第三十八話 ババアには経験がある
「それで向こうから一家を連れてきたのか……事後報告は慎んでもらいたいのだがな……」
レオンの報告に王子は呆れ気味に頭を掻く。
「サンダイクスという男には何を命じるつもりなんだ?」
「断頭地区に向かわせ、金で雇える人間や断頭地区から脱出したい人間を集めさせます。そうした人間を組織とぶつければ弱体化が図れるでしょう」
「信頼性がない作戦だな。そいつらは指示通りに動くのか? 行動の読めない人間で作戦を考えるのは得策とは思えないな」
不満げに王子は腕を組むがレオンの意志は強く引く様子は無かった。
「ある程度は仕方がない事です。攻めるためには多少強引な方法を取ってでも備えなければ、こちらの戦力は頼りないのですから」
「騎士たちの訓練は実践に向けた厳しいものにしている。騎士学校もだ、焦るなと言ったろう」
「それが向こうで通じるかは怪しいものです、だったら使い捨てにできる者を有効活用すればこちらの被害を抑えられるでしょう。今回は娘の生活と引き換えに使えそうな人材を確保できたのでうまくいけばもっと増やせるでしょう」
どんどん意固地になるレオンに王子は大きくため息をついた。
「君の発言とは思えないな……」
「どの道、殺し合いをするのなら犠牲は多く出ます。だったら悪人同士で殺し合わせた方がよほどいい」
「わかった…ひとまずはどうなるか見てみよう。下がっていい」
王子はその後、急ぎ足で女王の下に出向いた。
「レオンの事ですが……このままでは消耗するだけです、もう様子見している余裕はありません。準備を速めた方がいいかと」
「ルピナスもクラルスもまだ準備が出来てない……成長を速めることは出来ないわ」
「しかし、縛る者もなければいつ暴走するか……」
「今はあの子が連れてきた子供たちに期待して待つしかないでしょう」
孤児院から勢いよく飛び出しシバはいつものように街を駆けだし刑務所に向かう。少し遠い距離でも走って向かう時間ですら充実感があった。強くなることの高揚感、追いかけたい人への信頼感、目標に近づく日々の生きるということが実感できる環境にいることが未知の感情を生み出し、肉体を動かすエネルギーへと変換される。人生を生きている、そう言いきっていいほどシバは満たされた感覚の中にいた。
「おーい! 来たぜ!」
レオンを呼びながら中庭に向かうと見知らぬ老婆が訓練用の武器を手入れしている姿が見え首を傾げた。
「ババアがなにしてんだ?」
老婆は威嚇するような声を出した。
「かぁーー! うるさいぞクソガキ! やらされとるんじゃ、悪魔のようなガキにな!」
悪魔と言われるとシバはレオンの顔が浮かんだがなぜそれをやらされているのか分からず余計に首を傾げた。そこにレオンがタイミングよく現れ、手入れの終わった剣を手に取って確かめた。
「きちんとやっているか?」
「見りゃわかるじゃろ。やっとるわ」
怒り交じりの老婆はそれをぶつけるように一心不乱に刃を研ぎ手入れをしていく。その様子にレオンは納得し怒りに一つ追加する。
「終わったら片付けと中庭の雑草でも取れ」
老婆は青筋を立てて顔をそむけた。
「おい、誰だよこのババア?」
「向こうから連れてきた雑用係のばあさんだ、気にしなくていい」
ただの老婆を連れてこいないだろうとシバは思ったがそれを言う前に老婆が金切り声を上げた。
「わしは雑用係じゃないぞ!」
「金は必要だろ、他に働ける場所はないぞ」
「低賃金でこき使うつもりじゃないじゃろうな」
「あんた次第だ、修業の邪魔をするなよ」
修業という言葉に老婆の眉がピクリと動いた。
「お前みたいな悪魔に稽古なんか付けられるのか? どれ、ちょっと見せてみい。息子を育てたわしが判断してやろう」
雑用をやるよりもこっちの方が金が稼げそうだと老婆はしたり顔をする。
「元気なババアだな」
呆気にとられながらシバが言った。
「シバ、武器を取れ」
以前は何を使うか決まっていなかったがシバは迷いなく一本の大剣を取った。訓練用とはいえそれでも身の丈よりも大きく、幅もシバの肩幅と同じだけ広い片刃の剣。その重さを自在に扱うことを夢見てシバは高揚さえ感じ、全身の力を込めて武器を構える。
訓練を始めるとシバは力任せに武器を振るい、重さに体が揺さぶられながらも大振りに攻撃を繰り返す。レオンはしばらく避けるだけで反撃もしなかった、シバはすぐに息が切れて一度動きが止まるとその隙をレオンは叱るように木刀でたたく。
二人にはいつも通りの修業だが、その様子を見ている老婆の顔はだんだん渋くなって変わっていった。
「教えるのへたじゃのう……弟子をボコボコにして、やっぱり悪魔じゃ」
老婆はそそくさと二人の間に入り修業を止めた。
「止めい止めい、こんな基礎も出来とらん小僧に戦いながら覚えろというのは無理な話じゃ。基礎からやれ、基礎から」
「そんなんで…間に合うのかよ? ちんたら……やってる時間はないんだぜ」
