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断頭地区  作者: 自堕落才
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第四十一話 責任と意志

 断頭地区侵攻への準備は着々と進められてはいたが女王たちと騎士団長である各地の貴族たちの決定は慎重を期する必要があり簡単に決まるものではなかった。城に集められた貴族たちの会議、レオンもそこにいるが決定権は限られており、ただ女王たちの決定を聞いている状況だった。


「処刑部隊からの情報によると断頭地区で組織同士の抗争や傭兵の組織への攻撃が活発化しているそうだ、それと変異体もだ。こちらに来る可能性も考慮して部隊を配置せねばならない」

「変異体を相手にするなら相応の武装を用意せねば騎士は案山子にもなりませんな」

 騎士団長たちの危惧に女王が答える。

「現状は接触してきた変異体については処刑部隊に任せなさい」

「問題はその処刑部隊です! 先頭に立つ部隊がたった一人しかいないのでは作戦も始めることは出来ません!」


 指摘に対してレオンは整然とした態度で答えた。


「そのことなら問題ない。手ごまなら用意してある、それにそもそも侵略には俺だけで十分だ。それより防衛の戦力に不安が多いと思うが?」

「集団戦は隊の練度が勝敗を決める、防衛は戦い方そのものが違うのだ! 貴殿は適切な判断ができるような精神状態ではないはず、そちらの方が作戦に支障をきたすと思うが?」

「おやめなさい! 無意味な言い合いを許した覚えはない」


 厳格な女王の言葉が場を制する。向こうは謝罪したがレオンは黙ったまま。


「レオン、いくらあなたが強くとも戦いに数は重要よ。信用できない部下は数には入らない…仲間を作りなさい。今、鍛えている子がいるでしょう。きっちり鍛え上げて部隊に入れるのです」

「死体を増やすつもりはありません。手下は向こうで見繕うつもりです。悪党同士なら殺し合っても心が痛むこともない」


 その発言は皆を憂う険しい表情に変えた。


「邪悪な考えですな、騎士が悪に堕ちるなどあってはならぬことです。人命を利用するなど憎む相手に感化されてしまいましたか」

「なんだと……?」


 立ち上がってレオンは怒りをあらわにした。教授と同じだと言われることは耐えられるものではなかった。殺気立つとレオンに纏わり付く血が姿を現す。だが騎士たちは怯まない。


「悪党だから死んでいいなど、それこそ暴力です。法がないからといって殺しを正当化してはいけません、我々はあくまでも仕方がないから法に則って殺すのです。そうでなければ人殺しを耐えることなどできますまい」

「だから俺が……!!」

「二人ともやめなさい! レオン、今日はもういいわ。戻って部下を鍛えることに集中しなさい」


 追い出されたレオンは怒りの収めどころが分からないまま刑務所に戻るとシバ達と老婆の修行が目に入り、見ているとそれにも苛立ちを感じた。老婆はレオンに気付くとその苛立ちを見て近づいた。


「おお、見てみい。こいつらもなかなかいい動きをするようになったぞ」

「うるさい! 余計なことを」


 レオンは堪えられず怒鳴って自室に戻っていった。老婆はその様子を期待通りだと楽しむ。


「今日は機嫌が悪いのぉ」


 苛立ちが収まらないレオンの拳が廊下の壁にヒビを走らせる。零れ落ちる破片の音と共に通信機の音が鳴る。


「サンダイクス、どうした」


 彼は困った様子で通信機のスピーカーを震わせた。


「こっちは荒れはじめてる。だがこっちが狙っていた荒れ方じゃなさそうだ。変異体がトリスティスの組織を襲っているらしい、イラも新しいボスに変わってから組織の人間が消え始めてる…荒れた地域から人々も逃げ始めてこれからどうなるか……情報も錯綜してる。かなり動きづらくなりそうだ」

