第四十七話 狩りは獲物を追い込む
三人はバラバラに街に散り。様々な人に話しかけ、仕事はないか? 助けが必要ではないか? と尋ねて回った。しかし子供が尋ねても子供の手伝い程度しか大人には頼まれず、きちんとした仕事は身分証が必要だと言われてしまう、当然ロウイはそんなものを持っていない。もどかしさに苛立っている三人は求められた簡単な仕事に両手をふさがれ時間はつぶれていく。
一通り手伝いを終えた後に二人の下にずいぶん渋い顔をさせて戻った子供たちに老婆は最初から期待しておらず語気にもそれが漏れ出ていた。
「初日からうまくいくわけもない。気長にやるんじゃな」
「気長になんかやってられないよ…やっぱり無策じゃダメか…」
ローターは頭を悩ませるがその態度をシバは弱気だと感じた。
「こんなに人がいるんだぞ片っ端から当たれば一人ぐらい引っ掛かんだろ!」
「それじゃあ、いつになるか分からないだろ! 考え無しで出来るほど僕たちは人助けの事なんて知らないんだ」
その言い合いの横でロウイは穏やかな表情でそっぽを向いて街の風景を見ていた、そして無邪気な提案をする。
「この街を見て回ろうよ。こんなに人がいるのは初めてだ……それぐらい良いだろ?」
シバはあからさまに嫌な顔をしたが老婆が勝手に了承し、戸惑うシバ達を置いて二人はさっさと行ってしまう。ロウイは先頭をゆっくり歩いて物珍しい眼で人々を見た。そんな様子の彼女は一組の恋人を見るとその仲睦まじい様子に苦し気に目を逸らした。
「この人たちは羨ましいねぇ……何もかも持っていればあんな風に人に優しくする気になるのか…それともまだ足りないから優しくするのか…」
「そんなもん知らんわ。じゃが少なくともあの小僧は強欲じゃな」
ロウイは後ろを振り向くと尋ねた。
「あんたらの隊長はさぁ…どうやってあんた達からそんな風に信頼を勝ち取ったの?」
つまらない世間話にため息を我慢してファラベラがぶっきらぼうに答える。
「命の恩人だから。あんたこそなんでそんなに信頼、信頼って言うわけ?」
「この世で最も難しいのが人を信じることだからさ……あんたたちが信頼していても向こうが同じ気持ちかなんて分かるわけない……信頼関係ってのは難しいよ…あたしは人を信じられずにこんな所まで来ちゃったから…人に覚えてもらえることをしたいんだ」
過去の感傷が彼女の心を隙間風が吹くように冷やして段々と寂しい声色に変えていった。深く語らない話に踏み込むか迷わせる雰囲気を醸し出すロウイにファラベラは面倒だと感じ自分の向いて無さを実感したが、そこに踏み込まなければ彼女を見ることは出来ない。
「どういう意味で言ってんの?」
「なんだい、昔話でも聞きたいのかい?」
ファラベラがうなずくとロウイは意外そうな顔をして驚いたが嫌な気持ちはしなかった、誰かに聞いてほしい気持ちがいつの間にかできていたのかもしれないとすんなり頭に思い浮かんだ。少し歩いてひと気のない路地を進んで見つけた小さな公園のベンチに座ってとりとめもなく話始める。
「人を信じるってのは打算だと思ってたんだ……人を信じる時ってのはかならず何かを与えて貰った瞬間だ。その時、相手は何を考えて手を差し伸べるのか分かりゃしないのに…その手を取っちまう奴は多い。あたしはそれをずっとバカだと思ってた。だってそうだろ? 見返りのない関係なんか誰が欲しいんだい? 人の関係は打算で成り立ってる、もし無償の愛なんてものがあるならそいつは何を与えて、それはどこから来るんだい? 存在しないものは与えられない、なのに人はないものを信じたがる。笑っちまうぐらいおかしいだろ? みんな飢えてばっかだ」
ロウイはふとファラベラと目を合わせると羨まし気な眼をして見た。それがどんな意味か分からないファラベラは続きを催促するように睨み返した。
