第四十三話 無価値な人生
静寂な町、錆が広がって風化していくだけの町。死人たちのための町……罪人と呼ぶには哀れで生きるということに操られた町人たちと共にラニウスは今日も錆び付いて行く様子を眺める日常を過ごしている。
「ティトの奴が行ってから……なげぇなぁ」
ボルトはソファに寝転がり天井を見つめながらが力のない声でぼそりと話しかける。
「レオンが無茶してっから離れられねぇんだよ……」
「みんな…意味があるから無茶できんだろうな……」
「そうだな、意味がなきゃ無茶なんかしないだろうよ」
「ここに来た時も俺は自分に意味を見出せなかった…あいつを見てから、余計、惨めに思える」
「どうした? 今日はずいぶんセンチメンタルだな」
弱音など吐露したところで意味がない、この町の人間はみんなそんな考えだった。
「近いだろ……戦いが……このまま終わったら…俺たちはどうなる? どうやって死ねばいい……」
立ち上がったボルトはラニウスと見つめ合った、しかし答えが返ってくるわけもない。死ぬべき時を知っているのは死んでいった者、ラニウスはまだ生ける死者なのだから。
「すまん」
ボルトは気分を落ち着けようと外に出た。静かすぎる町は暖かな陽光が落ち、穏やかと呼ぶしかない場所がいつまで経ってもボルトは慣れなかった。いままでは見て見ぬふりをしてきたが、向こうよりマシだと思い続けてきたことも空虚な生き方にしがみついていたことも……それが自分を欺き続けていたと否が応でも見せつけられてしまう。レオンの生き方はボルトにはまぶしすぎた、そもそも自分は負け犬なのだと突き付けられた気になる。屍の上でのたうち回るゴミだと罵られた気分に沈み、世界に見捨てられている自分を呪うしかない今が何よりも苦しい。
「ボルト」
急に名を呼ばれたことに驚いて振り向くとレオンがいてまた驚いた。
「ラニウスは家か?」
ボルトは目を逸らしてうなずいて返事をした。荒れる予感がしながらも何も聞かずに共に家に入った。
「急にどうした? どうせろくな用じゃねぇだろ、あんまり聞きたくねぇが…話してみな」
椅子に座りくつろいでいるように見えるが三人の間には緊張感があった。
「修行に付き合ってくれる人間を見つけたい。できれば三人」
その発言にラニウスは気難しい顔をする。
「ここの人間を使わなきゃいけねぇ理由は?」
理由の予測はついていたが尋ねないわけにはいかなかった。
「必要なのは殺される役の人間だ」
不服の息を鼻から漏らしラニウスの顔のしわが深くなる。
「痛みを知らなければならない」
意志の固い声でレオンが言うとボルトが反復した。
「痛み?」
「相手がどんな悪党だろうと殺しには痛みが伴う…その痛みを感じられない者を処刑部隊に入れるわけにはいかない」
「お前のやりてぇことは分かった……あいつらをまともにしてやりてぇ事もな。だが、死刑囚じゃダメなのか?」
「ここの人々はただ待つだけの時間を過ごしてる、それなら役目を与えてやった方が良い。見知った人間の方が痛みを感じやすいはずだ」
「おい! そりゃ人の心を見失いすぎだろう!」
叱りつけるようにラニウスは言うがレオンは冷たく反論する。
「俺達がやろうとしていることはまともからはかけ離れたことだ。ここにいる人の過去もだ、俺たちの終わりに平穏はない。それを見せてもまだ覚悟を失わないなら俺も諦めて受け入れるつもりだ」
「そんな命の使い方をして自分の心を痛めつけて満足なのか!」
「じゃあこの町の人間達をどうやって終わらせるつもりだ!」
「それは俺達が決めていい事じゃねぇ! 命を使うことは踏み越えちゃいけねぇんだ。人の道から外れるとしても…まともでいようとする意志は見失っちゃならねぇ!」
「そんなことは分かってる! だから道を外れるのは俺だけでいい……! あんただってそう思ってるから長年ここにいるんだろ!」
「血迷って選択を間違うこともある……だがそうやって一人で生きて、正義すら見失ったらどうやって正す気だ!」
口論は止まる気配がなく、喧嘩すら始まりそうな雰囲気に黙っていたボルトは割って入る。
「俺は! ……未来につなげられるならそれでもいい…」
「ボルト! てめぇまでなに言ってんだ!」
「このまんまじゃ死ぬことも出来ねぇ……! ここに来れば何か変わるかと思った…でも世界は俺の存在なんか無視してどんどん進んでいく……何もできずにここで飼い殺しになるぐらいなら……」
「それで罪滅ぼしのつもりか? 自分が死んだ後のことはどうでもいいってか!」
叱責するラニウスは怒りが抑えられる範囲を超えて立ち上がり胸ぐらをつかむ。
「俺には…命を使わなきゃいけない理由があんだよ」
死を懇願する姿にレオンは何の情もわかずにいた。
「罪滅ぼしのために殺されてほしいわけじゃない、終着点を見せたいだけだ。それに命を使ったからとい