「中で争い合ってるのは問題ない。気になるのはイラの方だな……人が消えるのは何か理由がある。イラの方に注視して情報を集めろ」

「わかった。情報を掴んだらまた連絡する」


 通信を終えるとミルバスが困ったものを見る目で立っていた。


「隊長、今の通信はなんです!?」


 レオンはめんどくさそうに答える。


「殿下にはどう動くかは言ってある。報告は必要になったらすればいい」

「どうして一人で行動するのです! せめて私に相談してくれれば!」


 抗議の怒りをぶつけるにはタイミングが悪く、レオンの焦燥の怒りが漏れた。


「お前が何の役に立つ、この国で俺と一緒に戦える奴がどこに居るというんだ! 力もない癖に戦おうとしやがって…お前たちは平和に暮らしていればいいんだ!」


 浴びせられた怒りに戸惑いミルバスは去っていくレオンを止められず肩を落とした。


『あの子がもっと弱かったら私たちを頼ってくれただろうか……どうして運命はこんなにも苦しませようとするのですか……誰かあの子に安らぎを与える方法を教えてくれ…』


 沈むままに引き返し廊下を曲がるとシバが壁に寄りかかっていた。


「隊長の事は俺に任せとけよ。一緒に戦えるようになったら少しは変わるはずだ」


 ミルバスは目を見開いて感動した。怒りに燃えていた心にいつの間にか変化か訪れ良い方向に向かっていると感じた。


「申し訳ない……騎士の癖に役に立たなくて……」

「確かに騎士がもっと強かったら隊長も安心できただろうなぁ。だが、そんなこと俺には関係ねぇことだ。こうだったらよかったのになんて空想はカスだぜ。生まれを呪うしかねぇ家畜も鍛えられれば獣になる。過去なんて餌にして、ぶっ飛んでやる」


 強い火はケイネスの心を和らげ力を湧きあがらせた、シバにその気がなくとも。


「ありがとう……君たちがそばにいてくれればきっと……」

 

 怒りも収まらないままレオンは数日を過ごし、この日はクラルスの射撃訓練に付き合っていた。クラルスの腕前はずいぶん上達して、止まった状態なら的を外すことは無くなっていた。


「どう? ずいぶんうまくなったと思うのだけど」

「ええ……もう十分だと思います」


 いつもより冷たい言い方にクラルスはレトゥムの強い不満の気持ちを察した。


「次の訓練はなんだと思う? 訓練なんて初めてだからどこまでやればいいのか想像つかなくて」

「意味のない訓練です。ただ的を撃つ事と命を奪う事はまるで違う」


 自分を見つめる鋭い視線にクラルスは理想を感じた。穢れを知らない姫でいてほしい……そんな思いはもしかしたら最初からあったのかもしれない、気づいたのが今なだけで会う前から持っていた。理由は分からないけれどその理想にクラルスは責任から遠ざけられていると感じ、疑問と戸惑いを持った。


「気に入らない? 私が銃を持つこと」

「ええ、軽々しく持つものじゃない」

「でも、簡単に投げ出すわけにはいかないわ。責任があるもの」

「でしたら、付いて来てください」


 クラルスは言われるがままついて行く。会話もないまま街に降り、緊張しつつも期待があった。レトゥムの心を少し知れるのではないかと。

レトゥムは刑務所の門を開けた、クラルスは戸惑うこと無く進み庭の運動場の前に連れられた。鉄格子越しに見る広場に老婆と子供たちの姿があり、驚きの色を浮かべるクラルスにレトゥムが説明する。


「あの子供たちは自分が訓練しています。特別厳しい訓練を。あいつらの意志は強い、でも意志や責任だけでは戦うことは出来ない。よく見ていてください」


 レトゥムが彼らの下に向かうと入れ替わるようにミルバスが慌てた様子で出てきてクラルスのそばに付いた。


「姫様、なぜここに?」

「彼らは誰?」


 質問と質問がぶつかって言葉が地面に落ちた。次の言葉も出さずクラルスが凝視しているとレトゥムが建物の中から何かを引きづって出てきた。最初、クラルスの場所からはよく見えなかったが、それが日の光に照らされると驚いて肩が上がった。それは体長が三メートルほどもあり猫のような姿をし。首輪に繋がれた凶暴な獣は踏ん張ろうとするが力づくで手綱を引かれて地面をすべる。クラルスはミルバスに説明を求めた。


「実戦形式の訓練です。あれは騎士が捕まえた駆除対象の獣なんですが……彼が訓練に使うと引き取ってここに…」

「皆、怯えもしないのね」


 戦おうとする子供たちの闘争心溢れる表情にクラルスは見知らぬ人種を見た気分だった。レトゥムが首輪から手綱を外すと獣は広場を走り逃げようと鉄格子に向かって飛んだが飛び越えられずに滑り落ちた。

