第三十九話 誕生日
ある日の午後、クラルスとの授業の終わりに。
「それじゃあ、着替えが終わるまで待っていて」
レオンはこの後、クラルスとルピナスを連れて城下に降りる。用は買い物、プレゼントを買いに行く二人の護衛のために。
「準備ができたわ、それじゃあ行きましょう」
クラルスはルピナスと手をつなぐ、暗い表情に変化はないがこの日は少しばかり気持ちは軽やかなようだった。
「今回は買い物だけですか?」
「お兄ちゃんの誕生日プレゼントを買えたらそれだけでいいの」
「帰ってきたら、渡してあげましょうね。去年は行けなかったからあなたが付いてくれて助かったわ。ルピナスも自分で選びたいものね」
うなずくルピナスの後ろからついて行くレオンは切なさに満ちた目で見ていたが掛けられる言葉などあるはずもない。よく晴れた日差しが生む影のようにレオンと二人の間にははっきりと分かれている。
百貨店で店を回っている途中にクラルスが無邪気に尋ねる。
「そういえば、レトゥム。あなたの誕生日はいつなの?」
レオンは戸惑いながら嘘をつく。
「えっ…? ええと……分からないんです」
クラルスは申し訳なさそうな顔をした。
「それじゃあ……いつものお礼にプレゼントするわ。この日を覚えておけば来年もあげられるからまた来ましょう」
「そんな! いつももらってばかりで……」
「いいのよ。あなたが来てからこうして気楽に外に出られるようになって感謝しているの。騎士に囲まれてると時々息苦しくなるから……ルピナスもこうして少しでも外に出てくれるようになって、あなたのおかげよ。そのお礼だと思って、ねっ」
はにかむ彼女の表情に胸が苦しくなると同時に胸が高鳴って痛みになった。初恋と言う呪いを解くすべを知らず苦しむ姿は滑稽でなんとも哀れだ。クラルスはレオンのためのロケットペンダントを一つ、そしてレトゥムには伸びた髪を留めるクリップを選んだ。
「お姉ちゃん、プレゼントこれにする」
ルピナスが持ってきたのは携帯用救急セットだった。
「こういうのがあれば刺されても大丈夫だよね?」
「そうね……治療できる人がいたらもっといいわね…」
クラルスは自分の気持ちもなだめるようにルピナスの頭をなでた。
「そっかぁ……」
「それじゃあ買いましょうか」
会計に進む二人の後ろでレオンはよろめいていた、妹に対するこの痛みだけはどうにもならない。臓物が締め付けられ冷や汗と脂汗が同時に出るかのような、久々に感じる感覚は目が覚めるような激痛を心に走らせる。罪人の癖にいつまで二人に付きまとうのかと罵声が頭に響くが最期まで耐えてみせると言い聞かせた。
「レトゥム! 顔色が悪いじゃない、どうしたの?」
クラルスが駆け寄って肩に触れるとレオンは思わずのけぞった。
「平気です! 少し疲れが出ただけなので問題はありません」
彼女を汚してしまいそうになり咄嗟に体が反応してしまった。ばつの悪そうに目を泳がせながらレオンは顔を逸らし心配そうにする彼女の親切心を無下にする。
「大丈夫? 買い物おわったから帰ろう? 私も帰りたい」
「申し訳ありません」
ルピナスの言うままに帰路を歩く道中、このまま別れるのは忍びなくレトゥムは自分から話しかけた。
「お二人の誕生日も遠くないですよね、今度は自分からも送らせていただきます」
「ありがとう。前にね、レオンに言われたのだけど人に誕生を祝ってもらうから誕生日は喜べる日なんだって。おめでとう、騎士になったらもっとたくさんの人に喜ばれるように頑張ってね」
遠い昔に言った受け売りの言葉、ただ彼女の存在を称賛するために言った言葉が残り続けていることに感動を覚え、差し出された髪留めを取る手は震えていた。
「それじゃあ、また明日」
二人は手を振って城門をくぐっていった、髪留めを持ったまま佇んでいるとファラベラの声がレオンを呼んだ。