って罪が償えるわけじゃない。俺たちに贖罪などない」
「それでも…何かを残してぇんだよ! お前のためにも……」
ボルトの言い方にレオンは何かを感じたが突き放した。
「お前の過去に興味はないし聞くつもりもない。俺のために死ぬつもりならそれもいいが……自己満足で死ぬ奴は必要ない」
ボルトは面食らったように戸惑い言葉を詰まらせた。
「このままだと熱くなりすぎて話も出来ないな……今日は帰る。ラニウス、また来る」
「俺の考えは変わらねぇぞ!」
喧嘩別れも気にせずレオンは外に出る。すると家の目の前で女の気だるげな顔と目が合った。
「珍しいね…喧嘩なんてさ」
「たしか……酒場の主人だったか?」
たしか一目見たことがある、そんなふうに微かな記憶を思い出していた。子供が酒場に行くわけもなく、レオンは彼女と話したことは無いが過去のラニウス達の会話の中には出てきていた。
「騒がしくして悪かったな。二人に用なら後にした方が良い」
「別にいいよ。たまたま聞こえたから見に来ただけさ……」
彼女は原因も聞かずに興味を失ってレオンに近づく。食卓での話は記憶がもう朧気でどんな女だと話していたか思い出そうとした。
「それより……さっきの話、あたしの命を使ってくれよ」
目を合わせると女の目はまっすぐだが疲れ切った眼がよく見えた。そんなにも望みを捨てられないのか、強欲さに軽蔑しつつも都合の良い女ではある、しかし勝手に連れて行くと面倒になることは明白でレオンは少し考えた。
「連れて行くのは今度にしよう。近くまた来る、その時に説明する」
それから数日後にレオンはシバ達を連れて舞い戻った。
「ここが話してた町か……墓地みてぇに寒気がするな」
シバは町に満ちている空気に警戒していた。
「ほんとに人が住んでるの? 静かすぎる」
「そうね……断頭地区から逃げ出せるぐらいの人間がいるにしては…不気味……」
ローターもファラベラも町の雰囲気に疑問を持ち、つい足が止まる。
「逃げおおせた奴らは勝ち組じゃと思っとたが…そういうわけじゃなさそうじゃな」
「考えなくてもすぐにわかる、付いて来い」
ラニウスの家に一応連れて行くと睨むような目つきで出迎えられた。
「勝手に連れてきやがって……頑固は得しねぇぞ」
「得なら十分間に合ってる」
気に食わない態度を隠そうとしないラニウスにぶっきらぼうに返し、話を続ける。
「それに今日は用事が違う」
「なに?」
「まずはこの場所を見せた方が良いと思ってな。罪人の末路と俺たちがやるべきことを知ってもいい頃だろう」
「……教えるのはいいが手出しはさせねぇぞ」
「こいつらが諦めればいいだけの話だ」
不穏な空気を醸し出す二人に町を案内されながらシバ達は歴史に耳を傾けた。すると歩き進む自分たちに纏わりつく空気が徐々に形となって見えてくる。寒気も静寂も、錆びて死んで風化して消えていくだけの人に熱はない……ただ、それだけの事。
「向こうでたくさん殺してきたくせに…自業自得だよ」
「殺ししか知らないから殺されるなんて結論になんのよ」
ローターは冷たく憤り、ファラベラは呆れ混じりだった。
「でもよぉ、死に物狂いで生きてきた結末が殺されたいなんてよ…だったら何のために戦ってきたんだ?」
その疑問にラニウスが答えた。
「何のためにも生きなかったから……そうとしか言えねぇな」
三人は意味を掴めず、首を傾げる。
「何も残らなかった生、誰にも望まれない孤独。他人を犠牲にして得た物がそんな気付きだったんだよ」
「だから意味が欲しくてたまらない、そのために命を使ってもいいとその機会を待ってる」
ラニウスは感傷的な口調だったがレオンは冷たい口調で心も冷えていた。
「分かるか? なににも繋がらない人生に気付いた苦しみが」
三人には想像が及ばない現実ではあったが老婆は違った。
「哀れというか…なんというか……逃れられんということか。のう…レトゥムよ……お前が必死に小僧共を拒絶していたのはこうなるのを危惧してか?」
「俺はまだ、認めたわけじゃない。だがいつまでもそんなことをやっていても仕方がない。人を見ろと俺は言った、お前たちがここの人々を見て何を感じるか。もし死を願われたらどう答えを出すかで受け入れるかどうか決める」
それを聞くと三人は意気込んだ。その難しさもわからずに。
「それは折衷案のつもりか? レオン」
ラニウスは厳しい表情でレオンを見つめ、返答を持つ。
「そんなつもりはない。あんたこそ、もしこいつらのために命を使いたいと言われたらどうするんだ」
まるで挑発のような発言にラニウスは心を痛めた。
「そういう腹積もりか…馬鹿野郎が。うまくいくと思ってんのか」
「こいつらの行く道が決まるんだ、必死にもなる。どんな手を使っても止めて見せる」
「そのために志も理想も見失って満足なのかお前は? いずれ手痛いしっぺ返しを食らうぞ」
「それも背負うだけだ」