「あたしはそうならないように生きていくつもりだった。利害関係さえ間違わなきゃそれが信頼になると思ってた、でもある日、変な関係になった女が出来たんだ……当時のあたしはまだ十代で生きるために小さな町で組織の下っ端として働いてた、きちんと働いてれば上の連中にも目を付けられない。そんな生活で一応は満足してた。でもさ、上の連中は安定とは程遠いもんで味方同士でしょっちゅう殺し合いが起こるだろ。それで新しく上に立った女に妙に気にいられてよく食事を貰うようになった。一緒に飯を食うとかそういうのはなかったけど…ただまずい飯を食うことは無くなった。周りの奴らにはうらやましがられたけどあたしは理由が分からなくて気持ち悪かった、だからビビりながらだけど尋ねたんだ。そしたら…理由なんか分からない、ただ何となく気に入っただけだって返された。なんだそりゃって感じだろ? あたしもそう思ったさ……嘘つけって。でもさ…いくら考えても本心じゃないとそういう言葉は出てこないって結論しか出なかった。だってあたしにはなんも無いんだ、その女が母親ってわけでもないし赤の他人にそんなことをする理由なんて思いつかなかった。あんたらだって思いつかないだろ?」
今まで黙っていたシバが不意に口を開いた。
「それで…答えは見つかったのか?」
「いいや……あの人も分からないままだったと思うよ、一年持たずに殺されちまったからさ。だからあたし…探したくなったんだよ。あの人の感情の正体を……」
「見つかったのか?」
「半分かな……それから町を出て何年もかけていろんな人と関わって見つけようとしたけど近づいてくるのはあたしに言い寄ってくる男だけだった。そいつらがあたしに何を求めていたのかは知らない…試すために無理を吹っ掛けたらほとんどの男は怒るか逃げるかだった、けどコロシアムがある街だったかな……一人だけ本気になってくれた男がいて、どうしようか考えてたらあの人が国に行った方が良いって変な事言うんだ」
ロウイは呆れ気味に言うが嬉しそうでもあった。その感情を子供たちは不思議がっていたが老婆は一人感心していた。
「口説くセリフでも言ってくれるのかと思ってたらそんなこと言われて戸惑ったよ。愛情だったらさ…見返りが欲しいはずだろ? でもそれとは違う言葉だったんだ、だから一緒だと思ったとたん…心臓が高鳴ってあたしが恋に落ちたかと思った。国に行けばきっと答えが見つかるってあの人は言ったけど目の前にいたんだから聞いたんだ。そしたら……覚えていてほしいって言うんだ。自分の顔、しばらくしたら変わっちゃうから覚えててくれって……」
ロウイの声はだんだんとカラ元気で隙間風のように悲しくなった。
「それを自分のためっていうのか分かんなくてさ…でも…あたしのためでもない。すごい虚しくて、変異体に変わる人なんて初めて見たけど悲しくなったよ……あの人の求めることが分からないまま、あたし達は国境沿いまで来たんだ。組織の奴らも見張らない旧街道まで連れてきてくれたのにあの人は一緒には来てくれなかった……その言葉がどっちのために言ったのか未だに分からない。一緒になんて…不幸になるだけだってのに…」
もし……そんな想像がまたロウイの頭をよぎっていた、過去に何度も浮かんでいた妄想もその度にバカな事と切り捨てるために酒に頼って消していたが今はなにも手元にない。
「あの人の顔はいまだに残ってる、多分…あたしの事を信じてくれたからあの人は願ったんだと思う。覚えていたらからってどうなるかはあの人にしか分からないけど…あたしはそれでいいって思えた。結局探してたものは何なのか分からなかったけど、代わりに手に入れたものがあたしを満たしてくれたから。でもそこからは苦しかったよ…あの町は牢獄だから……ただすり減っていくだけ。何のために生きるてるのかもわからなくなる…周りもみんな空っぽなやつばかりでただ死を待つだけ……何年も経つとあたしの中に何もなくなって、いつからかあの人が羨ましく感じるようになった…あたしの中に残り続けるあの人の顔にずるいって心が叫び出すの…あたしもそれになりたいと思うようになった。そうならないと…あたしの命が何の意味もないじゃないか……」
喋り終えたロウイは悲し気に空中に視線を置いた。何もない場所を見る彼女の表情はどうしようもない渇きに耐え苦悶していた。だからといってファラベラ達が同情するわけではないが理解することの重要性を肌で感じていた。
「別に死ななくてもいいじゃない。あんな町に閉じこもってるから陰気になんのよ、諦めるより見つけてないものを探せばいいでしょ…生き死にに自己満足を持ち込むのってきっとよくないわよ……そうでしょ?」
