第四十話 断頭地区の動向
レオンがリベロの酒場で人を待っている、昼間の酒場は変わらず騒がしく仕事終わりの漁師が酒を飲みながら騒がしい時間を楽しんでいる。その中で一人、店の端でレオンは重苦しい空気を発し一人の世界を作っていた。そこには店主も周りの客も近づかず邪魔するのは音しかなく、雑多な音の中でも古ぼけた扉の軋む甲高い音は店中に響く。
「待たせたか?」
「食事を済ますにはいい時間だった」
サンダイクスは向かい合うように座る。レオンがサンダイクスと目を合わせようと目を動かした時、癖のように全身に目をやった。衣服には少しの汚れがあり顔も少々の疲労が見えた。
「言われた通り……金で雇える人間たちには組織の人間を狙うように依頼を出した。国の話も、向こうに逃げた奴らは処刑されたとうわさを流した、うまく広がるかは分からないがあちこちで流したから組織の奴らにも届くだろう」
レオンはメニューを差し出し、何か頼めと無言で圧のような合図をした。
「それでいい、どうせ奴らは確認などできない。多少混乱させられればいいんだ。それで教授については?」
サンダイクスは首を横に振る。
「全く分からない、奴について話を聞いてみたが誰も彼も仕事で関わる程度しか知らなかった」
空腹だったらしくサンダイクスは早く出せるものはなにか聞いて注文していた。
「守られてるのか?」
「いや、隠しているというより知りたくないんだろう。誰も奴とは深くかかわりたくない様子だった。俺も奴の事は噂では知っていたが尋ねているうちにだんだん寒気がしてきた……話を聞いた全員が気味が悪いと口をそろえて言うなど…よほど狂気を帯びているということだろう」
「だから殺さなければならない……あいつは人間社会で生きていられない……生きていていい人間じゃない」
憎しみと共に殺気が漏れ、サンダイクスは冷や汗が出た。
「それと…言っていたアテリーネだが、断られた。お前といると命がいくつあっても足りないと伝言だ」
話を変えたおかげで殺気は静まり、レオンは残念そうに視線を落とした。
「そうか……仕方ないな。しばらく様子見する、お前はこっちに残って状況を報告しろ」
金を置いてレオンは立ち去ろうとしたがサンダイクスは止めた。
「待ってくれ。いつも娘と話させてくれて感謝する。直接礼が言いたかったんだ、お袋もうまくやれてるようで安心してる」
「ずいぶん律儀だな」
「以前は違った、友人のせいだろう……もう会うこともないだろうが向こうでも医者を続けてるといいが」
「その医者なら平気だろう、こんなところに来る奴だあきらめも悪いはずだ」
「そう願う」
船に戻る途中、悩むレオンのしわはより深くなる。
『もう少し…確実に荒らす作戦が欲しい…まだ二年もある、なるべく戦力を削がなければ』
港に着くとばさりと海鳥の羽ばたく音の中にひときわ大きな羽ばたく音が混じってレオンの耳に入る、そして不気味な気配が近づいて来る感覚にレオンは身構え、その方向を警戒した。それはどんどん接近し、近くの屋根に止まりレオンを見下ろす。その姿は昔見た鳥の変異体だった。
「近頃の騒ぎはお前の仕業か。懐かしいにおいだ。ついにあの方も動く気になったか」
話しかけているくせに独り言のように納得して、自分を見ているようで別の者を見ているような視線は異様であり、レオンはひどく不快に感じた。
「なんの話だ? 俺に何の用がある」
「お前の狙いはわかってる、組織が邪魔なんだろう? 一つぐらいは潰しておいてやる。ただケイネスに伝えると約束しろ、それだけで望みをかなえてやる」
「お前……まさか……いや、いいだろう。お互い、望みが叶うなら何の問題もない」
鳥男は声を上げて飛び去っていった、それが笑い声なのか興奮した雄たけびなのか分からなかったがそれを背にレオンは深く考えずただうまくいくように願った。