シバ達、三人に詰め寄られ敵意を向けられた獣は牙と爪をむき出しに威嚇する。だがそんなことはお構いなしにシバ達は戦い始める。


「あの子たち、武器を振るうことが楽しいの?」

「いえ、強くなることがうれしいんです。そのためならどんなことでも耐える意思があります」


 事情を知らぬクラルスにはそれを良い事のように言うことに違和感を覚えた。


「なんでもするってこと? それはすこし……怖い気がする」


 獣を倒そうと息巻いていた三人だがどんどんボロボロになっていく。俊敏な相手に致命傷を与えようにも攻撃は避けられ爪や牙で皮膚を裂かれていく。その傷は表面だけで済んでいるがいつ致命傷になるか時間の問題だった。シバは大きな剣を盾にするが爪痕がつきその強靭さに防戦を強いられる、その様にレトゥムの檄が飛ぶ。


「個人で戦おうとすれば死ぬぞ! 協力することを覚えろ!」


 その一声でバラバラに戦っていた三人の意識が変わった。声を出す余裕もない中でシバが目で合図を出すと二人もこくりとうなずいた。三人でしていた訓練のおかげで息を合わせるということが自分たちでも驚くほど自然にでき、三人は笑みを浮かべた。

それからの動きは老婆も感心するほど連携が取れ攻守が逆転すると獣は傷だらけになっていく。だがさすがというべきか野生の中で生き抜いてきた獣は致命傷を食らわないようにうまく避けて反撃の機会を待つ。


お互いに致命傷を与えられずに流れ出る血にまみれ体が真っ赤に染まっていく痛々しい姿にクラルスは身震いしていたが目は逸らさなかった。どちらも死んでしまいそうに思えるほど悲惨な状態、まるでチキンレースのようなギリギリのラインに向かう死の接戦。だがその終わりはそれまでの熱に対してとてもあっけないものだった。


剣が突き刺さった獣から力が失われ、倒れる獣の瞳は正面を見つめたまま微かな生気が残っている。死の直後の冷たさと生の熱の温度差は混ざり合うのを迷うように漂っている。


「命の奪い合いをした感想はどうだ」


 そう問われたシバは息もたえだえに返す。


「死ぬことは怖くなんかねぇぜ」


 二人も同じ気持ちだった。


「殺すことは恐ろしくなかったか? 獣相手だから何も感じなかったか?」

「恐怖? 感じた…方が……よかったか?」


 呼吸を整えながらシバは言う。


「人を殺す覚悟があるつもりだろう……恨みがあるから人を殺しても平気、悪党だから死んでいい、何も感じる必要はないと。お前たちの意識はまだ断頭地区に汚染されている」

「あたし達はあそこで生まれた、きっと根本が違う…」


 ファラベラは自傷気味にそう言った。


「命を奪うことに何も感じなければ、お前たちはいずれ怪物になる。そして怪物に生きる場所はない……その時が来たら殺すのは俺だ」


 全く考えていなかった未来の可能性に三人は言葉を失った。そうならないとは言い切れなかった自分たちのまだまだ浅はかな思慮を思い知らされ、漂っていた冷たい死の空気が渦巻いてのしかかった。


「今日の訓練は終わりだ、医務室に行って手当をしろ」


 そのやり取りを見ていた老婆がぽつりとつぶやいた。


「国に来ようがままならんものじゃなあ…」


 クラルスは初めて見る死のやり取りに感情がざわめきだっていた。どうしたらいいのか分からず戻って来たレトゥムの言葉を待った。


「これが戦いです。あなたがやるべきことじゃない、全部俺に任せてくれればいい。人々の笑顔を守るために俺は戦う、誰もが苦しまなくていいように…だからあなたは笑ってくれればいい」


 その言い方とその言葉にクラルスはとても懐かしい気持ちになった。表情も目つきも髪色も違うのにとてもとてもレオンのように見えてどうしたらいいか分からなくなってしまった。気づいたら見つめていて記憶の顔とダブって見えると一つ一つの顔のパーツがとても似ていることに気付いた。

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