「いつまでそうしてんの」
レオンが振り向くとファラベラは不機嫌そうな顔で近づく。
「あの二人の前だとあんたもそんな顔するんだ」
「どうしてここに? 修業には遅れると言ってあったはずだが」
「行く途中で見かけたら気になるでしょ。あんな情けない顔して、あの二人は?」
「姫様と……妹だ」
「あんたの妹ねぇ…あのこと知ってんの?」
「言えるわけないだろう…あんな真実、知らなくていい…!」
恐怖心から感情的になりレオンは速足で歩き出した。ファラベラはそれを抜き去って髪留めを手からひったくって立ちふさがった。
「黙ってる相手にこんなもの貰ってどういうつもり?」
「俺が望んで護衛になったんじゃない! 殿下に言われてやっているだけだ……姿なんて見せるつもりはなかった、こんな…見ても分からない姿で……」
弱気を見せるレオンにファラベラの感情も高まる。
「あんたが一人にした家族でしょ。だったら責任取んなさいよ。それで恨まれても、あんたのやったことに対する義務じゃないの? たった一人の兄さんの行方が分からないより目の前にいて殴れる方がよっぽどいいってこと教えといてあげる」
そんなファラベラの感情をよそにレオンはファラベラの手にある髪留めに目をやった。
「お前は自分の誕生日を知っているか? 人の誕生を祝い、贈り物でその人がいる日常の幸福を分かち合う日だ」
「なに? 兄さんなら知ってたかもしれないけど、あたしは知らない」
「この髪留めもそうだ、何も知らない彼女が優しさで贈ってくれたもの。祝福されるべき人間なら喜ぶだろう……俺は違う、罪を背負うために生まれてきた。憎まれることはよくとも道をゆがめてしまうことは許されない」
「あたしは恨んでなんかない! 苦しみを自分だけのものにしようとしてるのが気に入らないだけ! 家族があんたを恨んでもあたし達がいる、それじゃあダメなの」
人と線を引き、誰にも自分を理解させない。そんな態度がファラベラを苛立たせた。
「お前たちには期待していない」
冷たく突き放すように言い、レオンは髪留めを取った。
「なに言ってんの…!」
それが本心からの言葉だと疑いようもない声色だった。ファラベラはその心に少なからずショックを受けた。
「強くなるわけもない…虐げられていた者が力を得ようとも時間も才能も…足りはしない。その前にすべてが終わる」
「ふざけんな! あたし達を見下してんの!」
「お前たちに修行をつけているのは諦めさせるためだ。どうせついてこれはしない……怒りや憎しみで得た力でなにができる、それだけで戦えるならどれほど楽か……お前たちはいずれ俺の下から去るだろう、それが早く来ることを俺は祈ってる」
こうして言葉を交わすことにレオンはひどく徒労感を感じ、口を閉じた。
「弱いなんて知ってる! 踏みつけられていたんだ、現実は分かってる。あんた追いつけるなんて寝ぼけたこと言うつもりもない。あたしはシバとは違う、戦うのは怒りや憎しみのためじゃない。兄さんの命を重荷にしたくない、あんたが苦しんだままじゃ報われないんだよ。だからあたしも戦うんだ、あんたを不幸にしようとする奴らをぶっ殺して苦しみから解放してやる! あたしの生き方はあんたの選択が正しかったことを証明するためにって決めたんだ。それあんたにだって止められない」
燃え滾る熱の激情は本人でさえ止めるすべを知らない、ましてや他人に止めることなどできはしない。自分が人の意志に悪影響を与えている、その進む先が破滅なら自分の存在意義は何なのか……もっと早く消えろと運命が告げている気がした。
「だったら俺が消えるだけだ」
「なめんなよ。あんたが早いか、あたし達が早いか。その病んだ顔に見せつけてやる、意志の力ってやつを」