ファラベラが同意を促すために振り向くとシバが自らからの内に目を向けるように考え込んでいて、ファラベラ達の視線を集めていることに気付くと少し悩まし気に顔を上げ、言いづらそうに口を開いた。
「俺もよぉ…前におんなじこと聞いた覚えがあんだ……俺、赤ん坊の頃に窃盗団に誘拐されたんだけどよ、なんでか気に入られてそのまま育てられたんだ。ちょっと前まで知らなかったんだけどよ、いきなりボスに知らされて赤ん坊のなにが気に入ったんだって聞いたら、手元に置きたくなっただけだって言いやがった。あんときはマジで腹立ったぜ」
シバはなんてことはないと言うように話したがファラベラとローターは驚いた、誘拐は特別珍しい話ではないが今まで自分の話などまったくしなかったシバが他人の話に感化され、語ったことが意外だった。
「それ、本当の両親はどうしたんだ?」
ローターはせっかくの機会にと突っ込んで聞く。
「その後で他の仲間に聞いて両親を見に行ったんだけどよぉ……見るからにクソって感じで会わずに帰った。どうするかしばらく迷ったけど…行くとこもねぇし、なんか嫌いになれなくて戻ったら仲間は皆捕まってて……何の力もねぇって分かってたはずなのに助けに向かってた、そのまま捕まって…喧嘩別れしたままになっちまった。今、思うともっと考えるべきだった、ボスの……感情の正体ってやつをさ…」
奇妙な共通点に微かなつながりを感じ、親近感という感情を二人は初めて持った。ロウイはそれに微かな安らぎを、シバは驚きを覚えつつ素直に受け入れていることに自分の変化を感じていた。身の上話をしたことも以前なら他人には意味のない事だと考えていたが口にすることで何かが起こるかもしれないとなぜか思ったのだ。
「あんたは見つけられるといいね……あたしはもういいよ」
「なんだよ、一緒に探せばいいだろ」
ロウイは首を横に振った。
「人に優しくされるのは悪くない気分だけど……見つかったって変わりはしないよ…」
「それは分からんぞ」
老婆は何やら確信を持って否定した。ロウイ達は驚きながらも期待した。
「赤子を育てるのは簡単な事ではない。気に入ったなどそんなことで他人の子を置いておけるもんではない。子育てというものは愛の確認なんじゃ、自分の愛、子への愛、愛される愛。お互いの愛情を渡し合いながら大きくしていく。お前みたいな荒っぽい子供を育てるのは根気のいる事じゃ。愛情が無ければ無理じゃ」
経験からくる言葉は信じさせるには十分でありシバは喜びと戸惑いの混じった感情に揺さぶられた。
「じゃあ嘘だったってことか? なんでそんなことすんだよ」
「そんなん知らん。じゃが赤子はかわいいからな、育てているうちにやられたんじゃろうな。他人を愛するってのは不思議な事ではない。そうでなければ人は群れんし、人に対する自己満足で関わり合いをするんじゃ。そうすることで自分の心を動かしたいし動かされたいんじゃなぁ…わしもじいさんと出会った時は胸が熱くなったもんじゃあ、頼れる人間に出会えること自体が奇跡みたいなもんじゃからな。二人で子供を守るために何でもやった……小僧に協力しているのもな。全部自分と家族のため、みんな同じじゃよ。難しいことはない、きっとな」
「そっか……そんなもんか…見つかっちゃったね。これじゃあ未練も無くなっちゃったよ……」
ロウイが晴れた顔をするとシバは苛立った。今度は己の都合というだけではなく彼女の感情への怒りが湧いたのだ。
「止めちまおうぜ。死にたい奴に生きろだのなんだの言ってもぶつかり合うだけだ」
シバは一方的に決めるかの如く発言し、返ってしまうような勢いでベンチから立ち上がった。ファラベラは驚きと怒り交じりに止める。
「ちょっと! 何言ってんの」
「見つかんねぇ間は死なねぇんだろ。だったらその間にロウイの気持ちを変える方法でも探す。そもそも覚えんのは俺達でもいいんだ、そんなつもりなかったけどよぉ…お互いのためにはそれが良い方法だと思うんだよ」
思ってもみなかった言葉に目を丸くするファラベラに対してローターは感心して声に喜びが現れた。
「そうだね! レオンも…隊長もきっとそれが良いって思うはずだ!」




