところ腕も立ちそうにない。なにを悩んどるんじゃ? あの騎士でも十分じゃろ」
「弱いのに生き残ったから心配なんだ。油断でもされたら困る」
「じゃったらワシも見張りに協力してやる。それならええじゃろ」
ラニウスは不審がる、信用のない相手にそんなことを言う意味の無さを老婆も理解しているはず。
「どういうつもりだ?」
そう尋ねることは当然、しかし老婆に腹積もりなどなく諦めから来る道連れのようなものだ。
「別に考えなんかない。碌なことにならんと思っとるのはあんたと同じじゃ、じゃがわしはこいつを手伝うしかない。どうなっても知らんがな」
「余計にだめじゃねぇか……」
ラニウスは納得はしたが困ったように少しうなだれた。
「見張りなら俺らでいいだろ、めんどくせぇ…余計なことは無しで任せろよ。この女のためにもなんねぇだろ。俺たちは隊長の信者ってわけじゃねぇんだ、変なことしようとしたら俺らが止めてやっから前に進もうぜ」
「……ちっ…仕方ねぇ。お前らに賭けてやる。いいか、レオンに好き勝手にやらせんじゃねぇぞ」
ラニウスは強い口調で言いつけ、仕方なく納得していることを強調して見せる。やらせたくはない、しかし手詰まりを感じていたのも事実であり人生においてチャンスと呼べる機会と巡り合うのはそう多くない。ましてや他人のチャンスを見極めるなど困難すぎる。選択の余地のないロウイの最善を選んでくれるように願い託すしかない。