「ふん! 人を育てたことのない奴よりはうまいわ」
自信満々の老婆にシバは疑いの目を向ける。
「なんじゃ小僧、疑うならわしの実力見せちゃる。おい、化け物。ちょっとワシが相手をしてやる」
老婆の意気込む様子にレオンも試すように木刀を振るう。老婆は素早い動きで避けその後の攻撃も連続で避け続け最後には木刀を白羽取りで受け止めた。
「やるじゃねぇか!」
思いもよらずない実力にシバは興奮し目を見張った。
「強くなりたいなら老人の知恵を利用することじゃ。お前にも人への教え方を教えてやろうか?」
レオンを煽るようにいやらしい口調で話す老婆にレオンは舌打ちで返した。
「余計なことを……」
ぽつりとつぶやくその声は聞こえなかったが不機嫌な顔はよく見える、しかし老婆はそんなことは気にもせず要求する。
「ワシも手伝ってやるから特別手当を寄越せ」
気に入らないが自分の修行相手にも老婆は役に立つことは実力を見れば疑いようはなく、己の強さをより高めるためには妥協も必要ではある、しかしその妥協を受け入れて良いものか眉間にしわが寄る。
「強くなれるんなら大歓迎だぜ」
当然の如くシバは受け入れる。未来を見ているその目の輝きも変異体となれば失われるだろう、ならないかもしれないなどという希望的観測を信じられるわけもない。しかしそれすらも見届けなければならないのなら己の心は押さえつけなければならない。その踏ん切りがつかないままレオンは同意した。
それから老婆を交えた修業が始まり、二人の修行はより充実したものとなった。老婆の指示は的確なもので一月も経たないうちにレオンの教え方はより向上し、シバの肉体の動かし方はそれに伴ってどんどんと上がっていった。ファラベラとローターの両者も基礎訓練を老婆から習い着実に身体能力を向上させ、年を跨ぐ頃には三人とも大きな成長を見せていた。
「よぉし! どおだぁー!」
汗だくになりながらシバは興奮して叫ぶ。一分間レオンの攻撃を避け続けるという訓練をこの日初めてクリアできたからだ。老婆も思い通りに事が運び態度を大きくする。
「そら言ったじゃろう、修業とはこういうことよ!」
シバはあまりの興奮に笑みさえ浮かべた、そんなことは遠い昔の仲間と暮らしていた時のこと以来で自分自身ですら驚いていた。それを感じた瞬間の解放感は怒りよりもはるかに自分を満たし、これでは怒りが無くなってしまうのではと恐れを感じ、次なる修業を求めた。
ファラベラとローターは一人先を進むシバへの焦燥感から修行を催促する。
「なら次は武器を振るえるようになれ。三人とも武器は決まっているな、武器を装備した状態で動くのは今まで以上に体力を消耗する。より厳しいものになると覚悟しろ。特にシバ、お前は苦労するぞ。二人は基礎訓練を続けろ、まだまだ動きが鈍い」
「へっへっへ、ワシがいれば問題ないわい」
ファラベラは槍、ローターは片手剣を選び三人とも一段と気合を入れて修行にのめりこむ。シバと二人は一緒に修行しているわけではないがどんな天候だろうが休む日はなく修業に明け暮れる日々の中で三人の間にも奇妙な絆が芽生え始めた。友情と呼ぶような好意ではない、仲間というほどの信頼もない。だが確かに負の感情ではないまたたく火花のような思いを感じ始めていた。
「お前ら……調子どうだよ?」
「順調……なのかな? ミルバスさんはほめてくれるけど」
「あんたよりは遅い、もっと厳しくしないと」
「だったら孤児院に戻ってからもやろうぜ。三人でもちょっとは身につくだろ」
孤児院でも仲良くしていたわけではない三人だが微かな結びつきを見過ごすことなく共に訓練するようになった。お互いの過去を聞くわけでもなく積み重ねていく関係に三人とも不器用ながら徐々に近づいて行く、協力というものを自ら選び取っていく。
孤高に力を増していくレオンに追いつこうと足掻き続けるための利己的な考えの結果だとしてもそれは意図せず精神を育むことになる。
「考えたんだけどよぉ……三人とも騎士になったほうが都合がいいよな。目的は一緒なんだ、自分のことだけ考えてる時より志が同じ奴がいた方が張り合いが出る気がすんだ」
「あんたからそんなこと言うなんて以外、でもあいつに…レオンにあたしを助けたことを良かったって言わせるためなら仲間は必要って言うんなら賛成」
ファラベラは迷いもなく力強く同意する、その力の萌芽を与えたのは兄とレオンなのだ。だから迷いなど生まれるはずもない。
「仲間か……実感はわかねぇけど、こっちじゃそう言う関係なんだろうな」
シバは戸惑いつつもその言葉を受け入れられた、少し前ならできなかったはずだと自分でも思い……成長を感じた。
「レオンだってきっと感じているよ、一人で修行すればもっと強くなれるはずなのに僕たちの事を鍛えてくれてる。僕は大きな恩がある、それを返すために力が必要なんだったら僕はなんでもやるさ。君たちと一緒ならきっと」