その日も教授はレオンの事で頭がいっぱいになりながら、陽気な気分でイラの本部に訪れていた。しかしその日はいつもと様子が違い、古ぼけた施設跡の中は静まり返り死体が転がってアテレスも不思議そうにしていた。教授は気にもせず奥に進む、すると最上階にあるボスの部屋で記憶の彼方に捨てていた人間の顔を見つけ無くした道具を見つけた気分になった。
「おや? こんなところに来ていたのか、楽しんでいるかい? 感情を自由に発するのは気分がいいだろう?」
死刑囚の男は転がった男たちの上で返り血に塗れた顔を見せたが満たされない感情に助言を求めた。
「極楽には程遠い、ここの奴らは地獄で騒ぐ哀れな小鬼。己の中で育てた怒りは生ぬるく、俺の怒りに遠く及ばない。ここならば満たされると思ったが…矛先が違うことに気付かされた。俺を満たすものはどこにある?」
「君は思った通りの人だよ。でも君が求めているのは極楽じゃあない、欲しているのは驕り高ぶった平和を地獄に塗り替える感触だよ。怒りを発露することを望む人間がなぜ極楽を欲する? 自分を勘違いしてはいけない、君の怒りは平和を潰してさらに輝くんだ」
「お前は人を貶めるために生まれてきたのか? それとも俺に道を示すためか? 祝福されろ、俺を照らす光でほかの者が焼き殺されようとその炎が祝福の火だ」
教授は思わず笑みを浮かべた、自分でも驚きがあり他者に祝福されるおかしさを考えれば不思議ではないがまさか自分がこんな表情を作らされることになるとは想像を超える相手の思考に新たな興味を得ていた。
「なら君が多くを燃やしてくれるよう手伝わなければ。君には多くの戦力が必要だ、アテレス君を貸してあげたいところだけど残念ながら彼はたいして強くなくてね、足手まといだろう」
死刑囚の表情は疑問に変わった。
「足手まといをただ連れ歩くような趣味ではないはずだ、そいつの奥に惹かれるものでもあったか?」
教授はどうでもよさそうに否定する。
「いいや、ただ強くなりたいってつまらない願いだよ。でもその過程が面白そうだったから、手伝ってあげてるだけさ。ただ探し物が見つからなくてねぇ、戦時中の研究施設はなかなか見つからないんだ」
「なら探させよう、腑抜けた奴らにはちょうどいい仕事だ」
死刑囚はイラのトップを殺したことでボスになる資格を得ていた、命令を出せば弱者は指示に従う。歩き出したその足を死にかけの幹部の男が掴んで止めた。
「やめろ……その化け物に……渡すな…」
教授が近づくと死にかけの男はにらみつけ、知っているのかと尋ねられると潰れた手を伸ばそうとしたが折れ曲がった腕はぶらんと揺れるだけだった。
「君が知っているなら他にも誰か知っているだろうになぜ黙っているのかな? 私がそれで何か感じるとでも? 君に嫌われた覚えはないのだが、何も死に際に言わなくてもいいじゃないか」
「異常者共が……せっかく…ボスが……封じて…いた……の…に…」
男が絶命した後、三人が施設を探索してみると溶接され厳重に封をされた扉を見つけた。どうやら地下室への扉のようで教授は先に何があるのかを確信していた。
「こんな風に隠していたとは見つからないわけだ」
「旧時代の遺物か……どんなものだ?」
「変異体の研究だよ。君の体もやっと完成するね、アテレス」
「ついに来たか……どれぐらいで完成する?」
「できるだけ良い結果を得たいだろ? なら実験をしなければ、彼が来る頃には完成させよう」
レオン……その強さにアテレスは強い嫉妬を覚えていた。悪しき遺物によってやっと力が手に入る、その高揚感にアテレスは震えていた。
「実験動物ならこの街に大勢いる。ここにいる連中の薄っぺらな怒りはゲロよりも価値がない。俺の糧にもならなければ、自らを潰すだけの使い道のない怒りをため込むだけの肥溜めの袋。肥料のように使えばいい」
アテレスは扉を破壊し道を開ける。教授は階段を下りる前に両手を広げて二人を祝福した。
「この研究があれば目的は達成されるだろう。おめでとう、二人とも。さぁ、実験動物を連れてきておくれ」




